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新しい目覚め
食事日和(12/18/10時に文章改編)
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ピカイアの案内の元、エメラルデラとオラトリオは草地を歩いていく。
まだ上がりきっていなかった太陽はその姿を現し、朝の茜色と夜の群青で織り上げられた束の間の時間が、過ぎ去っていった。
陽射しは眩しく、澄んでいるように感じられる。
その冴え冴えとした輝きは、厳寒へと向かう、季節の移ろいを感じさせた。
エメラルデラは歩みを進めながら、聖地と地続きとなっている、外界を眺める。
数ヶ月前であれば、太陽が登る前から兄弟たちと外に出て、狩猟を行って戻ってくる頃合いだ。
上手く森の浅層で獲物を捕ることができれば良いが、皆を養うためにエメラルデラ一人で、奥地へ踏み込むことも多かった。
エメラルデラが居ない今、その危険を冒しているのは、誰なのだろうか。
二度と戻れない旅路だと思い決めていたが、こうして命を拾うと、家族の面影がどうしようもなく懐かしくなる。
そして、過酷な生活の思い出が蘇るたびに、エメラルデラの心中は嵐が去来したかの様に、ざわつくのだ。
だが、どんなに不安に苛まれても、すぐに戻れる距離ではないことは、確かだ。
無事を知らせる手立てがあれば────
歩く間も、思考ばかりが空回る。
そんなエメラルデラの耳に、高さの異なる二つの声が届いた。
「おはよう、二人とも調子はどう?」
「おはようごさいます、お二人ともお加減はいかがです?」
異口同音の質問に、エメラルデラはおかしそうに笑いながら視線を向ける。その先には、思った通りの二人の姿があった。
ヘルメティアは菫色の瞳を星のように瞬かせて、華やかに笑い掛けていた。
シエスはヘルメティアの正面に陣取り、草原の上に胡座をかいて座っている。
「ああ、おはよう。お陰でぐっすり眠れたが…シエスこそ、手は大丈夫か?」
「特に問題ございませんよ。ご覧の通り、元気なものです」
昨夜振り払ったシエスの手の具合が気になって、そちらを盗み見れば、シエスは軽く片手を持ち上げて指を動かして見せる。そこに大きな支障はないようだった。
エメラルデラが思わず、ふ、と安堵の息を吐き出すと同時に、芳しい匂いが鼻先を擽ってくる。
視線を移せば、石で組まれた竈《かまど》の上に燃えにくい生木の枝で、台が組まれていた。
その上には鉄製の簡易鍋が置かれている。匂いがそこから立ち上っているのに気が付くと、エメラルデラが口を開くより先に、オラトリオとピカイアが鍋を覗き込んだ。
「これが食事、というものか?」
「僕は知っていますよ、聖地に滞在する方々は、みなさま召し上がっていましたから」
好奇心を隠さない二人に応えるように、ヘルメティアは差し込んでいた木匙で中をゆっくり掻き回す。途端、先程よりも強い香りが立ち上る。
鉄分の多い肉独特の重い匂いと、滋味に富んだ香草の香り。
鼻の奥に残る、刺激的で爽やかな余韻は香辛料だろうか。
様々な匂いが折り重なって、旨味を伝えてくる。
「今日は美味しい鳥が捕れたから、レバーで作った団子のスープよ。食べられる野草も多かったし、保存の効く香辛料もあったから採ってきたわ」
「肉は普通に岩塩での味付けですけど、腹に詰め物をしたので悪くないんじゃないですかね」
スープとは別に、掌よりやや大きいぐらいの丸鳥を焼きながら、シエスが口を開く。
どちらもエメラルデラにとっては、十分豪勢な食事だ。
塩といえば海に隣接した神国が生産している海塩が中心であったが、帝国の現皇帝に変わってから一気に産業が発達し、岩塩の採掘が容易になった。
岩塩が市場に出回れば、輸送費や人件費も相俟ってやや高値で売買されていた海塩自体も、価格を下げることとなる。
お陰で、生きるための生命線であり、食事を楽しみに変えてくれる塩は、安価に流通するようになった。そして、持ち運びやすく保存の効く岩塩は、流民にも馴染み深い調味料となっていった。
その塩が塗り込められた鳥が数匹、竈から漏れ出る火で炙られている。丸々とした腹から香草の香りが交じる脂の滴らせ、香ばしい匂いを立ち上らせいた。
どう堪えても空腹を訴えてくるエメラルデラの腹は、今にも鳴き出しそうになっていた。
思わず片手で腹を抑えると、申し訳無さそうにもう片手を持ち上げる。
「すまない、シエス。ヘルメティア…私も分けて貰って良いか?あと、ピカイアとオラトリオにも…」
「もちろんよ!みんなで食べた方が美味しいでしょ?それに、エメラルデラはあんな大怪我した後なんだから、沢山食べないとね」
当然だとばかりに快諾するヘルメティア。彼女が了承するならば、特に異論を挟む気もないシエスであったが、ふと口を開く。
「でも、食器が流石に足りませんね」
「でしたら、僕が持ってきます!」
スープを覗き込んでいたピカイアが挙手をすれば、どこにあるのか問う前に、間髪入れずに翼を翻して空を奔り出す。
風のごとき…いや、まさに風を巻き起こしながら飛び去っていく姿は、あっと言う間もなく小さくなっていってしまった。
向かった先にある神樹の根本を眺めながら、風に乱された髪を掻き上げるシエスが、やや呆気に取られた調子で声を漏らした。
