メイドから母になりました

夕月 星夜

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4巻

4-2

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 報告書を書き終えた私は、昔のことを思い出していた。
 そもそもどうして私が王家のメイドとなったのか。それは、私がとても都合のいい人物だったからだ。
 一定以上の学と礼節があり、自分自身の置かれている状況を理解して行動が出来る。その上、王太子妃を育てた実績があるため、王家が平民を雇用することに対する貴族たちの反発を抑えやすい。
 しかも人質になりうる家族がいる。これだけ都合がいい人間、そうはいないよね。
 私が王太子と出会ったのは、私が元々仕えていたお嬢様が彼の妃に望まれたのがきっかけ。
 その頃の王太子は信頼出来る部下がまだ少なくて、なかなかあちこちに手が回らなかったらしい。そこに色々出来るメイドが嫁と一緒にやって来たので、存分に利用したとのこと。
 これらの理由は王太子直々に聞かされたものだ。そこまでけに言っちゃうのかって、思わず笑った覚えがある。
 私がなんだかんだ文句を言いつつも王太子を嫌いじゃないのは、こういうことでも隠すことなく伝えてくれるからだ。
 この国の王太子カシルド・アル・ファンベルトは、王太子ではあるけれど、国王代行と呼べるほどの実権を握っている。
 切れ者で行動力があり、柔軟な思考を持って堅実な政策をとる理想的なせいしゃ――そんな評判を国内外で受ける人物だ。溺愛できあいしている嫁に関してはとんでもないをするけど、それも愛情深くて一途いちずと言われている。
 彼が「ありのままで思うがままに行動しろ、その責任は俺がとるから、俺にやれないことをしろ」と言ってくれたことで、私は王家のメイドとして働くことを決意したんだ。
 レオナール様に出会うまでは、ずっと王太子のもとで働き続けると思っていたんだよね……
 つらつらとそんなことを考えていたのは、現実逃避のためです。
 若干遠い目になっていたら、横から「リリー」と呼ばれた。

「この私に黙って辞めようとしたことについての弁明は?」

 にこやかにそう言ったのは、かつて王太子と一緒に容赦なく私をこき使ってくれていた次期宰相こと、アラン。さっきまでここにいたシドさんは、アランがこの部屋に来るなり急いでレオナール様を呼びに行ってしまった。

「ありませんがなにか?」
「いい度胸ですね。前触れもなく辞めると聞かされた私の気持ちを考えてください」
「便利にこき使えた部下がいなくなると、仕事が溜まってイライラする」
「わかっているではありませんか」

 あははうふふと、お互いにそらわらいをする。
 アランは、ついさっき私が報告書を書き上げると同時にやって来た。その理由が私にお説教するためっていうのだから、もうね。
 とんでもなく忙しい身なのに、なにしてるんだろう、この人。
 思い返すと、私が王家のメイドを辞めることを王太子に話した日も、この間来た時も、アランが視察に出向いていたせいで会えなかった。
 もし会ったら、絶対こんな風に嫌味を言われるのがわかっていたので、それでよかったんだけど。

「まったく、せめて私にも一言くらい寄越しなさい」

 確かに連絡しなかった私が悪いものの……

「言ったら全力で辞める邪魔をしたでしょう?」
「当たり前です」


 即答ありがとうございます。だから言わなかったんだよ。

「魔法使いマリエルにはせめて、優秀な人材を引き抜く覚悟くらい見せてもらわなければ割にあいませんよ。ただでさえ手が足りないというのに」

 やれやれと言わんばかりに首を振るアランの言葉に、少し引っかかりを覚える。

「手が足りない?」
「もう貴女あなたも知っているでしょう。各地で発生している、魔力持ちの子供が相次いで行方不明になっている件ですよ」

 それについては先日知った。裕福な家の子供だろうと孤児だろうと、魔力が一定以上ある子供たちばかりが消えているそうだ。
 ジルも狙われていた可能性がある。以前、レオナール様の屋敷を襲撃しようとしていた人たちがいたのだ。その時は、ジルの生家がジルを連れ戻そうとしたと思っていたんだけど……

「せっかく貴女がここにいるなら、潜入してもらいたい場所があるというのに」

 ため息を吐いたアランは、恨めしそうに私を見た。

「領地に港がある貴族の屋敷でしょうか」
「おや、そこまで気付いているのですね?」

 レオナール様も子供が行方不明になっている件を調べていたらしく、出張中に少し話を聞いた。その時、結構な数の子供たちが消えていることから、船で運んだと考えるのが自然ではないかと推測していたんだよね。
 アランも同じ考えなら、私たちの推理は限りなく正解に近いのだろう。こういうことに関するアランのかんは、外れた試しがない。

