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幕間話2
SS トゲアリトゲナシトゲアリ
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私、リーゼロッテはクルト様と一緒にタイコーン辺境伯の調査報告書を書き上げていました。
あの調査は、あくまでもクルト様とのデートが目的……ではなく、ヒルデガルドさんの救出が目的であり、調査というのは名目だけなのですが、せっかくなので調査報告書を纏めて提出するようにとオフィリア先生に言われてしまいました。
まぁ、雑務であってもクルト様と一緒にできるのであれば、私にとっては最高の時間。
いえ、これはきっと夫婦の共同作業といってもいいでしょう。
その楽しい時間もあっという間に過ぎていきました。
「これでだいたいの資料は揃ったかな?」
クルト様が資料を再確認していいます。
「はい! クルト様は資料作りもお上手なのですね」
この読みやすさ。
中身だけでなく、新たな資料用の様式としても価値があります。
「いえ、僕なんて素人ですよ。あとはサンプルを添付したいですね。リーゼさん。トゲナシサボテンの現物、持って帰ってましたよね? それを出してもらっていいですか?」
「はい、持ってきています」
私はそう言って、トゲナシサボテンをクルト様に渡しました。
これは祭りのときのものではありません。
あの時のトケナシサボテンはクルト様が自ら口にした秘宝であり、私のコレクションとして防腐処理てんこ盛りで凍結保存しています。
凍結保存しているのを忘れて口づけしてしまったときは、唇がくっついて大変な目に遭いましたが。
「ありがとうござ……あれ? これ、お祭りの時のものじゃないですよ?」
「え? 気のせいじゃありませんか?」
「だって、これ、トゲナシサボテンじゃなくて、トゲアリトゲナシサボテンですから」
「トゲアリトゲナシ……なんですか?」
「ほら、ここ、上の僅かな部分だけトゲが生えているんです。トゲナシサボテンの亜種で、底だけトゲが生えているからトゲアリトゲナシサボテンと呼ばれているんです」
そう言われてみれば、確かにトゲが生えています。
「ああ、間違えました! 急いで持ってきます!」
こんなこともあろうかと、トゲナシサボテンはまだ予備があります。
温泉饅頭を作るときに、中の果汁だけを使い、器は余っていましたからね。
「クルト様、持ってきました」
「ありがとうございます……あ、これもトゲナシサボテンじゃないですよ?」
「え? でも、トゲはどこにも生えていませんよ?」
「はい。でも、この部分の特徴はトゲナシサボテンより、トゲアリトゲナシサボテンに近いんですよ。だから、トゲナシトゲアリトゲナシサボテンという名前です」
「トゲナシトゲアリトゲナシ……噛みそうな名前ですね」
頭がこんがらがって来ました。
とにかく、違うということがわかりました。
別の容器を持ってきます。
「これはトゲナシサボテンもどきですね。よく似ているけど完全な別種です」
「もどきっ!?」
「これはハリナシサボテンです」
「トゲじゃなくてハリ!?」
「これはトゲアリサボテンです」
「トゲアリって、普通のサボテンじゃありませんかっ!」
一体、何種類あるんですか、このサボテンは。
「あはは、トゲナシサボテンって見分けるの大変ですよね。露店でも五十種類くらい売ってましたよ。全部中身は似たような味なので、地域によってはまとめてトゲナシサボテンって呼ぶそうです」
まとめて呼んでいるのではなく、単純に見分けがついていないだけではないでしょうか?
そう思っていたとき、オフィリア先生がやってきました。
私に課した資料作りの進捗状況を見に来たようです。
「やっているようだな……ん? これはトゲアリハリナシサボテンもどきか……珍しいな」
「はい。ハリナシサボテンなのにトゲがあるって珍しいですよね」
……オフィリア先生とクルト様は何やら気が合った様子で話をします。
私には他のサボテンの違いが何なのか全然わかりません。
「……ふむ。クルト、これを貰っていってもいいだろうか?」
「……? はい。資料に添付しようと思っていただけですので、オフィリア様の研究に必要なのであれば」
「助かる。ああ、そうだ。リーゼ、冷凍倉庫の中のトゲナシサボテン、あれも持っていくぞ」
「ま、待ってください! オフィリア先生、あれは――」
「嘆いていたぞ。少しは見守っているファントムとその報告を受けるミミコの身にもなれ」
……凍ったトゲナシサボテンに唇を持って行かれたところ、ファントムに見られていたようです。
くっ、仕方ありません。
あれがなかったとしても、クルト様が使った匙や、クルト様が使ったコップや、クルト様が使った歯ブラシがまだ残っていますから。
そして、オフィリア先生はサクラの皆にサボテンを運ぶように依頼し、工房の近くに借りている家に向かいました。
後日、【トゲナシサボテンから見る植物進化の過程】という論文がオフィリア先生の名前で発表され、植物学会を大いに騒がせることになるのですが……別に見た目がほとんど一緒で中身が同じであれば、同じもので構わないと思うのは私だけでしょうか?
