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『何故謝るのですか?貴女に押し付けて逃げたわたくしの方こそ謝るべきですのに』
『いやーほら、勝手に平民になっちゃったし。セイラは侯爵家のお嬢様だったのに』
『いいえ、もしわたくしなら、きっと何も出来ずに殿下や両親に追い出されていましたわ··········着の身着のままで追い出されて平民になっていたか·····もし貴族のままでも、酷い条件で嫁がされていたか、妾にされていましたもの』
『それなら良かったけど·····妾とかあるの?侯爵家の令嬢なのに?』
『婚約破棄された令嬢なんて、まともな縁談はありませんわ』
『浮気されたのはセイラの方なのに』
『わたくしのせいにして、その浮気を正当なものにしてしまえば良いのですわ。わたくしの両親や弟もそのような証言をすれば、そのようになってしまうのですわ。貴女があのように反論してくださっていなければ今頃はそうなっていましたわ』
『浮気しといて正当化するとか、有り得ないわ。·····えーと、ちょっとした好奇心なんだけど、酷い条件の結婚とか妾とかって心当たりっていうか、そのいう相手みたいなのってあるの?』
『いくつか候補があったはずですわ。年老いた偏屈な男爵様の後妻ですとか、何人も奥様が病死された辺境伯様の後妻ですとか、少し変わった御趣味のある伯爵様の妾ですとか』
『具体的に出てくるって事は実在する人物がいるって事よね。危なかったわ。国王夫妻が真面に話を聞いてくれる人達で良かったぁ』
もし国王夫妻が私の話を聞いてくれずに婚約破棄されていたら今頃どんな目にあっていたかと思うとゾッとした。
『お二人は、本当に素晴らしい方々ですもの』
『そうね。きちんとセイラの事考えてくれてたもんね。·····まあ、王太子様を育てるのは失敗っぽいけど』
『殿下をお育てになるのは、殆どが乳母ですもの。殿下の乳母はとてもお優しい方で·····あまり殿下に厳しい事を言われなかったみたいで·····』
要は、厳しい事を言わずに甘やかしていたって事よね。
『ま、あの王太子様達はなるようになるでしょ。私はね、婚約破棄だけならまだしも、セイラから両親や家族まで取り上げるような事をしたのが許せないの。セイラはあんなにも両親や弟を愛していたのに。セイラには悪いけど、そんなセイラを簡単に切り捨てようとした両親も許せない。だからこれからは、セイラはセイラの為に生きていかなきゃ。まあ、私が色々勝手に決めちゃったんだけど。それでね、セイラにいくつか相談があるの』
『何かしら?』
『一つ目はね、·····髪をね、切ってもいいかな?』
セイラの髪は腰の下までの長い髪である。貴族の令嬢として長く伸ばされた髪は、命の様に大切にされているのだ。王太子の婚約者として美しく手入れされた髪は絹糸のように滑らかで傷み一つない。
ただ、今迄は使用人達によって丁寧に手入れされていたが、これからはそうはいかない。仕事をしたり自分で全てしなければならないので、丁寧に長い髪を手入れする時間はないだろう。
『構いませんわ。もう貴族の令嬢ではないのですもの。バッサリと切ってくださいませ』
キッパリと言い切ったセイラに少し心の奥が痛んだが、有難うと言った。
短刀を鞄から出してテーブルに置く。櫛で髪を丁寧に梳くとしっかりと髪を握りしめて、肩より少し上の辺りでバサリと髪を切り落とした。
短くなった毛先が項を擽る。
鏡の前に立つと髪が顎のラインまで短くなったセイラが写っている。
今更だが、セイラは輝くようなブロンドに濃いブルーの瞳の色白の美人さんだ。件の男爵令嬢のような甘い庇護欲を唆るようなタイプではないが、凛とした美しいという言葉がぴったりの容姿である。
長かった髪が短くなって少し幼い雰囲気になって、かなりというか、物凄く目を引くような美少女だ。
「うん、髪が短くたってセイラは可愛い。これから頑張ろうね」
グッと拳を握りしめた。
女将さんのお店で働かせてもらい始める日、私はブルーのワンピースを着るとエプロンを持って少し早めにお店に向かった。
