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四二段 頭のネジが一本外れている
しおりを挟むうーむ……こんなもんかな。
どうしても《微小転移》《イリーガルスペル》《念視》《集中力向上》という、いつもと変わらないスキル構成になってしまうが仕方ないか。これで9割も精神容量を使うし、俺にとっては一つでも外すとまずいものばかりだしな。
精神容量が増えるレア装備をどこかのボスが稀にドロップすると聞いたことがあるが、いくら欲しくても金欠状態でしかも先を急いでる俺たちには縁のない話だった。
『シギル兄さん、やつらが……』
『ああ、やっぱり来たのか』
『無差別に殺しまわってるみたい』
『……え……』
リセスに言われて耳を澄ましてみると、まもなく微かに悲鳴らしきものが聞こえてくるのがわかった。それも、複数……。あれか、やつらからしてみたらボス狩りを妨害されたけど、誰にやられたかわからないし、とりあえずみんな殺しておけば確実だろうってことか。正気じゃないな。
『こっちのほうに来るよ』
『……』
いよいよか……。いかれた連中だが、この周辺が俺に妨害された場所なのはしっかり記憶していたらしい。
……お、やつらの姿が遠目ながら見えてきた。うわ、酷いな。あの弓道士、逃げ惑う冒険者の背中に対して、淡々とした様子で次々と矢を放ち、いずれも一撃で仕留めていた。自分以外モンスターに見えているとしか思えないくらい、殺すことに躊躇がなかった。やはり頭のネジが一本外れている。
『あいつ、殺し屋に向いてそうだな』
『うーん……あの部分だけ見たらそうだけど、まだわからないかな』
『……』
割と条件が厳しいんだな。相手を選んでたら誰も殺せないってリセスも言ってたし、俺には向いてるように見えるが……。殺してるのは弓道士くらいだが、ほかの連中はそれが当然といわんばかりに一切止める様子もなく、悠然とこっちに向かってくる。例の自信たっぷりな笑みを浮かべた魔道術士の男が先頭だった。普通は後衛にいるべき職業があんなに前にいる時点で、やつがパーティーのリーダーであることを隠す気もないらしい。
◆◆◆
「レッケさん……あなた、今日だけで何人殺したかおわかりですか?」
「ん? 覚えてない」
即答する弓道士のレッケ。彼にしてみたら、隣にいる回復術士ネヘルの発言は昨日何を食べたのかという質問と同程度の心底くだらないものだった。
「では、正解を教えましょう……。なんと、37名にも及ぶのです……!」
「あっそう」
「冒険者たちの、死ぬ間際のあのなんともいえない顔、何度見ても素敵で頭の中がバラ色になると思いませんか? 突然訪れた死に際こそ、人の不幸の極限、魂の本質、すなわち至高の芸術が見られるのですよ……。今日ここに来てないパーティーは実に運がよかったですね……。ハー、ハー……」
「……」
死姦が趣味という、自他ともに認める異常者のネヘルは一人で興奮しているが、これもいつものことだった。
「ふわあ……。殺しなら俺にもやらせてくれよ。こんだけ退屈だと折角の得物も錆び付いちまうし、寝てたほうがまだマシだぜ……」
「へっ、ガートナー、あんたじゃ逃げられるのがオチだよ。ブサイクな上に腹も出てて怪力だけが長所の糞剣士が」
「うるせえなあ、ジェリス、まだ泡の件で根に持ってんのか?」
「当たり前だろ! 聖騎士のあたいを守るのがあんたの唯一の仕事なんだよ!」
「あんだけボスに泡を吐かれたらよ、一つくらいは見逃しちまってもしょうがねえだろ。それに、最後は俺が落ちるお前を両手で受け止めてやったじゃねえか」
「それが当たり前なんだよボケ! ダメージはサクリで肩代わりしてるこっちに来てるんだからさ!」
「それはお前がアホみたいに重いのが悪いんだろうが!」
「……重い? 言ったね。今すぐ死ね、糞剣士が!」
「黙れよ、この糞豚騎士がっ!」
「――キッ、キイイィィィッ!」
剣士ガートナーと聖騎士ジェリスの掴み合いの喧嘩が始まったが、誰も気に留めない。それくらいこのパーティーにとっては日常的な光景だった。
「……確か、我々が妨害されたのはあの辺だったか……。ふむ、誰かいるな……」
「……」
パーティーリーダーである魔道術士アムディの発言で、レッケは静かに前を見据える。遠くに見えるのは灰色のローブを着た長身の男だった。
「むう、一人だけだと……? というかあれは一体なんの職だ……? まさか、やつが妨害してきたというのかね……?」
「……んー、そうだと思う。多分、転移術士じゃないかな?」
「プッ……どんなやつかと思えば、糞雑魚職じゃねえか。あんなのにちょっかい出されるなんて舐められたもんよ。なあレッケ。俺にもやらせてくれよ。いいだろ?」
「……別にいいけど」
「おいガートナー、相手は逃げるのに特化した職だろ! 警戒されて逃げられちまったらどうするのさ!」
「なあに。心配するなよジェリス。警戒されないようにニコニコしながら丸腰で近づいて、一気に飛び掛かって殴り殺せばいいんだ!」
「――ちょ、ちょっと待ってください、ガートナーさん。あの人、私の好みですから、なるべく原形をとどめた状態で私に渡してほしいです! ハー、ハー……」
「わ、わかったよ。つーかネヘル、気味悪ぃから目の前でハーハー言うなって!」
「は、はい。どうしても、あの男の鋭い目を見てたら興奮が抑え切れなくて……申し訳ありません……ハー、ハー……」
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