あの時の歌が聞こえる

関枚

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いつもとは違う予鈴の後に担任の木村先生がくる。
先生は国語の先生でかなり評判のいい先生だ。
彫りの深い顔にメガネをしている。
先生は僕を見つけるとにっこり微笑んで
「梶野、学校に来たんだな。偉いぞ!」
僕に賞賛を送ってくれた。
心の声も聞こえないのでこれは本心なのだろう。
よく考えてみると本当に僕は偉いのかもしれない。
学校に来ると決めたのは紛れもなく僕自身だ。自分の殻をこじ開けたのも自分。学校に来た僕偉い。素直に思えた。
みんな特に僕が不登校だったことに関しての話題は持ちかけてこず、ただ
「分からないことがあったらなんでも言えよ」
 とか、
「ノート見せてあげようか?」
などと僕にいろんな気遣いをしてくれていた。
味方がいないなんてただの空虚な妄想だった。知らず知らずのうちに僕はその妄想に囚われていたらしい。結論として自分が信じたくないものは信じない!それを知った。
前の席の春日野が
「なあ梶野。隣のクラスに来た転校生知ってるかー?」
転校生はホノカで間違いないが義理のいとこだっていうべきだろうか?ここは一旦濁しておこう。
「そうなの、どんな人?」
「いや、めっちゃかわいい女の子だよ。隣のクラスの友達が言ってた。確か名前は……北沢だっけな」
確定だな。僕の目論見どうりホノカは人気者の階段を駆け上がったらしい。
「へえー、そんな子が来たんだー」
「なあ、1時間目の休み時間に見に行かないか?」
見にいくのはっていとこだしなぁ。毎日見れんだよなあ。けどせっかくの誘いだ。断れないし、断る理由もない。
「いいよ」
「よし!後山内も連れて行くぜ」
ゔ…山内だと?
正直言って会いたくない。今は席は真逆の方向に位置してあるため関わりはないが僕が不登校になる原因を作ったような奴なのだ。
こいつは人付き合いが不器用なくせに人の賞賛をえたいという究極の不器用人間で委員長になれなかった怒りを僕にぶつけた張本人だ。
勉強もスポーツもできて顔もいいのだが人間性という偏差値は低かった残念な奴だ。
でも大丈夫かな。今の僕は味方の方が多いはず。そう信じよう。
僕は頷いて授業の準備をした。
1時間目は数学だ。


