55 / 60
第五五話 父親の顔
しおりを挟む「――かっ……!」
『コオオオオオォォォッ……』
俺はいつも通りコアとすれ違いざま無心で心鎚を使ったわけだが、これが最後だと確信したので振り返らなかった。
完璧な一撃だったからではなく、むしろ今までとは感覚が微妙にブレていたからだ。これは、俺が変わったわけではなく相手が変わったことを如実に表していた。
それからほどなくして神殿が大きく揺れ始める。コアが潰れ、迷宮術士の作ったダンジョンが壊れ始めているということだ。
「――う、うぅ……」
「シュラーク様……!」
振り返るとシュラークが人間の姿に戻っているのがわかったので、俺は一心不乱に彼の元へと駆け寄っていく。
「……」
俺は彼の変わり果てた体を間近で見て、思わず目を逸らしかけてしまった。どう見ても助かるような状態ではないが、それでもまだ少し話すくらいならできるはずだ。
「……ゴホッ、ゴホッ……ど、どうやら、終わったようですね。ハワード氏……ご迷惑をおかけしました……」
「いやもう、迷惑ってレベルじゃなかったですよ、シュラーク様……」
「ははっ……本当に、どうお詫びしていいのか――」
『――ウウゥ……』
なんとも悲し気な声とともに蜘蛛の少女がよろよろと歩み寄ってきて、俺はいたたまれない気分になる。
「……ど、どうしたのです、この傷は……」
「俺のせいなんです。勇者パーティーが放ってきた矢を、この子は俺を庇う格好で受けてしまって……」
「そう、でしたか……ここに来て瀕死などと……そんなところまで私に似なくてもよかったのに……」
『オ、オォォ……』
「……」
蜘蛛の少女を見る枢機卿シュラークの顔はとても穏やかなもので、怖がっている気配は微塵も感じられなかった。
「さあ、おいで……」
『オ、オォ……?』
蜘蛛の少女がこれ以上近付くのをためらっているのがわかる。自身がその姿ゆえに怖がられていたということをよく知っているからなんだろう。
「大丈夫だから……もう私は怖くない。シュリア……」
『ウ、ウウウゥッ……!』
蜘蛛の少女を愛おしそうに抱きしめるシュラーク。その顔は一人の父親そのものだった。
「……シュリアっていうんですね」
「ゴホッ、ゴホォッ……はい……私の名前と……亡き妻リアンの名前を……合わせたものなのです……」
「……」
いつしか周囲の景色が神殿の入り口付近に様変わりしていて、俺はそこでようやくシュラークとシュリアが亡くなっていることに気付く。二人の顔は眠っているかのようにとても安らかなものだった……。
「――ハワード!」
「ハワードさん!」
「ハワード様っ!」
「あ……」
ハスナたちの声がしたので振り返ると、いずれも元気そうな顔で俺の元に駆け寄ってくるところだった。どうやら上手くいったみたいだな。
「もっと悪い人間、退治したです!」
「やっつけたのー!」
「ハワード様のおかげで、なんとか勇者パーティーに打ち勝ちましたっ……!」
「そうか……よかった……」
なんせ、勇者パーティーで一番怖いのはランデルでもエルレでもグレックでもなくルシェラだから、全員の魔法耐性さえ神精錬で鍛えておけば大丈夫だと思ったんだ。
「それで、あいつらは全員無事なのか?」
こんなところで一人でも死なれたら困るから無事だと思いたい。
「それが……仲間割れでも起こしたのか、一人だけ氷漬け状態だったので助からないかと思いましたが、魔法力が弱まっていたためか奇跡的に助かりましたっ!」
ん、何かで揉めてたんだろうか……? 耐性もないのに氷魔法が得意なルシェラに氷漬けにされたらまず絶対に助からないはずなのでそこも不思議なんだが、仲間相手なので躊躇があったのかもしれないな……って、後ろにいるのは……?
「よくやってくれた、ハワードよ」
信徒姿の大柄な人物が、気を失った教皇ユミルを抱えてゆっくりと歩み寄ってくる。なんだ、この異常なほどに威厳に満ち溢れた空気は……。
「あ、あなたは……?」
「うがっ、私、知ってるけど言わないです!」
「ひぐっ、あたしは言いたいけど、口止めされてるから言えないのぉ……」
「う、うむっ、そ、それがしも……!」
「……」
この男に口止めされたのか。っていうか、シェリーのこの今にも倒れそうな緊張具合から察するに、なんとなくわかってきたような……って! 俺は急いでひざまずいた。
「はっはっは! もうわかってしまったか」
「王様……」
見上げた先にいたのは、覆面を脱いだばかりの王様だった。太陽光に弱かっただけで、子供の頃から体が大きくて誰と喧嘩しても負けなしだと聞いたことはあったが、まさかダンジョンにいたなんて思いもしなかった……。
「ハワードに体を治してもらったあと、余は崩御したということにしておいてくれと頼んだのを覚えておるか?」
「は、はい」
そうだ、確かにダビル王はそう仰っていた。何か狙いがあるのだろうとは思ったが、そこまで元気だったとは。
「余はこの目と体でどうしても確認したかったのだ。民を苦しめる迷宮術士のダンジョンというものを、な……」
「なるほど……」
「それと、大事なことを確認したかった。リヒルの婿選びの件で、誰が一番相応しいかということもな……」
「え、ええ……?」
「ハワードの活躍、この目でしかと見届けたぞ。お主こそリヒルのフィアンセに相応しい!」
「……そ、それは……」
王様っていうより、もう父親の顔をしちゃってるな……。
「照れずともよい。リヒルもハワードのことを気に入っておるし、神の手と呼ばれるだけあってお主は国民の信頼も厚く、余が亡くなったあとも安心してこの国を任せられるだろう」
「……」
王が亡きあとに俺に国を任せるって……またとんでもないことを言われたものだ……。
「最後にもう一つ。勇者パーティーの卑劣なる悪行もしかとこの目で見届けた……」
「……ま、まさか……信徒たちに対する虐殺行為もですか……?」
「うむ……あれはまさに、目が眩むほどの衝撃であった……」
「……」
王様の声に明らかに怒りの色が滲むのがわかる。勇者パーティーはとんでもないものを見られてしまったわけだ。これはもう、いくら今まで国に貢献してきた連中といっても無事じゃ済まないだろう……。
1
あなたにおすすめの小説
勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。
応援本当に有難うございました。
イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。
書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」
から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。
書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。
WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。
この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。
本当にありがとうございました。
【以下あらすじ】
パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった...
ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから...
第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。
何と!『現在3巻まで書籍化されています』
そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。
応援、本当にありがとうございました!
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる