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本編
31.出陣(2)
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そしてどこか緊張した面持ちで、一歩を踏み出す。
エステファニアのすぐ前まで来ると、震える両手を伸ばしてきた。
「それでは……失礼します」
「ええ」
エステファニアも僅かに腕を上げると、シモンの両腕が背中に回り、ぐっと引き寄せられた。
そのまま彼の胸板に体を預けるようにされ、全身が包み込まれる。
シモンは先程まではまったく戦争への緊張や不安を見せていなかったのに、今になって体を固くさせていた。
エステファニアにとって、現実での男性との抱擁は父や兄たちを除けば生まれて初めてだった。
しかも彼らとも、エステファニアが女性として成長してからはそこまで密な触れ合いをしていない。
もしかしたら、シモンもそうなのかもしれない。
女性ほどではないが、やはり貴い身分の男も、余計な種を撒かないように落ち着いた生活を求められるのだ。
不覚にも、エステファニアの心臓がとくとくとうるさくなった。
やはりシモンは着痩せするタイプなのか、こうして触れていると、軍服の下にある案外逞しい体を感じてしまう。
それに胸が高鳴る一方で、肺を満たしていく彼の香りは、不思議とエステファニアを落ち着かせた。
最後にぎゅっと腕の力を強めると、シモンの体が離れていった。
まともに顔を見るのは恥ずかしかったけれど少しだけ気になって、ちらりと視線を上げる。
するといつもの笑みを浮かべながらも顔を真っ赤にしたシモンがいて、驚いてしまった。
「はは……すみません。まさか、お許しをいただけるとは思っておらず……ありがとうございます。もう、わたくしは誰からも負ける気がしません。必ずや、帰ってまいります」
「…………ええ。どうか、御無事で」
「最後にもう一度だけ、ご挨拶を」
エステファニアが右手を差し出すと、シモンは白くなめらかな手の甲に唇を押し付けた。
その時間は、今までで一番長かったと思う。
そして離すと、エステファニアに一礼した。
そうして、シモンは戦地へと向かった。
馬に乗る後姿を見つめながら、エステファニアは自身の胸に手を当てる。
色んな感情が押し寄せてきて、自分でもよく分からなかった。
シモンが戦争に行くのが怖いし、不安だし、寂しいと思う。
それと同時に、先ほどのシモンの反応が気になって仕様がなかった。
あんな、素が出てしまったかのような反応をされると、以前エステファニアが演技だろうと切り捨てた告白が、もしかして本当だったのではないかと思ってしまう。
いや、でもシモンならば、あれすらも演技なのだろうか。
ただでさえ初めての抱擁で動揺しているのに、余計に混乱してしまった。
「大丈夫よ、お義姉様」
突然リアナに話しかけられて、はっと顔を上げた。
相変わらずエステファニアとしてはどうかと思うドレスを着たリアナが、胸を張る。
「お兄様、魔術師として結構強いから。だから、大丈夫です。すぐに帰ってきますよ」
初対面の頃から嫌われているだろうというのは分かっていたので、そんなことを言われて驚いてしまった。
一瞬、何か嫌味を言われたのかと思ったが、内容も彼女の雰囲気も、そうは感じられない。
声をかけてしまうほど、自分はひどい顔をしていたのだろうか。
エステファニアを励まそうとしてるのが伝わったので、今日のところは、ドレスについては言わないでやることにした。
「……ええ、ありがとうございます」
笑みを作って礼を言うと、リアナは少し顔を赤くして、照れたように視線を泳がせた。
彼女はエステファニアからしたら頭の足りないところはあるが、良い子なのだろう。
素直に、そう思えた。
おかげでなんだか気持ちを切り替えられて、頭の中をぐるぐると巡っていた思考が落ち着いた。
本人がいないところでぐだぐだと考えていたって、仕様がない。
エステファニアにできることは、シモンが無事に帰って来られるように祈る事だけだ。
エステファニアのすぐ前まで来ると、震える両手を伸ばしてきた。
「それでは……失礼します」
「ええ」
エステファニアも僅かに腕を上げると、シモンの両腕が背中に回り、ぐっと引き寄せられた。
そのまま彼の胸板に体を預けるようにされ、全身が包み込まれる。
シモンは先程まではまったく戦争への緊張や不安を見せていなかったのに、今になって体を固くさせていた。
エステファニアにとって、現実での男性との抱擁は父や兄たちを除けば生まれて初めてだった。
しかも彼らとも、エステファニアが女性として成長してからはそこまで密な触れ合いをしていない。
もしかしたら、シモンもそうなのかもしれない。
女性ほどではないが、やはり貴い身分の男も、余計な種を撒かないように落ち着いた生活を求められるのだ。
不覚にも、エステファニアの心臓がとくとくとうるさくなった。
やはりシモンは着痩せするタイプなのか、こうして触れていると、軍服の下にある案外逞しい体を感じてしまう。
それに胸が高鳴る一方で、肺を満たしていく彼の香りは、不思議とエステファニアを落ち着かせた。
最後にぎゅっと腕の力を強めると、シモンの体が離れていった。
まともに顔を見るのは恥ずかしかったけれど少しだけ気になって、ちらりと視線を上げる。
するといつもの笑みを浮かべながらも顔を真っ赤にしたシモンがいて、驚いてしまった。
「はは……すみません。まさか、お許しをいただけるとは思っておらず……ありがとうございます。もう、わたくしは誰からも負ける気がしません。必ずや、帰ってまいります」
「…………ええ。どうか、御無事で」
「最後にもう一度だけ、ご挨拶を」
エステファニアが右手を差し出すと、シモンは白くなめらかな手の甲に唇を押し付けた。
その時間は、今までで一番長かったと思う。
そして離すと、エステファニアに一礼した。
そうして、シモンは戦地へと向かった。
馬に乗る後姿を見つめながら、エステファニアは自身の胸に手を当てる。
色んな感情が押し寄せてきて、自分でもよく分からなかった。
シモンが戦争に行くのが怖いし、不安だし、寂しいと思う。
それと同時に、先ほどのシモンの反応が気になって仕様がなかった。
あんな、素が出てしまったかのような反応をされると、以前エステファニアが演技だろうと切り捨てた告白が、もしかして本当だったのではないかと思ってしまう。
いや、でもシモンならば、あれすらも演技なのだろうか。
ただでさえ初めての抱擁で動揺しているのに、余計に混乱してしまった。
「大丈夫よ、お義姉様」
突然リアナに話しかけられて、はっと顔を上げた。
相変わらずエステファニアとしてはどうかと思うドレスを着たリアナが、胸を張る。
「お兄様、魔術師として結構強いから。だから、大丈夫です。すぐに帰ってきますよ」
初対面の頃から嫌われているだろうというのは分かっていたので、そんなことを言われて驚いてしまった。
一瞬、何か嫌味を言われたのかと思ったが、内容も彼女の雰囲気も、そうは感じられない。
声をかけてしまうほど、自分はひどい顔をしていたのだろうか。
エステファニアを励まそうとしてるのが伝わったので、今日のところは、ドレスについては言わないでやることにした。
「……ええ、ありがとうございます」
笑みを作って礼を言うと、リアナは少し顔を赤くして、照れたように視線を泳がせた。
彼女はエステファニアからしたら頭の足りないところはあるが、良い子なのだろう。
素直に、そう思えた。
おかげでなんだか気持ちを切り替えられて、頭の中をぐるぐると巡っていた思考が落ち着いた。
本人がいないところでぐだぐだと考えていたって、仕様がない。
エステファニアにできることは、シモンが無事に帰って来られるように祈る事だけだ。
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