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第11話 思い出したくない過去

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そして馬車がやって来たのは、王都からほど近い小高い丘だった。見覚えのある景色に思わずメリルの声が漏れる。

「ここって・」

しかしその表情は、懐かしむそれではなく、わずかに眉をひそめる不快な表情だ。その表情から、決していい思い出ではないことが分かる。

馬車を降り立つと、目の前には緑の絨毯じゅうたんが一面に広がり、草の香りが鼻をくすぐる。そして見上げた先には、一本の大木があった。

「タイサンボク・・・」

メリルが呟いたのは、その大木の名前だ。季節になると、大きな花びらの白い花をつけるその木は、メリルの両親のお気に入りだった。幼い頃、メリルはよく連れて来られたが、ある時を境に行かなくなった。その原因がメリルの不快な表情だ。

「気持ちいいだろ?」

(全くよ・・)

「何でこんな所に連れてきたのですか?とっても不愉快。大体、手合わせは?そのために私のところへ来たんでしょう?」

オーランドが、ここへ彼女を連れてきた理由が全く分からないメリル。すると、オーランドは昔話を始めた。

「子供の頃、よくここで友人と剣の手合わせをしていた。だがある日、その友人と大喧嘩をしたんだ。それは、もう取っ組み合いのな。理由は、ほんの些細なことだった。私は何故あんなに怒ったのか、ずっと理由が分からなかったが、私も成長して気付いた」

(また、どっかで聞いたような話を・・・あー・・嫌な予感・・・)

「君だろ?昔、私とここで会っていたのは・・最後に喧嘩別れしたのは・・・」

「知らないわ。そんな昔のこと覚えてるわけないでしょ。大体、手合わせなんて色んな人とやってるのに、いちいち覚えてるとお思いなんですか?そんな無駄なことに頭を使うくらいなら、稽古をしてたほうが有意義ってものです。それに目の前で大怪我された思い出なんて、本人も忘れてほしいだろうし、私だって忘れたいに決まってるでしょ?」

早口にまくし立てたメリルの言葉を聞いたオーランドは、フッと笑いを漏らす。メリルは自分が何かやらかしたと、直感した。

「大怪我ね・・その言葉が聞ければ、満足だ」

(あっ・・・)

オーランドが口にしなかった事実を言ってしまったメリルは、もう逃げられない。すると、自分の馬鹿すぎる失言に猛省している彼女の目の前で、オーランドは突然シャツを裾をまくった。あらわになる、脇腹には古い傷がある。

「やだ!ちょっと何やってっ!!レディの前で信じられない!」

「これは二度と馬鹿なことはしないといういましめの証だ。私はあの時の事を君に忘れてほしいなどと、思っていないぞ」

この時、メリルの頭に過去の情景が浮かぶ。

少年と少女が取っ組み合いの喧嘩をしていたが、バランスを崩した少年が近くにあった古株の枝に脇腹を刺されてしまう。そして、泣き叫ぶ少年の身体から流れ出る赤い血。それを傍らで震えながら見ている少女。騒動に気付いた従者たちが、大慌てでやって来る。少年の傷の手当をする大人たちと、少女を捕まえようとする大きな手。しかしその手は少女に届かなかった。なぜなら、少年が“彼女のせいじゃない。自分で転んだ”と言い張ったからだ。

「この責任取ってもらおう」

「責任って・・・」

「当然だろう?こんな傷物にされたんだ。それに、逃してやった恩を忘れたのか?」

「恩なんて・・・大体、そんな傷跡なんてアテにならないし、それにあの時の子は、髪が黒かった」

メリルの反論を聞いたオーランドは、不敵な笑みを浮かべ「こんな風にか?」と言うと、あっという間に艷やかな金色は漆黒へと変わる。

「昔、お忍びの外出には、こうしていたんだ」

「嘘でしょ・・騙していたの・・・」

愕然となり「そんなの知らない!」という彼女の反論にオーランドは悠然と告げる。

「向き合わずに逃げるとは、君らしくないな。まあいいさ。絶対に私の元に君の方から越させてみせるからな」

それはまるで宣戦布告のようにも聞こえ、メリルの目に映る彼の姿は、陽の光を浴び金色の髪を輝かせていた。

その後、約速通り手合わせをしたが、心ここにあらずの今のメリルに、オーランドの相手は務まらなかった。

小さくため息をついたオーランドが「今日の手合わせは、時間のムダだな」と言う。それにメリルが「平気よ!約束ですもの」と言うも、オーランドに有無を言わさず手にしたサーベルを取り上げられると、馬車へと押し込まれてしまった。

馬車は、沈黙する二人を乗せてアーセンティア公爵家へと戻っていったのだった。
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