「…いや、まったく。元気ですねぇ」
思わずシエスとエメラルデラが顔を見合わせると、二人は一緒に吹き出すように笑い合った。
まだ上がりきっていなかった太陽はその姿を現し、朝の茜色と夜の群青で織り上げられた束の間の時間が、過ぎ去っていった。
陽射しは眩しく、澄んでいるように感じられる。
その冴え冴えとした輝きは、厳寒へと向かう、季節の移ろいを感じさせた。
エメラルデラは歩みを進めながら、聖地と地続きとなっている、外界を眺める。
数ヶ月前であれば、太陽が登る前から兄弟たちと外に出て、狩猟を行って戻ってくる頃合いだ。
上手く森の浅層で獲物を捕ることができれば良いが、皆を養うためにエメラルデラ一人で、奥地へ踏み込むことも多かった。
エメラルデラが居ない今、その危険を冒しているのは、誰なのだろうか。
二度と戻れない旅路だと思い決めていたが、こうして命を拾うと、家族の面影がどうしようもなく懐かしくなる。
そして、過酷な生活の思い出が蘇るたびに、エメラルデラの心中は嵐が去来したかの様に、ざわつくのだ。
だが、どんなに不安に苛まれても、すぐに戻れる距離ではないことは、確かだ。
無事を知らせる手立てがあれば────
歩く間も、思考ばかりが空回る。
そんなエメラルデラの耳に、高さの異なる二つの声が届いた。
「おはよう、二人とも調子はどう?」
「おはようごさいます、お二人ともお加減はいかがです?」
異口同音の質問に、エメラルデラはおかしそうに笑いながら視線を向ける。その先には、思った通りの二人の姿があった。
ヘルメティアは菫色の瞳を星のように瞬かせて、華やかに笑い掛けていた。
シエスはヘルメティアの正面に陣取り、草原の上に胡座をかいて座っている。
「ああ、おはよう。お陰でぐっすり眠れたが…シエスこそ、手は大丈夫か?」
「特に問題ございませんよ。ご覧の通り、元気なものです」
昨夜振り払ったシエスの手の具合が気になって、そちらを盗み見れば、シエスは軽く片手を持ち上げて指を動かして見せる。そこに大きな支障はないようだった。
エメラルデラが思わず、ふ、と安堵の息を吐き出すと同時に、芳しい匂いが鼻先を擽ってくる。
視線を移せば、石で組まれた竈《かまど》の上に燃えにくい生木の枝で、台が組まれていた。
その上には鉄製の簡易鍋が置かれている。匂いがそこから立ち上っているのに気が付くと、エメラルデラが口を開くより先に、オラトリオとピカイアが鍋を覗き込んだ。
「これが食事、というものか?」
「僕は知っていますよ、聖地に滞在する方々は、みなさま召し上がっていましたから」
好奇心を隠さない二人に応えるように、ヘルメティアは差し込んでいた木匙で中をゆっくり掻き回す。途端、先程よりも強い香りが立ち上る。
鉄分の多い肉独特の重い匂いと、滋味に富んだ香草の香り。
鼻の奥に残る、刺激的で爽やかな余韻は香辛料だろうか。
様々な匂いが折り重なって、旨味を伝えてくる。
「今日は美味しい鳥が捕れたから、レバーで作った団子のスープよ。食べられる野草も多かったし、保存の効く香辛料もあったから採ってきたわ」
「肉は普通に岩塩での味付けですけど、腹に詰め物をしたので悪くないんじゃないですかね」
スープとは別に、掌よりやや大きいぐらいの丸鳥を焼きながら、シエスが口を開く。
どちらもエメラルデラにとっては、十分豪勢な食事だ。
塩といえば海に隣接した神国が生産している海塩が中心であったが、帝国の現皇帝に変わってから一気に産業が発達し、岩塩の採掘が容易になった。
岩塩が市場に出回れば、輸送費や人件費も相俟ってやや高値で売買されていた海塩自体も、価格を下げることとなる。
お陰で、生きるための生命線であり、食事を楽しみに変えてくれる塩は、安価に流通するようになった。そして、持ち運びやすく保存の効く岩塩は、流民にも馴染み深い調味料となっていった。
その塩が塗り込められた鳥が数匹、竈から漏れ出る火で炙られている。丸々とした腹から香草の香りが交じる脂の滴らせ、香ばしい匂いを立ち上らせいた。
どう堪えても空腹を訴えてくるエメラルデラの腹は、今にも鳴き出しそうになっていた。
思わず片手で腹を抑えると、申し訳無さそうにもう片手を持ち上げる。
「すまない、シエス。ヘルメティア…私も分けて貰って良いか?あと、ピカイアとオラトリオにも…」
「もちろんよ!みんなで食べた方が美味しいでしょ?それに、エメラルデラはあんな大怪我した後なんだから、沢山食べないとね」
当然だとばかりに快諾するヘルメティア。彼女が了承するならば、特に異論を挟む気もないシエスであったが、ふと口を開く。
「でも、食器が流石に足りませんね」
「でしたら、僕が持ってきます!」
スープを覗き込んでいたピカイアが挙手をすれば、どこにあるのか問う前に、間髪入れずに翼を翻して空を奔り出す。
風のごとき…いや、まさに風を巻き起こしながら飛び去っていく姿は、あっと言う間もなく小さくなっていってしまった。
向かった先にある神樹の根本を眺めながら、風に乱された髪を掻き上げるシエスが、やや呆気に取られた調子で声を漏らした。
「…いや、まったく。元気ですねぇ」
思わずシエスとエメラルデラが顔を見合わせると、二人は一緒に吹き出すように笑い合った。
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