眠い……こんなに数学って眠かったっけ?
ただいま僕は睡魔の待っている三途の川の舟に乗っている。
コクリコクリと揺れる頭にハットしてコメカミをグリグリとしてから必死に話を聞こうとするのだが起きていられる自信がない。今は一次関数をしており授業を受けていなかった僕はチンプンカンプンだ。
隣の席の女子がなにかと教えてくれるのが救いだろう。
定期的にシャーペンで背中を突いてくれる奴もいる。
なにかと貢献するクラスメイトである。
僕は理系の脳みそを持ってはいないのでついていけない。
期末が心配だ。
そして僕は何とかして数学を乗り切った。
「あぁー、疲れた…」
「あの先生眠すぎだよな」
僕は春日野と顔を合わせて笑いあった。
「さ、見に行こうぜ」
僕と春日野は席をガタッと立つと山内が来た。
「戻ってきたのー。梶野君」
『今すぐ帰りやがれ』
かわいそうに演技なんて効かないのに。なんだか滑稽でにやけるのをずっと我慢してた。
そして隣のクラスをのぞいてホノカを探すのには苦労しなかった。
彼女は沢山の女子に周りを囲まれて楽しそうに喋っていた。
白の半袖シャツに紺色のベストをした彼女は昨日とはまた違った印象を与えた。
ふつうにかわいい。
「ほら見ろよ!可愛くね?」
ひそひそ声が意味をなしておらず耳を近ずけなくても聞こえる。よほど興奮しているんだな。
「あ、そうだね」
山内は対して興味なさそうな顔だったのだが彼女を見るや否表情を変えて彼女をガン見した。
その表情は電気に打たれたような、野獣が獲物を見つけたような顔だった。
こいつ惚れとるな。
『なんだあいつ!?今まで見たやつで一番だ……!』
やっぱり、どこまで単純なんだ。隣で半目で呆れていた。
表情で悟ったらしく春日野も呆れている。
その時だった。
彼女が僕がドアの前に立っているのにきずきそっと手を振ったのだ。
僕はこっそりと手を振り返す。
『まさか……俺に気がある!?』
どこまでもかわいそうな山内だった。なんだこの勘違い男は。
春日野は目ざとく僕が手を振り返しているのを見つけ、山内が見ほれている間に山内には聞こえないように少し離れたところで僕に耳打ちした。
「梶野まさか知り合いか?」
こいつは至って冷静な奴だ。僕は関心する。
『こいつに話すきっかけを作ってほしいな』
心の声も同時に来た。
こいつには言っても大丈夫かな。
「あ、まあね」
「どういう仲だ?」
「いとこだよ。義理の」
「嘘だろ!?」
その途端周りが春日野の絶叫で静まり返る。
ものすごく気まずい時間。
春日野は小声で
「スンマセン……」
ピョコピョコとお辞儀をしながら謝る姿は面白くて僕はその場で腹を抱えて笑った。
「何がおかしいんだよ」
「いやぁ面白くてね」
「うっせ」
パシンと肩パンされて擦りながら僕は笑った。
人と関わるのも嬉しいもんだ。
もう一度彼女を観ると彼女は僕を見て少し安心した表情となっていた。
そして二限目三限目四限目と授業を受け昼休みとなる。
春日野が僕の机に弁当を広げて口を開く。話題はもちろんホノカのことだ。
「いつからいとこなんだ?」
「昨日からだよ」
「じゃあ昨日この街に来たばっかりなのか?」
「そうだね。昨日知り合ったばっかり」
   春日野はフーンと頷きながら弁当の唐揚げを頬張る。よほど美味しかったのか幸せ心地な表情をする。
    「彼女と話がしたいな」
やっとその話題になる。
「うーん、どうかな。タイミングが合えばいいけど」
「いつでもいいよ。ほんの少しでもいいから話がしたい」
「もしかして春日野も惚れてる?」
「ば…ちげぇよ!」
「まあ、今日の放課後あたりに紹介するよ」
「あー、ありがとな助かるわ」
その時だった。
「ヒカル君」
澄んだ声がした。声の主はもちろんホノカだ。
「ちょっといいかな」
手招きで彼女が読んでるので僕は行くしかない。
周りの奴らは僕が名前呼びされているのを聞いてまさに絶句という顔をしている。
僕は廊下に出て扉をガシャンと閉めた。
「どうしたんだよ」
「ちょっと気になることがあってね」
そう言って彼女は少し真剣な表情になる。
「1時間目の休み時間にヒカルのとなりにいた人。危険だよ」
彼女も感じ取っていたのか?山内のことだろうか?
「それって右?左?どっち?」
「右ね」
山内だった。やっぱり人付き合いが下手くそだなあいつは。
「なんだか嫌な予感がするの。今日は裏口から私の家を経由した方がいいかもよ」
「なんでそんなことがわかるんだよ」
「そんな予感がするの」
「まあ、ありがと」
僕は彼女に別れを告げて教室に戻る。
みんな顔で説明しろと告げていたので僕は知らん聞くなと顔で伝える。
「彼女なんて?」
「いやぁ、山内に気をつけろだってさ」
「かぁ~、あいつは人を見る目があるなあ」
「今日は裏口から帰った方がいいだとさ」
「けどどうしてそんなことが言えるんだろうなわざわざ」
「わかんないよ、とりあえず裏口から帰ろうかな」
「信じるのか?まあ俺もちょうど裏口だから別にいっか」
僕は少しの間考える。
なぜ彼女はあんなことを言いに来たんだろうか。わけがわからなかった。
ただ勘が鋭いにしては妙に信憑性があった。
僕にとっては頭の痛い問題だ。
「まあお前が裏口から帰ろうが俺のノルマは彼女を紹介してもらうことだからな」
「わかってるよ、もう」
春日野はニヒルな笑顔を見せて手を差し出してきた。契約成立ってわけか。
僕はその手を取ってぎゅっと握った。
何にも起きないといいけどな。
僕は根拠のない不安に押しつぶされそうになっていた。
放送の音楽はラブソングからせかすようなチャカチャカした曲に変わり放送時間が終わった。
僕はそんな感情を吹き飛ばすように深呼吸をした。
その呼吸は妙に響く呼吸だった。
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