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果てた後のギルバートは、虚脱したエミリオに一瞥もくれずに立ち去った。
暗闇に取り残されたエミリオは、震える指で自らの汚された肢体をなぞった。痛みこそが、今や彼とギルバートを繋ぐ唯一の確かな感触だった。
「ひ……ぁ……あ゛ぁあああああ!!!!」
悲鳴のような慟哭が、虚空に消える。
それでもエミリオの心の中で、かつての清らかな愛は消え去ることはなかった。
ギルバートは、毎夜、果てる間際までエミリオを容赦なく突き上げ、その喉の奥まで指を突き入れ、声を奪った。
果てた後のギルバートは、泥のように汚れたエミリオの足元に、自らの欲望の滓をぶちまけ、満足げに微笑んだ。
「お前が神の元へ帰る場所など、もうどこにもないのだ」
闇の中で一人残されたエミリオは、鉄の匂いと、自分を壊した男の体温を纏いながら、虚空を見つめた。その瞳からは光が失われることはなかった。その光を、瞳の澄んだ緑を見るたびにギルバートはますます怒り狂った。
その地獄のような行いが三年。エミリオにとってのその月日は、祈りさえも枯れ果ててしまうのではないかと思うような地獄であった。
鉄格子の軋みさえ凍りつく深夜。
地下牢の静寂を破ったのは、軍靴の音ではなく、絹が擦れるような密やかな足音だった。ディミトリは、返り血で汚れた銀髪を振り乱し、鍵束を握りしめてエミリオの前に現れた。
「エミリオ様、お迎えに上がりました」
三年の凌辱に耐え、泥の中に沈んでいたエミリオの瞳に、絶望以外の色が宿る。ディミトリは衰弱しきったエミリオを、羽毛のように軽いその体を抱き上げ、壁の隠し扉へと滑り込んだ。
秘密の通路は、鼠さえ通らぬほど狭く、湿り気に満ちていた。背後からは、逃亡に気づいた衛兵たちの怒号と、松明の光が蛇のように追いすがってくる。
「追手を私が食い止めます。貴方はこの先、西の排水溝から外へ……」
ディミトリの言葉を遮るように、追手の放った矢が通路に甲高く弾けた。ディミトリは顔色一つ変えず、隠し持っていた短剣を抜き放つ。彼はかつての主ギルバートを愛していた。だが、その愛が狂気へ堕ちた今、彼ができる唯一の忠義は、主が最も愛し、そして最も傷つけたこの青年を救い出すことだけだった。
「行ってください!」
背中を押されたエミリオが暗い穴へと転がり落ちた瞬間、ディミトリは通路を塞ぐように立ちふさがった。
追いついた数人の衛兵たちが、容赦なく槍を突き出す。美貌を誇ったディミトリの胸を、腹を、鋭い刃が容赦なく貫いた。銀の髪が血に染まり、地面に散る。
「……ギルバート様。どうか、いつか正気に戻られたとき……これ以上の後悔をなさいませんよう」
口から溢れる鮮血を拭うこともせず、ディミトリは最期の力を振り絞り、通路の天井を支える古い支柱を斬り倒した。
轟音と共に崩落する瓦礫。
エミリオが排水溝を抜け、月光の下で泥まみれの呼吸を整えたとき、背後の城壁からは激しい土煙が上がっていた。自分を抱き上げたあの温かい腕が、二度と動かないことを悟り、エミリオは声にならぬ慟哭を夜空に放った。
ディミトリの命という名の代償を払い、聖者は地獄を脱した。
翌朝、もぬけの殻となった地下牢を前に、ギルバートの怒りは沸点を超えた。
「逃げたか! 俺を捨て、またあの光の中へ! 許さん、絶対に許さんぞ!」
その日を境に、ギルバートは文字通りの「狂王子」へと変貌を遂げた。 エミリオを匿う可能性のある教会を次々と焼き払い、聖職者たちを反逆者として広場で処刑した。かつての聡明な判断力は、今やエミリオを見つけ出すための冷酷な軍事力へと転化された。
「民を殺せ、街を焼け! エミリオが出てくるまで、この国の全てを灰にしろ!」
黄金の髪を振り乱し、血に染まった剣を玉座に突き立てるギルバート。彼の苛烈な徴兵と重税は民を飢えさせ、街道には行き場を失った死体が転がった。ジャスパーの狙い通り、王国は内側から腐り落ち、かつての英雄的な王子は、ただ一人を追い求めるために国を滅ぼす、美しくも悍ましい怪物となったのである。
