田舎のオトコと都会のオトコ

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▶▶ 田舎の♂️

1、酔い覚めのキス

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――-- ミーンミンミーン・・・

 蝉がそこかしこで鳴きしきる午前6時。眠い目を擦りながら民宿の玄関前で箒を滑らせている離島生まれ離島育ちの俺、《雨宮 海斗あまみや かいと》20歳。そしてこの古びた小さな民宿“あじさい”はこの島唯一の宿屋で俺の実家だ。

 同級生らは殆どが高校卒業と同時に進学やら就職やらでこの島を出ていった。一人息子である俺は民宿を継がなければならない為に泣く泣くこの島に残り、見習いとして働いている。

(はぁ・・・俺も上京したかった。)

 そんなことを思いながら、綺麗に掃き終えた地面に水を撒いていく。

「海斗~そこと客室掃除終わったら買出し行ってきてくれる?」

「はいよー。」

 母親の呼びかけに返事をして、俺は客室掃除へと向かった。この民宿“あじさい”は海水浴場のすぐ側にあって客室の窓からは綺麗な海辺が見渡せる。とは言え、特に観光名所でも何でもないこんな小さな島に来るような客はほとんどいない。この民宿を利用するのは主にこの島民の親族であったり、島から出ていった人間が里帰りで知人を連れてきたりするくらいだ。

「まぁ、こんな宿屋でもなかったらなかったで困るんだもんなー。」

 客室は3部屋のみ。3年前に父親が癌で死んでからは母親と俺、パートにくる近所のおばさんの3人で切り盛りしていて、宿泊客がいないときでも弁当の仕出しをするなどして何とかやっていけている感じだ。

「さてと、掃除完了♪買出し行くか!」

 父親から受け継いだトラックを走らせて港にある魚屋に顔を出す。ここでは朝一で島の漁師から仕入れた新鮮な魚を売っている。

「おっちゃん、今日は何入ってるー?」

「おう!海斗か。今日はいいカレイがいるよ~こりゃ煮付けにでもしたら最高だ!」

「んじゃ、カレイと・・・・キスもいいな。串焼きにしよっかな~♪」

「よし、カレイとキスな!ほらよッ」

「さんきゅ。」

 いい魚を手に入れてるんるんの俺は再びトラックを走らせようとすると、港の待合い前の自販機にもたれ掛かるようにして倒れている人影を見つけた。慌ててトラックを降りた俺はすぐに駆けつけて声をかけた。


「おい!大丈夫か?!」

 倒れているのは若い男で、この島の人間ではない。と言うかこのド田舎には似つかわしくない垢抜けた容姿をしていた。

「ん゛ん・・・気持ち悪い。」

 どうやら船酔いをしたらしく、かなり顔色が悪い。俺は自販機で水を買い男に差し出した。

「水飲めるか?」

「んー、、飲む。」

 男はゆっくりとペットボトルを受け取り、一口ふた口流し込むように水を飲むと再びなだれ込むように自販機にもたれ掛かった。

(それにしても・・・やけに整った顔の男だな。まさか芸能人とかじゃないよな?服装も洒落っ気あるし、いかにも都会人って感じの・・・)

 そんなことを思いながら男の顔を覗き込むと、


「んン゛?!」

 急に目の前に男の顔が近づいて来たかと思うとまさかの口を塞がれていた。

「おい?!やめろッ!!」

 俺は慌てて男を突き飛ばして口を拭った。

(は!?おッおッ男にキスされた?!しかも・・・俺のファ、ファーストキスがーーーッ!!!)

 あまりのショックに顔を真っ赤にしてジタバタしていると、突き飛ばされた衝撃で意識がハッキリした男がむくりと起き上がった。


「んーー。あれ?ここどこ?」

「はぁ?お前、どこから来たんだよ!?」

「ん?東京。」

「と、東京!?」

 まさかの憧れの地からの訪問者に俺は今まさにこの男にファーストキスを奪われたことなんて吹き飛ぶくらいにテンションが上がってしまった。


「一人で観光にでも来たのか?それともここに知り合いでもいるのか?」

「いーや。東京駅から新幹線に乗って~適当なとこで降りて、適当に船に乗ってみたらここに着いてた。」

「・・・ぶらり旅的な?」

「まぁ、そんなとこかな。」


(まじか。かっけぇ~な!!おい。目的なくひとり旅とか俺もしてみてぇー!!東京人すげぇ!?)


「いやぁ、でも船があんなに揺れるとは思わなくてさ。はぁ~びっくりした!まだちょっと気持ち悪いし。」

 男の顔を見ると確かにまだ少し顔色が悪かった。

「あ、じゃあさ。俺んち民宿やってんだけど来るか?今日は宿泊客いねぇから貸し切りだぞ!笑」

「民宿か~。いいね!じゃあそこで休ませてもらおうかな。」

「おう!あ、車・・・ちょい汚ねぇトラックなんだけど、、お前大丈夫か?」

 明らかに高そうな服を来た芸能人並みの都会男を果たしてこんな作業用トラックになんか乗せていいものかと俺は少し戸惑った。しかも、荷台にはさっき仕入れたばかりの生きのいい魚が乗っかっている。

「トラック?・・・これ君の車?」

「あ~、、親父のおさがりでさ。だ、ダサいよな!ははッ」

 俺は途端に恥ずかしくなって、苦笑いした。


「え、かっこいい・・・」

「・・・え?」

「格好いいじゃん。ドラマとかで見てさ、ちょっと憧れてたんだよね!ほんとに乗っていいの?」

 一瞬お世辞を言われているのかと思ったが、男は本当に嬉しそうに目をキラキラさせてトラックを見ていた。そのあまりのギャップに俺は不覚にもドキドキしてしまった。

(いや、ドキドキってなんだよ。つーか忘れてたけど俺こいつにキスされたんだった!!こんな不審者?宿に連れて帰っても大丈夫なのか?!いや、でもこいつ俺にキスしたこと覚えてない・・・?)

 頭の中で目まぐるしくひとり会議をしている俺を知ってか知らずか、男は自分のキャリーバッグをひょいと持ち上げてトラックの荷台に乗せると自分も同じように荷台に上がろうとした。

「ちょ!!ちょっと待て。お前は助手席に乗れよ!」

「え?こっちじゃ駄目なの?」

「そっちは基本的に人は乗ったら駄目なんだよ!それに汚れてっし。ほら!こっち!」

 そう言って俺が助手席の扉を開けると男はつまらなさそうな顔をして助手席に乗り込んだ。それを見届けた俺は運転席に乗り、エンジンをかける。


(って、、あーー流れで結局乗せちまったじゃねぇか!!まぁ・・・今更断れねぇし。貴重な観光客だ!どうせならしっかり持て成してやろう。)


 そう決意を新たにした俺は、民宿“あじさい”へとトラックを走らせた。


















 

 



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