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第一章 隠者の目覚め

訓練

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「……訓練?」
「ああ。ウォール君も早くアビリティを覚えたいだろう?」
「そ、それはそうだけど……」

 夜明けとともに部屋にやって来たダリルの提案に俺はひたすら戸惑っていた。

「何か不満があるのかい?」
「いや、それじゃダンジョンの攻略が遅れてしまうんじゃないかと……」

 確か、最高でもう三十階層まで行ってるパーティーがいるんだよな。最強パーティー《エンペラー》のことで、全員がSランクのアビリティを持っているらしい。さらに様々なスキルも網羅していて隙がまったくないとか。さすがに彼らには及ばなくても、ダンジョン攻略を目指すなら少しでも近付きたいと思うのが普通だろう。

「元々遅れてるから問題ないよ」
「え……」
「まだ三階層までしか攻略してないしね」
「……三……」

 意外な発言。後天性のアビリティは希少性があって強いって言ってたし、それが三人もいるならそこそこ攻略してそうなイメージだったけどな。

「《ハーミット》の信条の一つに急がば回れってあるんだよ」
「急がば回れ?」
「ああ。急いだ結果、命を落としちゃったらなんの意味もないしね。ここで君を育成して、後天性のアビリティを発現させて戦力にしたほうが結果的に早く攻略できるって睨んでるわけ」
「なるほど……」

 今までもそうやってゆっくり誰かを育成しつつ攻略してきたってことなんだろうな。

「さー、早速鍛えに行こうか?」
「あ、その前に聞きたいことが……」
「ん?」
「訓練ってどんなことを?」
「それは、後のお楽しみだ」

 悪戯っぽく笑われた。取っ組み合いとかじゃないと思いたい。ダリルっていかにも強そうだから不安になる。

「ちなみに、リリアやロッカにも訓練に付き合ってもらうよ」
「えええ……」

 てか、よく見たらパジャマ姿のリリアとロッカが入口から覗き込んでるし。いつの間に……。リリアはしきりに目を擦ってるし、ロッカは大きな欠伸してるしまだ眠そうだ。きっとダリルに無理矢理起こされたんだろう。どう考えてもヘイトは俺に集まるだろうし、こりゃ厳しい訓練が待ってそうだ……。



 ※※※



「ウォール君、頑張れ!」
「頑張りなさい、ウォール!」
「ウォールお兄ちゃん、頑張って~」
「……ぜぇ、はぁ……」

 暑い……きつい、痛い、苦しい……。

 俺はギラギラと照りつける太陽の下で鍬を上下に動かし、宿舎の近くにある畑を耕していた。しかも、《ハーミット》の正装であるというフード付きのローブをつけた状態でだ。

 ダリルによると基礎体力をつけるためだそうだが、これがとにかくきつい。頼みの月光のナイフもすぐに見つかって没収されたし、俺の体は悲鳴を上げていた。手にできた肉刺まめも痛いけど特に腰の部分が限界を迎えそうだ。サボろうにもみんな見てるからできないんだよなあ。

「も、もうそろそろ止めてもいいかな……?」
「ダメだよ、ウォール君」
「ダメに決まってるでしょ、ウォール!」
「ダメだよ、ウォールお兄ちゃん!」
「……うう……」

《ハーミット》のみんなが鬼に見えてきた……。それにしても、みんなもローブを着てさらにフードも被ってるのになんであんなに涼しい顔をしていられるんだろう。俺のような作業をしていないとはいえ、こんなに暑い中で外にいるのに汗一つかいてない様子。どう考えてもおかしい。

「ちょ、ちょっといいかな、リーダー」
「なんだい、ウォール君。あ、僕のことはダリルって呼んでいいよ」
「じゃ、じゃあダリル、なんでみんなこの暑さが平気なのかなって……」
「ああ、そういうことか。アビリティのおかげだよ」
「アビリティ……」

 そういやみんなのアビリティをまだ知らないんだよな。後天性アビリティは特に強力なんだっけか。

「まず僕から説明するけど、【反転】っていうアビリティを使ってる」
「【反転】……?」
「自分に関するあらゆることを逆にできるんだ。それがこのアビリティの効果」
「へえ……ってことは……」
「ああ。逆に寒いとすら感じるよ。暑さを【反転】してるわけだしね」
「な、なるほど……」

 よく考えると凄いアビリティだ。結構上のほうに位置してるものかもしれない。

「あの……それ、どれくらいのランクなのかな」
「Sだよ」
「……S……」

 さすがは後天性アビリティ。Sランクより上のものはないはずだから最高クラスだ。

「ほかの二人は?」
「えっとぉ、私は……」
「ふふん、ロッカは下がって! まずはあたしからよ!」
「は、はぁい……」

 当然のようにロッカを遮って前に出るリリア。子供を苛めてるようにしか見えないけど、あれでも一応16歳以上なんだよな……。

「あたしはね、【分身】を使ってるのよ! 本体は宿舎にいるわ」
「ええ……」

 気付かなかった。俺のリアクションに満足したのかリリアがしたり顔になってる。なんか悔しい……。

「そのランクは?」
「Sに決まってるでしょ! あんまり本体からは離れられないし攻撃もできないけど、無敵になるわけだしね」
「索敵にぴったりだな」
「そうね。そこはもちろん、あたしが担当してるわ。ウォールにしては鋭いじゃない!」
「そ、そうかな」

 いつの間にか鈍い男というキャラ付けをされていたようだ。新人はトロいっていうリリアの勝手な思い込みなんだろうけど……。

「じゃあ、ロッカは?」
「はぁい。私のアビリティは、【維持】っていうの。ふふ……」
「【維持】?」

 こりゃまた変わったアビリティだ。

「色んなことを【維持】できちゃうんだよ。あのね、涼しい風が吹いてきて、それをキープしたいって思ったら、使ってる限りはずっと涼しい風に吹かれるの……」
「へええ……それもSランク?」
「うん。ほかにも色んなことを【維持】できちゃうんだよぉ。やりすぎると凄く疲れるけど、短時間なら大丈夫なの!」

 なんだか末恐ろしいな。みんなSランクとか、まるで有名な最強パーティー《エンペラー》みたいだ。

 でもそうなると逆にプレッシャーになる。これで俺のアビリティがCランクとかだったらと思うとゾッとするんだ。覚えられるならまだいいけど、もし……いや、マイナス思考は止めておこう。みんなアビリティに守られてるとはいえ、折角こうして訓練に付き合ってくれてるんだ。暗い顔で周りを不安にさせるくらいなら明るく元気にいこうじゃないか。

「うおおおおおおっ――」

 あ……今、腰のほうからギクって音がしたような。

「――いててててっ!」

 どうやら張り切りすぎちゃったらしい……。
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