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第壱章:室戸/ミサキの事情*
#006:複雑な(あるいは、そして全貌)
しおりを挟む「各々に許された持ち時間は一手30秒未満。ただし1分単位の考慮時間が10分ずつ設けられている」
アオナギは喋りながらペースを上げ、既に3杯目だ。僕も飲むしかないのか。飲むしかないような場だし。諦めの境地でジョッキを持ち上げる。
「対局は一手ごとの交替制だ。先手後手のDEPが出揃ったところで評価が下され、敗者にはペナルティが与えられる」
ここまででも僕の理解の範疇を軽く超えてきているが、「与えられるペナルティ」というところはそれでも流石に引っかかる。
「あの……」
僕の問いかけをまたも手で制し、アオナギはまあ飲めと促してくる。
「ペナルティが何かってことだろう、少年」
「ま、言っちまうと、電気ショックでさあ」
引き継いだ丸男の唐突な言葉に、思わず喉に流し込もうとしていたビールを吹き出しそうになる。
「ちょっと待ってください。殴り合いより物騒ですよね? 電気を流されるって割と尋常じゃない」
気色ばんだ僕の様子に全くひるむ様子はなく、アオナギは説明を続けようとする。少しは僕のリアクションを汲んでくれ。
「評価がどう下されるか? それも気になるよな」
さっきからぐいぐいジョッキを空けているアオナギだが、目がやや充血しているだけであまり酔っている感はない(それはそれでだが)。
「評価点の差が、イコール『ショックレベル』に直結しやすからねえ」
丸男はひとあおりでジョッキ半分くらいをそのでかい体に流し込んでいる。こちらの顔は真っ赤で目の周りは隈なのか何なのか真っ黒だ。レスラーの覆面に近い形相がなぜか嬉しそうにくへへ、と歪むのを眼前で見せられている僕は、しかし、それよりも物騒なワードの方が気にかかる。
「電気ショックにレベルがあるって……どういうことでしょうか」
「評価点の差が、そのまま電気ショックの強さになる。両対局者は『対局シート』と呼ばれる座席に腰掛けた状態で戦うわけだが、両者一手ずつ指し終わったごとに評価が下され、これの多寡により勝ち負けが決まった瞬間、座面中央から敗者の肛門へ電流が迸ると、まあそういうわけだ」
アオナギの懇切丁寧な説明だが、何がまあそういうわけだだ。冗談じゃないぞ。
「待ってくださいよ。電流とかそういうの、ダメじゃないですか。何でそんな……」
「少年、ルールは決まってるんだ。俺らはその限られた条件の中で、知力・体力を尽くして戦うしかねえんだよ」
僕の言葉を遮ってアオナギがいいことをのたまった風だが、そもそもの前提がおかしいだろ。
「ショックに耐え切れず、立ち上がったり、転げ落ちたりして椅子から離れた時点でそいつの負けとなる。つまりだ」
ひと息ついてビールをまた流し込むアオナギ。そして、
「己のダメエピソード……『DEP』を電流に変換し、相手のケツにキツい一撃を食らわせ合う。ダメマイスター……『DM』同士の究極のグラップル。それこそがD・N・Cよ」
アオナギが高らかにぶち上げるがダメでしょう。いやダメコンテストだからこそのダメなんだろうけど、いやダメじゃないのそれ。
「そろそろ帰ります。明日も一限からだ……憂鬱だなぁ」
荷物を抱え座席を立とうとする僕の両肩を、丸男がでかく分厚い掌で、ぐいぐいと押しとどめてくる。そしてアオナギもがっちりと僕の首あたりに腕をかけてきた。
「逃げるなよ、少年。こっから、この局面から逃げてもいいことなんてきっとねぇぞ。電気のことなら心配はいらねぇ。要は相手よりダメなエピソードを披露すりゃいいだけの、簡単な話だ」
「そう! あなたさんなら無傷のノーダメであっさり突破すること間違いなし! それだけのダメオーラを纏っていらっしゃる、何を恐れるんでさあ」
畳み掛けようとする二人だが、そもそもそのダメを取り巻く何もかもが僕には恐ろしい。多分にこれは普通の感覚だと思うけど。
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