既に店の準備を始めていた女将さんに声を掛ける。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「おはよう。·····!!アンタ、髪どうしたの!?」
「あー、色んな意味で決意の為に切っちゃいました」
アハハと笑いながら答えると女将さんは一瞬顔を曇らせたものの同じように笑ってくれた。
「そうかい。でもよく似合ってるよ。美人さんはどんなでも美人さんだねぇ」
きっと何か事情がある事も察してくれている女将さんはそれ以上何も言わずに仕事の内容を教えてくれた。
店の掃除をしてから、開店した後は接客、配膳などの仕事が任される事になった。
「いらっしゃいませー」
昼前に開店すると早速お客さんが入り始める。
しっかりとボリュームのあるメニューのお店は労働階級の人達に人気ですぐに店内にはお客さんが溢れた。
「あれ?お嬢ちゃん手伝いかい?」
今日から働き始めた私は珍しいらしくお客さんにひっきりなしに声を掛けられた。
「今日から働いてくれるセイラちゃんだよ」
「へえ、こんな可愛い子が働いてくれるなんて女将さんラッキーだねぇ」
「そうだろ、可愛いからってウチの大事な子に手出したらただじゃおかないからね」
豪快に笑いながら女将さんがお客さん達に釘を刺している。
そんな感じで始まった隣国での生活は、優しい女将さんと無口だけど料理の腕は一流の旦那さんと気のいいお客さん達に囲まれて心地が良かった。
お昼時の混雑が終わると今度は王宮に勤める近衛騎士や王都を巡回する騎士団の騎士などで店が埋まる。
労働階級のお客さんのようにいきなり声を掛けてくるような事はないが、平民にはいないタイプのセイラが働き始めた事は目を引くらしく騎士団の人達からの視線を感じる事は多かった。
「セイラちゃんが来てくれるようになってから店が華やいでるよ。客も増えたしガサツな連中の行儀も良くなって大人しいもんだよ」
夜営業が終わると、数分の距離でも一人で若い娘を歩かせるのは危険だからと送ってくれる道すがら、ありがとうと言いながら女将さんが笑っている。
勢いで働かせてほしいと言ったものの、慣れない国で足でまといになっていないのだと思うと嬉しかった。
『いやーほら、勝手に平民になっちゃったし。セイラは侯爵家のお嬢様だったのに』
『いいえ、もしわたくしなら、きっと何も出来ずに殿下や両親に追い出されていましたわ··········着の身着のままで追い出されて平民になっていたか·····もし貴族のままでも、酷い条件で嫁がされていたか、妾にされていましたもの』
『それなら良かったけど·····妾とかあるの?侯爵家の令嬢なのに?』
『婚約破棄された令嬢なんて、まともな縁談はありませんわ』
『浮気されたのはセイラの方なのに』
『わたくしのせいにして、その浮気を正当なものにしてしまえば良いのですわ。わたくしの両親や弟もそのような証言をすれば、そのようになってしまうのですわ。貴女があのように反論してくださっていなければ今頃はそうなっていましたわ』
『浮気しといて正当化するとか、有り得ないわ。·····えーと、ちょっとした好奇心なんだけど、酷い条件の結婚とか妾とかって心当たりっていうか、そのいう相手みたいなのってあるの?』
『いくつか候補があったはずですわ。年老いた偏屈な男爵様の後妻ですとか、何人も奥様が病死された辺境伯様の後妻ですとか、少し変わった御趣味のある伯爵様の妾ですとか』
『具体的に出てくるって事は実在する人物がいるって事よね。危なかったわ。国王夫妻が真面に話を聞いてくれる人達で良かったぁ』
もし国王夫妻が私の話を聞いてくれずに婚約破棄されていたら今頃どんな目にあっていたかと思うとゾッとした。
『お二人は、本当に素晴らしい方々ですもの』
『そうね。きちんとセイラの事考えてくれてたもんね。·····まあ、王太子様を育てるのは失敗っぽいけど』
『殿下をお育てになるのは、殆どが乳母ですもの。殿下の乳母はとてもお優しい方で·····あまり殿下に厳しい事を言われなかったみたいで·····』
要は、厳しい事を言わずに甘やかしていたって事よね。