暗闇に取り残されたエミリオは、震える指で自らの汚された肢体をなぞった。痛みこそが、今や彼とギルバートを繋ぐ唯一の確かな感触だった。
「ひ……ぁ……あ゛ぁあああああ!!!!」
悲鳴のような慟哭が、虚空に消える。
それでもエミリオの心の中で、かつての清らかな愛は消え去ることはなかった。
ギルバートは、毎夜、果てる間際までエミリオを容赦なく突き上げ、その喉の奥まで指を突き入れ、声を奪った。
果てた後のギルバートは、泥のように汚れたエミリオの足元に、自らの欲望の滓をぶちまけ、満足げに微笑んだ。
「お前が神の元へ帰る場所など、もうどこにもないのだ」
闇の中で一人残されたエミリオは、鉄の匂いと、自分を壊した男の体温を纏いながら、虚空を見つめた。その瞳からは光が失われることはなかった。その光を、瞳の澄んだ緑を見るたびにギルバートはますます怒り狂った。
その地獄のような行いが三年。エミリオにとってのその月日は、祈りさえも枯れ果ててしまうのではないかと思うような地獄であった。
鉄格子の軋みさえ凍りつく深夜。
地下牢の静寂を破ったのは、軍靴の音ではなく、絹が擦れるような密やかな足音だった。ディミトリは、返り血で汚れた銀髪を振り乱し、鍵束を握りしめてエミリオの前に現れた。
「エミリオ様、お迎えに上がりました」
三年の凌辱に耐え、泥の中に沈んでいたエミリオの瞳に、絶望以外の色が宿る。ディミトリは衰弱しきったエミリオを、羽毛のように軽いその体を抱き上げ、壁の隠し扉へと滑り込んだ。
秘密の通路は、鼠さえ通らぬほど狭く、湿り気に満ちていた。背後からは、逃亡に気づいた衛兵たちの怒号と、松明の光が蛇のように追いすがってくる。
「追手を私が食い止めます。貴方はこの先、西の排水溝から外へ……」
ディミトリの言葉を遮るように、追手の放った矢が通路に甲高く弾けた。ディミトリは顔色一つ変えず、隠し持っていた短剣を抜き放つ。彼はかつての主ギルバートを愛していた。だが、その愛が狂気へ堕ちた今、彼ができる唯一の忠義は、主が最も愛し、そして最も傷つけたこの青年を救い出すことだけだった。
「行ってください!」
背中を押されたエミリオが暗い穴へと転がり落ちた瞬間、ディミトリは通路を塞ぐように立ちふさがった。
追いついた数人の衛兵たちが、容赦なく槍を突き出す。美貌を誇ったディミトリの胸を、腹を、鋭い刃が容赦なく貫いた。銀の髪が血に染まり、地面に散る。
「……ギルバート様。どうか、いつか正気に戻られたとき……これ以上の後悔をなさいませんよう」
口から溢れる鮮血を拭うこともせず、ディミトリは最期の力を振り絞り、通路の天井を支える古い支柱を斬り倒した。
轟音と共に崩落する瓦礫。
エミリオが排水溝を抜け、月光の下で泥まみれの呼吸を整えたとき、背後の城壁からは激しい土煙が上がっていた。自分を抱き上げたあの温かい腕が、二度と動かないことを悟り、エミリオは声にならぬ慟哭を夜空に放った。
ディミトリの命という名の代償を払い、聖者は地獄を脱した。
翌朝、もぬけの殻となった地下牢を前に、ギルバートの怒りは沸点を超えた。
「逃げたか! 俺を捨て、またあの光の中へ! 許さん、絶対に許さんぞ!」
その日を境に、ギルバートは文字通りの「狂王子」へと変貌を遂げた。 エミリオを匿う可能性のある教会を次々と焼き払い、聖職者たちを反逆者として広場で処刑した。かつての聡明な判断力は、今やエミリオを見つけ出すための冷酷な軍事力へと転化された。
「民を殺せ、街を焼け! エミリオが出てくるまで、この国の全てを灰にしろ!」
黄金の髪を振り乱し、血に染まった剣を玉座に突き立てるギルバート。彼の苛烈な徴兵と重税は民を飢えさせ、街道には行き場を失った死体が転がった。ジャスパーの狙い通り、王国は内側から腐り落ち、かつての英雄的な王子は、ただ一人を追い求めるために国を滅ぼす、美しくも悍ましい怪物となったのである。
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