「ちなみに、レオナール様はミュラ信仰についても気にしていましたよ」

 ミュラというのは、愛をつかさどる女神。女性を守るという触れ込みのため、女性に人気がある。

「なるほど? 筆頭魔法使いだけあって、頭の回転は悪くないようですね。次席のウィンターよりよほど使えそうだ。会うのが楽しみになってきましたよ」
「いや、もう帰ってください」
「ふふ、大切な部下を横取りする人の顔くらい見てから帰りたいではありませんか」

 うーわ、凄くいい笑顔なんだけど。
 シドさんに、レオナール様を連れて戻ってきちゃ駄目だって伝えたい。
 絶対ろくなことにならないでしょ、これ。

「リリー!」

 思わず遠い目になっていたら、レオナール様がいつになく慌てた様子で部屋に飛び込んできた。そのままガシッと肩を掴まれる。

「レオナール様?」
「無事? ひどいことされてない?」

 ……シドさん、なんて言ってレオナール様を呼んだの。
 あとから慌てて入って来たシドさんもホッとしたような顔になった。

「よかった、間に合ったな」

 なに、この反応。二人ともアランに若干おびえている? 私は不思議に思いつつ、アランの方に聞いてみた。

「アラン、この二人になにをしたのですか」
「人聞きの悪いことを言わないでください。直接お会いするのはこれがはじめてのはずですよ」
「本当にそうなら、この二人がこれほど取り乱すはずがないでしょう。レオナール様もそろそろ手を離してください、私は大丈夫ですから」

 あ、素直に手を離してくれた。でも、しかられた子犬みたいな表情をしている。私、キツい言い方をしちゃったかな?
 私は出来るだけ柔らかい口調で改めてたずねた。

「アランは、レオナール様がそれほど心配するような相手でしたか?」
「ん」

 うわぁ、レオナール様ったら、はっきり頷いた。え、本当にアラン、なにをしたのさ。
 私がぽかんとしていたら、レオナール様が言葉を続ける。

「アランガルド・リンダールの名前が責任者にある仕事は、終わりに絶対舞踏会がある」
「……レオナール様、それは普通に考えたらろうかいですよ」
「魔法使い、ほとんどが踊れないのに、なんで? 毎回、舞踏会前には参加義務のある全員が揃って練習するんだ、仕事疲れでぐったりしながら。踊れるのは少数の貴族階級出身者だけだよ」

 あ、それは苦行ですね。納得しました。つまりレオナール様はアランのことを、嫌がらせをする人だと思っていたわけだ。
 それにしても、貴族階級出身の魔法使いかぁ。

「その言い方だと、貴族階級出身の魔法使いはあまりいないのでしょうか」

 魔法使いは国防の一端をになっているのだし、魔力が強い由緒正しい家系が存在して、そういった家同士での婚姻とかが多そうだなって、なんとなく思っていた。
 私の疑問に、アランとレオナール様がそれぞれ答える。

「そう、ですね……魔力は遺伝ではありませんから」
「ん。完全に個人の資質」

 私は以前耳にした話を思い出し、首をかしげた。

「ウィンター侯爵家は強い魔力を次代に残すため、政略結婚を繰り返していると聞いたことがあるような……」
「ああ、あれは……なんと言えばいいのでしょうね。どちらかというと属性による相性のいい相手を探しているのであって、純粋に魔力で選んでいるのではない様子ですよ。実際、今のご当主の奥方も魔法が得意というわけではなかったようです」

 それに頷きつつ、私はウィンター家のことについて考える。
 私が知っているウィンター侯爵家の人間は、次男で、現在は王宮魔法使いの次席であるスタウト・ウィンター。そいつが昔、お嬢様こと王太子妃殿下リディアーヌ様に求婚をしたので、少しだけ関わったことがあるんだ。
 傍若無人ぼうじゃくぶじんで俺様な態度だったし、お嬢様を無理矢理さらおうとした、二度と顔も見たくない最低な男だった。
 あと、ウィンター侯爵家そのものにも不穏なうわさがある。話題に出た、スタウトの母親である侯爵夫人についてのものだ。当時の侯爵夫人にはすでに婚約者がいたにもかかわらず、現当主が力ずくでうばったという話だった。
 元々の婚約者が他国の王族だったせいで、盛大な醜聞しゅうぶんになったと聞いている。
 そこまでして魔力の強い血筋を求めているんだと思ったのに、実はあまり確実ではないとか……なんだかなぁ。
 首をかしげたままの私に、アランが説明を続ける。

