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闇竜討伐の旅
19.勇者であること
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「すごいな、君は」
「えっと……そう? 意味分かんないこと言っちゃったと思うけど……」
「そんなことはない。俺なんて、嫌で嫌でしょうがないよ」
そう言われて、サフィアの胸が痛んだ。アーサーが、自分が勇者であることを嫌がっているだろうというのはなんとなく分かっていた。けれどいざ言われてしまうと、自分との旅も否定されているように聞こえて、心の柔らかいところをちくちくと刺されている気分だった。
「俺はずっと森にいたかったし……当たり前のように俺たちが闇竜と戦うと思っている人たちにも、いらだってしまう。厳しい戦いになるだろうし、治らない怪我をしたり、死んでしまうかもしれないのに、それを行かせようとしてくる。しかも闇竜を倒すだけじゃなく、自分たちの心を落ち着かせるために、優しい言葉までを求めてくる。まったく無関係の人間なのに」
俯くアーサーに、サフィアは何も言えなかった。アーサーの気持ちも、町の人々の気持ちもわかるからだ。サフィアだって、たまにアーサーのように思ってしまうことがある。けれど彼らには、闇竜と戦おうと思っても戦う力がないのだ。だから勇者と聖女に頼るしかできないし、その代わりにと励ましたり、優しくしてくれたり、物やお金を渡そうとしてくる人だっている。思うところはあっても、それを悪く言うことはできない。これは、聖女として育てられたサフィアと、勇者として育てられなかったアーサーの価値観の違いなのだろう。サフィアは、アーサーの言葉に同意も否定もできないし、してはいけない気がした。
「……何を思うかではなく、何を成すかだ」
サフィアが言うと、アーサーは顔を上げた。
「あなたが、教会にいる頃に言ってくれた言葉よ。アーサーが色々思ってしまうのは、当たり前のことだと思う。けれど、そう思いながらも、闇竜を倒すためにわたしと一緒に旅をしてくれてる。それだけで、とてもすごいことだわ」
サフィアは、アーサーの目を見つめていった。アーサーは少しの間黙っていたが、椅子から立ち上がって、サフィアの目の前まで来た。
「サフィア。君は……ほんとうに……」
絞り出すような声で言って、アーサーはサフィアの頬を両手で包んだ。サフィアの顔が真っ赤になる。アーサーの親指が、サフィアの目の下をなぞった。そして、額を合わせる。サフィアは、ぎゅっと目を瞑った。
人と接して来なかったからか、アーサーはこうした身体的接触が多い。その度にサフィアは変な気になりそうで、わたしは動物、わたしは動物、と自分に言い聞かせている。
「君のおかげだよ。君のおかげで、俺は勇者としてちゃんと戦おうと……そう思えた」
「そ、そう、なの……?」
アーサーの熱い吐息を感じて、サフィアは身を硬くした。ドキドキして、倒れてしまいそうだった。
「初めて会ったときにしてくれた約束。あれが、どれだけ嬉しかったことか」
あなたを守ります! などと啖呵を切ったあれか、と思い出して、サフィアは羞恥に震えた。あの時は、いないと思っていた勇者が現れて、舞い上がってあんなことを言ってしまった。もちろん今だって気持ちは変わらないし、旅に出るときにも約束したが、初対面でぶつける言葉ではなかっただろう。
「初めて会った人間は、俺に求めるばかりで……そんな中、君がああ言ってくれたから……君のためなら頑張れると、そう思った」
「えっと……そう? 意味分かんないこと言っちゃったと思うけど……」
「そんなことはない。俺なんて、嫌で嫌でしょうがないよ」
そう言われて、サフィアの胸が痛んだ。アーサーが、自分が勇者であることを嫌がっているだろうというのはなんとなく分かっていた。けれどいざ言われてしまうと、自分との旅も否定されているように聞こえて、心の柔らかいところをちくちくと刺されている気分だった。
「俺はずっと森にいたかったし……当たり前のように俺たちが闇竜と戦うと思っている人たちにも、いらだってしまう。厳しい戦いになるだろうし、治らない怪我をしたり、死んでしまうかもしれないのに、それを行かせようとしてくる。しかも闇竜を倒すだけじゃなく、自分たちの心を落ち着かせるために、優しい言葉までを求めてくる。まったく無関係の人間なのに」
俯くアーサーに、サフィアは何も言えなかった。アーサーの気持ちも、町の人々の気持ちもわかるからだ。サフィアだって、たまにアーサーのように思ってしまうことがある。けれど彼らには、闇竜と戦おうと思っても戦う力がないのだ。だから勇者と聖女に頼るしかできないし、その代わりにと励ましたり、優しくしてくれたり、物やお金を渡そうとしてくる人だっている。思うところはあっても、それを悪く言うことはできない。これは、聖女として育てられたサフィアと、勇者として育てられなかったアーサーの価値観の違いなのだろう。サフィアは、アーサーの言葉に同意も否定もできないし、してはいけない気がした。
「……何を思うかではなく、何を成すかだ」
サフィアが言うと、アーサーは顔を上げた。
「あなたが、教会にいる頃に言ってくれた言葉よ。アーサーが色々思ってしまうのは、当たり前のことだと思う。けれど、そう思いながらも、闇竜を倒すためにわたしと一緒に旅をしてくれてる。それだけで、とてもすごいことだわ」
サフィアは、アーサーの目を見つめていった。アーサーは少しの間黙っていたが、椅子から立ち上がって、サフィアの目の前まで来た。
「サフィア。君は……ほんとうに……」
絞り出すような声で言って、アーサーはサフィアの頬を両手で包んだ。サフィアの顔が真っ赤になる。アーサーの親指が、サフィアの目の下をなぞった。そして、額を合わせる。サフィアは、ぎゅっと目を瞑った。
人と接して来なかったからか、アーサーはこうした身体的接触が多い。その度にサフィアは変な気になりそうで、わたしは動物、わたしは動物、と自分に言い聞かせている。
「君のおかげだよ。君のおかげで、俺は勇者としてちゃんと戦おうと……そう思えた」
「そ、そう、なの……?」
アーサーの熱い吐息を感じて、サフィアは身を硬くした。ドキドキして、倒れてしまいそうだった。
「初めて会ったときにしてくれた約束。あれが、どれだけ嬉しかったことか」
あなたを守ります! などと啖呵を切ったあれか、と思い出して、サフィアは羞恥に震えた。あの時は、いないと思っていた勇者が現れて、舞い上がってあんなことを言ってしまった。もちろん今だって気持ちは変わらないし、旅に出るときにも約束したが、初対面でぶつける言葉ではなかっただろう。
「初めて会った人間は、俺に求めるばかりで……そんな中、君がああ言ってくれたから……君のためなら頑張れると、そう思った」
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