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第二八話 風

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「――と、こういうわけなんだ」
「……」

 俺がこれまでの経緯を話している間、カトリーヌは首を垂れて押し黙っていた。何か思うことがあったのか、時折小さく首を横に振るくらいだった。

「あなた方のことはよくわかりました」

 真顔で俺たちのほうを見やるカトリーヌ。

 それでもまだ警戒心を携えている様子なのはありありと窺えた。まあそこはしょうがない。大事な人の体を勝手に乗っ取られたわけだし良い気分はしないだろう。

「正直、まだ凄く頭に来てます。できれば最初にそれを話してほしかったです」
「……今すぐ許してもらおうなんて思ってない。ただ、身内をトラブルに巻き込みたくないっていう気持ちもあったんだ」
「……なるほど。でも私がここにいるということは、その考え方は変わったみたいですね」
「ああ。よかったら力を貸してほしい」
「私からもお願いします、カトリーヌさん」
「ふわあ……エリンもお願いするのだ……むにゃむにゃ……」
「おいこら、寝るな! ……あ、俺からもお願いするぜ、カトリーヌ」
「……」

 俺、ミケ、エリン、ルザークのみんなでお願いした結果、カトリーヌが無言で立ち上がって俺たちの間を割るように歩き、窓を開け放った。

 お、おいおい、ちょっと心臓に悪かったぞ今の……。俺がファルナスの体を完璧に使いこなせるならともかく、彼女が本気になればこの面子じゃまず勝てまい。

「さ、寒いぞ! 早く閉めるのだっ!」
「「「エリン……」」」
「うぅ……みんなで一斉に睨まないでほしいのだ……」
「……すぐ閉めます。ちょっと頭を冷やそうと思って」

 窓を閉めて振り返ってきたカトリーヌ。それまでとは考えられないくらい穏やかな表情になっていた。

「私のほうからお願いしたいくらいです。あと一週間で15歳になるので、それから仇討ちをするために同士を集めようと思っていましたから」
「じゃ、じゃあ……」
「もちろん、オーケーです。でも、一つだけ譲れないものがあります」
「なんだ?」
「シルウを殺す権利です。彼女だけは絶対に許せません。どんなことがあっても私がこの手で殺します……」
「……」

 カトリーヌの目には涙が滲んでいた。

 ファルナスの永眠の原因がシルウにあるとはっきりした瞬間だった。俺としてはシルウを殺すなんて絶対に受け入れられないが、カトリーヌの協力を得るためにもここで否定するわけにもいかない。冷たい風がいずれ暖かくなるように、人の考えも時間が経てば変わるものだと思いたい。なんとか妥協点を見出していくしかないんだ……。



「あれは3年ほど前の話です。『アニュス・デイ』――それはファルナス様を中心とした、家族のようなギルドでした。あの女が来るまでは……」

 俺たちに囲まれる形で、ベッド上に座ったカトリーヌがおもむろに語り始めた。

「孤児院育ちなうえに捻くれ者だった私でも、自然にそう思えるような空間だったんです。ファルナス様も妹のユリス様も、みんなとても優しくて……そしてときには厳しく、私を諌めてくださいました。そんな安らぎの空間に、あの女が入ってきたんです。シルウが……」
「……」
「あの女はファルナス様に色目を使い、特にあの方と仲の良かったユリス様を目の敵にして、嫌がらせを繰り返しました。当時の私は、それが怖くて傍観することしかできない卑怯者でした」

 なるほど、ここまではルザークの言う通りだな。

「でもある日、勇気を出してファルナス様に何もかも告白したんです。そしたら、お前は何も心配しなくていいからというお言葉とともに頭を撫でてもらいました。シルウが追放されたのはその翌日のことです。これでまた、以前のような穏やかな生活に戻れると思ったのもつかの間、妹のユリス様が行方不明になりました」
「ま、まさか……誘拐?」
「はい。ユリス様の命が惜しければすぐにギルドを解散するようにと。それを言ったときのシルウの笑顔が今でも忘れられません……」

 これだけゾクゾクする女も珍しい。必ず俺のものにしてやるぞ、シルウ……。

「ギルドを解散したファルナス様に対し、シルウは地下100階のボス部屋に来るように命じて立ち去りました。そこでユリス様を引き渡すと……」
「明らかな罠だな、それ……」
「はい。ギルドの方々もみんな口を揃えてそう仰ってましたが、もし断ればどうなるかもわかっていたので行くしかなかったのです。当時、まだ12歳だった私は見守ることしかできませんでした……」

 カトリーヌの手が一層ベッドのシーツを乱していく。トラウマを引き出すようなもんだからな。大丈夫か?

「その日の夜、ギルドメンバーの一人、最年長のグラース様が瀕死の状態になりながらも戻ってきました。永眠したファルナス様を抱えて……。ボス部屋で何が起こったのか、私に伝えたあと静かに息を引き取りました……」

 そろそろ取り乱す頃合いかと思いきや、話が核心に迫るにつれてカトリーヌの眼差しからはむしろ冷徹ささえ感じるようになった。シルウに対する強い復讐心が彼女を奮い立たせているのかもしれない。

「ボス部屋の中央には、縛られて動けなくなったユリス様はいましたがボスはいなかったそうです。何故だかわかりますか?」
「何故って……まさか……これから……?」
「そうです。待ち合わせの時間は、ちょうどボスが出現するほんの少し前だったんです……」
「ってことは……」
「助けようとしたファルナス様の目の前で、ユリス様の体はボスによってバラバラに引き裂かれました」
「……」
「怒り狂ったファルナス様は、ひたすらボスを攻撃したそうです。100階のボスは、集団でも討伐に1時間はかかるほどタフなことで有名なボスでしたが、即座に瀕死の状態になり、防御態勢に入りました」
「防御態勢……?」
「はい。瀕死状態になると、身を屈めていかなる攻撃も受け付けない鉄壁状態になるそうです。そこから足元に巨大な魔法陣を出し、己の命と引き換えに永眠状態を付与するスキルを使用するのです。この状態になれば決して近付かないことが鉄則だと言われていましたが、ファルナス様は我を失い、攻撃し続けたんです」
「……それで、削り切れずにスキルを食らったのか……」
「それが、信じられないことにボスは鉄壁状態でもファルナス様の攻撃を耐えきれず、スキルを使う前にやられかけていたそうです。そこで慌てたシルウたちによる妨害に遭い、結局は……」
「……そうか。辛かっただろうけど、よく話し……」

 カトリーヌは上体を起こしたまま寝てしまっていた。俺も経験があるが、人は命の危険を感じるような衝撃に見舞われると急激な眠気に襲われるんだ。それほどのストレスを感じながら話してくれていたのかもしれない……。
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