「それに、王宮魔法使いは貴族家の当主との兼任は出来ません。あまりに魔力が強い場合はその限りではありませんが、爵位を継ぐ者は魔法使いにはならないことが多いです。一族で魔法使い級の魔力を持つ者が複数人いない限り、貴族階級から魔法使いになる人は少ないですね」

 そもそも、魔法使いになれるだけの魔力を持つ人自体が少ないんだものね……私なんか、魔法を使うどころか魔力を体の外に出すことすら出来ない魔力ゼロ体質だから、完全に雲の上の話だ。
 この世界において、魔力は量こそ人によって違うけれど、誰だろうと持っているもの。魔法は体の中にあるそれを外に出すことで発動させるけれど、その量が一定以上ないと使えない。
 多くの人は魔法は使えないものの、魔力を外に出すことは出来るから、魔法のかわりに魔石を使っている。魔石は魔力を流すことで反応させ、封じ込められた魔法を発動させるものだ。けれど、私にはそれもほとんど使えない。
 私に使えるのは、火をつけたり明かりをつけたりする日常用の簡単な魔石だけ。でも、今はレオナール様が造ってくれた腕輪があるので、彼の魔法具ならば使用出来る。ちなみにこれは、魔力ゼロ体質の人間が魔力に長時間触れると起きる、魔力当たりも防ぐ優れもの。
 そうだ、魔法省について気になっていたことがひとつあるんだけど、ついでにアランに聞いてみようかな。

「ちなみに、次席はおさに次いで魔法省で二番目に偉い地位という認識で合っているのでしょうか?」
「ええ、そうですね」
「……では、レオナール様の筆頭魔法使いというのは、どういう地位になるのでしょう」

 これ、前からちょっとした疑問だったんだよね。

「ああ、わかりにくいですよね。魔法省全体をとうかつするのは長、その下が次席で、あとは部門ごとに分かれている。ここまではいいですか?」
「ええ、そこまでは。部門ごとにも責任者がいるのですか?」

 そうたずねれば、レオナール様も頷いた。

「ん。でも、役職としては長と次席のふたつだけ。僕はいくつかの部門を兼任しているけど、公式な役職はない」
「……筆頭魔法使いは、役職ではない?」

 私が首を傾げると、アランがすらすらと説明を続ける。

「筆頭とは魔法省で最も魔力が強い人を示す言葉で、これまでは、それはおさであったことがほとんどなんですよ。ですが現在の魔法省においては、マリエル殿が最も魔力が強い魔法使いです。具体的な役職ではありませんが、その実力から長と同程度の発言力を持っています」

 ちょっと話が脱線したけれど、とりあえず魔法省の役職についてと、貴族階級出身の魔法使いが少ないのはわかった。

「それにしても、舞踏会については困りましたねぇ」

 話が一段落したところで、アランがふいに口を開く。

「ああでもしないと魔法使いを表舞台に引きずり出せないので、こちらとしてはぜひ参加していただきたいのですが」

 全く困った様子もなく満面の笑みを浮かべているアラン。まあ、私からすると彼の言いたいこともわかるのよね。

「下手に貴族に魔法使いを取り込まれたら困るから、でしょう?」

 私の言葉に、レオナール様がよくわからないと言わんばかりに首をかしげる。

「リリー?」
「貴族の中には、権勢欲から魔法使いの皆様へ個人的に接触をする人もいるはずです。そのため舞踏会、それも国が主催するものに魔法使いを招くことで、そういった貴族を牽制けんせいするのが目的かと。魔法使いはあくまでも国の臣下だと示したいんだと思いますよ」

 私の話を聞いて、レオナール様はなんとなく納得した様子で頷いた。

「確かに、魔法省に入ったばかりの頃は貴族から変に声をかけられることが多かったかもしれない。じゃあ、舞踏会出た方がいい?」
「レオナール様ほど有名になれば、もう必要ない気がしますけど。多分、アランとしてはレオナール様には違う理由で来てほしいのでは?」