また、クルト様の資料作りの時にに使われた様式は【リクト様式】と呼ばれ、事務作業の資料整理をする文官たちの仕事効率を大きく向上させることになり、リクト工房主最初の偉業とまで言われるようになるのですが、どちらもまた別の話です。
あの調査は、あくまでもクルト様とのデートが目的……ではなく、ヒルデガルドさんの救出が目的であり、調査というのは名目だけなのですが、せっかくなので調査報告書を纏めて提出するようにとオフィリア先生に言われてしまいました。
まぁ、雑務であってもクルト様と一緒にできるのであれば、私にとっては最高の時間。
いえ、これはきっと夫婦の共同作業といってもいいでしょう。
その楽しい時間もあっという間に過ぎていきました。
「これでだいたいの資料は揃ったかな?」
クルト様が資料を再確認していいます。
「はい! クルト様は資料作りもお上手なのですね」
この読みやすさ。
中身だけでなく、新たな資料用の様式としても価値があります。
「いえ、僕なんて素人ですよ。あとはサンプルを添付したいですね。リーゼさん。トゲナシサボテンの現物、持って帰ってましたよね? それを出してもらっていいですか?」
「はい、持ってきています」
私はそう言って、トゲナシサボテンをクルト様に渡しました。
これは祭りのときのものではありません。
あの時のトケナシサボテンはクルト様が自ら口にした秘宝であり、私のコレクションとして防腐処理てんこ盛りで凍結保存しています。
凍結保存しているのを忘れて口づけしてしまったときは、唇がくっついて大変な目に遭いましたが。
「ありがとうござ……あれ? これ、お祭りの時のものじゃないですよ?」
「え? 気のせいじゃありませんか?」
「だって、これ、トゲナシサボテンじゃなくて、トゲアリトゲナシサボテンですから」
「トゲアリトゲナシ……なんですか?」
「ほら、ここ、上の僅かな部分だけトゲが生えているんです。トゲナシサボテンの亜種で、底だけトゲが生えているからトゲアリトゲナシサボテンと呼ばれているんです」
そう言われてみれば、確かにトゲが生えています。
「ああ、間違えました! 急いで持ってきます!」
こんなこともあろうかと、トゲナシサボテンはまだ予備があります。
温泉饅頭を作るときに、中の果汁だけを使い、器は余っていましたからね。
「クルト様、持ってきました」
「ありがとうございます……あ、これもトゲナシサボテンじゃないですよ?」
「え? でも、トゲはどこにも生えていませんよ?」
「はい。でも、この部分の特徴はトゲナシサボテンより、トゲアリトゲナシサボテンに近いんですよ。だから、トゲナシトゲアリトゲナシサボテンという名前です」
「トゲナシトゲアリトゲナシ……噛みそうな名前ですね」
頭がこんがらがって来ました。
とにかく、違うということがわかりました。
別の容器を持ってきます。
「これはトゲナシサボテンもどきですね。よく似ているけど完全な別種です」
「もどきっ!?」
「これはハリナシサボテンです」
「トゲじゃなくてハリ!?」
「これはトゲアリサボテンです」
「トゲアリって、普通のサボテンじゃありませんかっ!」
一体、何種類あるんですか、このサボテンは。
「あはは、トゲナシサボテンって見分けるの大変ですよね。露店でも五十種類くらい売ってましたよ。全部中身は似たような味なので、地域によってはまとめてトゲナシサボテンって呼ぶそうです」
まとめて呼んでいるのではなく、単純に見分けがついていないだけではないでしょうか?
そう思っていたとき、オフィリア先生がやってきました。
私に課した資料作りの進捗状況を見に来たようです。
「やっているようだな……ん? これはトゲアリハリナシサボテンもどきか……珍しいな」
「はい。ハリナシサボテンなのにトゲがあるって珍しいですよね」
……オフィリア先生とクルト様は何やら気が合った様子で話をします。
私には他のサボテンの違いが何なのか全然わかりません。
「……ふむ。クルト、これを貰っていってもいいだろうか?」
「……? はい。資料に添付しようと思っていただけですので、オフィリア様の研究に必要なのであれば」
「助かる。ああ、そうだ。リーゼ、冷凍倉庫の中のトゲナシサボテン、あれも持っていくぞ」
「ま、待ってください! オフィリア先生、あれは――」
「嘆いていたぞ。少しは見守っているファントムとその報告を受けるミミコの身にもなれ」
……凍ったトゲナシサボテンに唇を持って行かれたところ、ファントムに見られていたようです。
くっ、仕方ありません。
あれがなかったとしても、クルト様が使った匙や、クルト様が使ったコップや、クルト様が使った歯ブラシがまだ残っていますから。
そして、オフィリア先生はサクラの皆にサボテンを運ぶように依頼し、工房の近くに借りている家に向かいました。
後日、【トゲナシサボテンから見る植物進化の過程】という論文がオフィリア先生の名前で発表され、植物学会を大いに騒がせることになるのですが……別に見た目がほとんど一緒で中身が同じであれば、同じもので構わないと思うのは私だけでしょうか?
また、クルト様の資料作りの時にに使われた様式は【リクト様式】と呼ばれ、事務作業の資料整理をする文官たちの仕事効率を大きく向上させることになり、リクト工房主最初の偉業とまで言われるようになるのですが、どちらもまた別の話です。
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