聖女の使命のためだけに生きてきましたが、突然現れた人嫌い勇者さまに溺愛されました

天草つづみ

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闇竜討伐の旅

18.聖女であること

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 馬小屋に馬を預けて宿屋に入れば、流石に中まで人々がついてくることはなかったので、少し落ち着いた。すれ違う宿泊客や宿屋の主人の好奇や期待の眼差しはあるものの、話しかけられないだけで気が楽になる。
 二人は別々で部屋を取ったが、まずはアーサーの部屋で荷物を広げて、補充する物品を確認することにした。
 部屋に入ると、アーサーは大きな溜息をついて荷物を下ろした。そして、椅子の背もたれに脱いだマントをかけて座り、背中を預けて頭を掻く。
 サフィアは自分のマントをハンガーにかけながら、アーサーに言った。

「大丈夫? 疲れてるなら今日はお休みにして、確認は明日にする?」
「いや……大丈夫だ」

 アーサーはそう答えて立ち上がり、ハンガーにマントをかけ直した。そして、ぽつりと言う。

「……サフィアは、聖女であることが嫌になったりしないのか?」

 サフィアはどう答えたら良いものかと思って、暫く悩んだ。そして、ゆっくりと口を開く。

「うーん……もし聖女じゃなかったらって考えることはあるけれど……嫌かと言われると、ちょっと難しい……かしら……。ずっと聖女として生きて来たから、そうじゃない自分が想像できないの。そりゃあ、普通の女の子で、親と暮らしてって考えたりするけど……でもそしたら他の女の子が代わりに聖女になって、その子が闇竜を倒すのを待つしかできないでしょう。そう思うとなんだかじっとしていられない気がするし……じゃあ、わたしが聖女で良かったなって……。ああでも、良くは……ないのかしら……? ううん……だめでもないんだけれど……」

 話しているうちに自分でもよく分からなくなって、苦笑した。
 幼い頃は、覚えていない親に会いたいと駄々をこねて教会のみんなを困らせたこともある。幸せそうな親子連れを見た後は大司教の部屋に行って一緒に寝てくれとせがんだり、恋愛小説を読んだり結婚式を見た後は、どうして自分は聖女だからって恋をしてはいけないのかと不満に思ったりもした。
 けれど同時に、闇竜を倒すことは、聖女であるサフィアにしかできないことだった。
 夜が長くなって作物の育ちが悪くなったり、不安から世の中の治安が悪くなっても、誰もどうすることもできない。聖女であるサフィアの成長を待って、成人したら倒してくれる。その希望に縋ることしかできないのだ。それもまた、辛いことだろうと思う。
 聖女だからできることとできないことがあって、聖女と普通の女の子のどちらが良いかなんて、なってみないと分からない。

「ごめんなさい、自分でもよく分からなくなっちゃった。でも、わたしは聖女で、聖女として生きてきた。それがわたし。だから、考えてもしょうがないっていうか……聖女なのがわたしっていうか……聖女も悪くないっていうか……」

 それにサフィアは、昔よりも聖女の重荷を感じなくなっていた。それは、勇者であるアーサーが現れたのもあるし……アーサーという一人の人間に、出会うことができたから。
 たった一人で闇竜を倒すと思っていたのが、仲間ができた。それだけでも嬉しいのに、その仲間は、アーサーという不思議で、かっこよくて、優しい男の子だった。闇竜討伐の旅は辛いものだろうと想像していたけれど、現実は、アーサーのおかげで楽しくできている。アーサーと二人でいっぱいお話して、いろんなものを見て、やって。

 まるで告白みたいで言えないけれど、と思いながら、サフィアはアーサーに目を向けた。すると彼は、何か眩しいものでも見たかのように、目を細めていた。
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