 私がそう言うと、アランはニヤリと口の端を吊り上げた。

「さすがはリリー、やはり手放したくはないですね。そうです、魔法使いマリエルが来ると来ないでは、貴族たちの反応が大きく変わる。簡単に言えば、魔法使いマリエルを取り込みたい貴族たちが娘をけしかけてくれるので、注意を払うべき相手が非常にわかりやすくなります」

 められている気がしないよ。それに、レオナール様を利用する気満々なことを隠そうともしない発言だなぁ。
 王宮魔法使いは当然ながら王家の管轄かんかつにある組織だ。この国における優秀な魔法使いが揃っていると言っても過言ではない。
 そんな彼らを、たとえば結婚相手として一族に迎え入れることが出来れば、自分の家に味方する魔法使いが手に入る、と考える貴族がいる。
 強力な力を持つ魔法使いと少しでも仲がよければ、それだけで他者への牽制になると考える者もいる。
 また、王宮魔法使いともなれば爵位こそなくても一代限りの貴族同然の地位なので、たま輿こしだと思う人だっているのだ。
 そういった下心を持つ人々は、当然ながら私欲で働き、国のために動くことはほぼない。だからこそ、そんな彼らを観察することで未然に面倒な事柄を回避するのに役立てたいのだろう。
 うん、大体アランがなに考えているのかはわかるよ、わかるけどね。

「レオナール様をおとりにしないでいただきたいのですが」
「魔法使いマリエルが特定の誰かを連れて来れば、それだけでむらがる連中の半分は減りますよ。まあ、それでも残る者こそ、私があぶり出したい人物ですが」

 結局、炙り出そうとするのはやめないのね……いや、こういう人だって知っていたけど。使えるものは自分自身でも容赦なく使う人だもの。

「……それ、連れていくのは誰でもいいんだよね?」

 それまで黙っていたレオナール様が顔を上げて口を開く。

「そうですね、魔法使いですから相手の身分は関係ありません。ただしその方への風当たりは厳しいものになりますよ」

 アランがそう言うと、レオナール様は少し躊躇ためらってからこちらを見た。

「リリー」
「……やっぱり私なんですね」

 とほほ。嫌な予感はしていたんだ。というか、相手の選択肢は私しかないとわかっていた。それに、以前にもレオナール様から舞踏会に一緒に行ってって言われていたし。でもね、本当は行きたくないんです。

「王家のメイドなら申し分ない相手になりますね」

 にっこりと笑うアランに、恨めしい思いで視線を向ける。

「楽しんでるでしょう」
「もちろん。どうせ私のもとからいなくなるなら、せいぜい今のうちに役立ってもらうと同時に、楽しませてもらいますよ。……ですが、今から思えば私がリリーを無理矢理嫁にしていればよかったですかね」

 これまで笑っていアランが、ふと真面目な顔になる。

「そうすれば、貴女あなたはずっと私の傍にいたはずですから」
「アラン、貴方あなたは愛することも出来ない女を妻とは呼べない人でしょう?」
「ええ、残念ながら。ですが、リリーならそれを曲げて妻にしてもいいと思います」

 ……は?
 いや、笑顔で言われても、えええ!?

「私が口にするより先にこちらがなにを考えているのか理解して行動する有能なところ、何事もなるべく穏便に収めようとする優しさ。愛せなくても、妻にするには充分ですよね」
「アラン、本心が丸わかりです」

 思わず突っ込んだ私は、絶対悪くない。今のアランの言葉は、妻という名の便利屋が欲しいって言っているのと同じだもの。

「おや、ひどいですね。私はこんなにもリリーをほっしているのに」
「便利に使えるリリーがいれば仕事が楽になるのでほっしているのに、でしょう? ただの部下ですよね、それ」

 要するに、気心が知れていて外でも仕事をさせられる女性が他にいないから、逃げられないようにしておけばよかったって言いたいのだ。普通に怖い。

「まったく、そこまで見抜かなくていいです。この状況に、たまには年頃の女性らしく頬を染めたり恥じらったりすればいいのに。マリエル殿も私も、顔はいいと思いますよ?」

 自分で言うか。確かにアランだってかなりの美形だよ、でも、それも武器にしているせいで素直に認めにくい。
 大体、美形だからってだけできゃあきゃあ騒ぐものでもないよね?