『ま、あの王太子様達はなるようになるでしょ。私はね、婚約破棄だけならまだしも、セイラから両親や家族まで取り上げるような事をしたのが許せないの。セイラはあんなにも両親や弟を愛していたのに。セイラには悪いけど、そんなセイラを簡単に切り捨てようとした両親も許せない。だからこれからは、セイラはセイラの為に生きていかなきゃ。まあ、私が色々勝手に決めちゃったんだけど。それでね、セイラにいくつか相談があるの』
『何かしら?』
『一つ目はね、·····髪をね、切ってもいいかな?』
セイラの髪は腰の下までの長い髪である。貴族の令嬢として長く伸ばされた髪は、命の様に大切にされているのだ。王太子の婚約者として美しく手入れされた髪は絹糸のように滑らかで傷み一つない。
ただ、今迄は使用人達によって丁寧に手入れされていたが、これからはそうはいかない。仕事をしたり自分で全てしなければならないので、丁寧に長い髪を手入れする時間はないだろう。
『構いませんわ。もう貴族の令嬢ではないのですもの。バッサリと切ってくださいませ』
キッパリと言い切ったセイラに少し心の奥が痛んだが、有難うと言った。
短刀を鞄から出してテーブルに置く。櫛で髪を丁寧に梳くとしっかりと髪を握りしめて、肩より少し上の辺りでバサリと髪を切り落とした。
短くなった毛先が項を擽る。
鏡の前に立つと髪が顎のラインまで短くなったセイラが写っている。
今更だが、セイラは輝くようなブロンドに濃いブルーの瞳の色白の美人さんだ。件の男爵令嬢のような甘い庇護欲を唆るようなタイプではないが、凛とした美しいという言葉がぴったりの容姿である。
長かった髪が短くなって少し幼い雰囲気になって、かなりというか、物凄く目を引くような美少女だ。
「うん、髪が短くたってセイラは可愛い。これから頑張ろうね」
グッと拳を握りしめた。
女将さんのお店で働かせてもらい始める日、私はブルーのワンピースを着るとエプロンを持って少し早めにお店に向かった。
既に店の準備を始めていた女将さんに声を掛ける。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「おはよう。·····!!アンタ、髪どうしたの!?」
「あー、色んな意味で決意の為に切っちゃいました」
アハハと笑いながら答えると女将さんは一瞬顔を曇らせたものの同じように笑ってくれた。
「そうかい。でもよく似合ってるよ。美人さんはどんなでも美人さんだねぇ」
きっと何か事情がある事も察してくれている女将さんはそれ以上何も言わずに仕事の内容を教えてくれた。
店の掃除をしてから、開店した後は接客、配膳などの仕事が任される事になった。
「いらっしゃいませー」
昼前に開店すると早速お客さんが入り始める。
しっかりとボリュームのあるメニューのお店は労働階級の人達に人気ですぐに店内にはお客さんが溢れた。
「あれ?お嬢ちゃん手伝いかい?」
今日から働き始めた私は珍しいらしくお客さんにひっきりなしに声を掛けられた。
「今日から働いてくれるセイラちゃんだよ」
「へえ、こんな可愛い子が働いてくれるなんて女将さんラッキーだねぇ」
「そうだろ、可愛いからってウチの大事な子に手出したらただじゃおかないからね」
豪快に笑いながら女将さんがお客さん達に釘を刺している。
そんな感じで始まった隣国での生活は、優しい女将さんと無口だけど料理の腕は一流の旦那さんと気のいいお客さん達に囲まれて心地が良かった。
お昼時の混雑が終わると今度は王宮に勤める近衛騎士や王都を巡回する騎士団の騎士などで店が埋まる。
労働階級のお客さんのようにいきなり声を掛けてくるような事はないが、平民にはいないタイプのセイラが働き始めた事は目を引くらしく騎士団の人達からの視線を感じる事は多かった。
「セイラちゃんが来てくれるようになってから店が華やいでるよ。客も増えたしガサツな連中の行儀も良くなって大人しいもんだよ」
夜営業が終わると、数分の距離でも一人で若い娘を歩かせるのは危険だからと送ってくれる道すがら、ありがとうと言いながら女将さんが笑っている。
勢いで働かせてほしいと言ったものの、慣れない国で足でまといになっていないのだと思うと嬉しかった。
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