「はっきり言えば、アランの顔は綺麗だと思いますが好みじゃないです。レオナール様は好みですが、いちいち反応していたら仕事になりませんよ」
「人生をもっと楽しんだ方がいいですよ、リリー。貴女あなたは生き急いでいるようで、イライラします」
「その楽しみが恋愛を指しているのならいりません。それに今は、ジルの母親をするのが楽しくて仕方ないので」

 そう言ってこれ見よがしに、にっこりと笑ってやる。
 確かに、レオナール様に出会うまでは生き急いでいたかもしれない。
 でも、最近は毎日が楽しいんだ。ジルやレオナール様が笑うたびに嬉しくなって、ずっと一緒にいたいって思える。だから、生き急いでなんかいない。
 私は、自分の居場所を見つけたんだから。

「あと、私はひたすら人をこき使う男性の妻になるくらいなら、死んだ方がマシです」
「はっきり言いますね、その通りこき使う気ですが」

 楽しそうに笑っているアランにちょっとイラッとしたので、少しばかりしゅがえしをしてやる。

「きっとアランは、いつか働きすぎだからっておっとりした貴族のお嬢さんを押し付けられるんです。それで最初はイライラするけど、なんだかそのペースに呑まれて、彼女の傍だと適度に肩の力を抜くことが出来るようになり、手放せなくなるんですよ」
「なんですか、その予言」
「そうなって振り回されまくればいいのにという、私の願望です」

 真顔で言いきったところ、アランは口の端をらせた。その様子に満足した私は、書き上げたばかりの書類を彼に押しつける。

「はい、王太子への報告書。どうせ説教だけじゃなくて、これも目的だったんでしょ?」
「本当に、嫌味なほど優秀ですねリリー。よく書けていますし」

 私の報告書にざっと目を通したアランは、それをふところへしまい込む。合格ってことですね、よし。
 それから、私は話を少し前のことに戻した。

「ところで子供の行方不明事件について、先ほども言った通り、港を持つ貴族が関わっていると私なりに考察しています。アランも、似たような結論なのですよね?」

 私の言葉に、アランがゆっくり頷く。

「そうでしょうね……目的だけが不明ですが」
「報告書にも書いてありますけど、ヴェーデン侯爵領に精霊狩りが現れました。もしその精霊狩りも子供たちをさらったのと同じ組織にいるのなら、なんとなく動機が見えてきますが、いかんせん現状では確証がないですね」

 精霊狩りとは、精霊を捕らえたり自身に取り込んだりして、精霊の力を無理矢理利用する者を言うらしい。
 そんな存在が強い魔力を持った子供を攫うというなら、子供たちに精霊と契約させた上で自分自身が精霊を利用する……なんて可能性が考えられる。もっとも、憶測でしかないけれど。

「なるほど……敵については最悪の事態を想像しておくべきですから、そのつもりで考えてみましょう。本当に精霊狩りが関わるならば、またリリーに会うことになるでしょうしね」

 そう言って、アランはとてもいい顔で笑った。

「精霊狩りだと断定されれば、魔法使いマリエルに調査依頼がいくのは確実。そうなればリリーにも王家のメイドとして最後の仕事を頼めます」

 私はなかば呆れ、砕けた口調でアランに突っ込む。

「転んでもタダじゃ起きないわね、アラン。レオナール様の役に立つなら構わないけれど」
「言ったでしょう? 手が足りないと。まぁ、二人の報告書を読んで殿下と話をするでしょうから、それ次第ではあります。ですが、おそらく手を借りることになると思いますよ。魔法使いマリエルがついているのなら、こちらも安心して計画を立てられます」
「それって、リリーを危険な目にわせるってこと?」

 ヒヤリとするほど冷たい声を出したレオナール様。だけど、アランは動揺した様子もなく穏やかな笑みを浮かべて頷く。

「そう、今までと同じように。マリエル殿、リリーをか弱い女性と思っているのなら間違いです。彼女は私たちが仕事を任せるに足る、信頼すべき女性ですから。ただ囲って守るだけのつもりなら、私のところへ返してもらいますよ」
「僕は――」
「戻らないわ、アラン」

 なにかを言いかけたレオナール様をさえぎって、私ははっきりと宣言する。

「私を必要としてくれるのは嬉しい。でも、たとえレオナール様が私を必要としなくなっても、私は城に戻るつもりはないの」
「何故ですか、リリー」
「……もう、王太子のために死んであげられないから」

 一番が決まってしまったので、他の人のためには死んであげられない。そんな私が、今までみたいに役立つことは出来ないだろう。


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