「Noタイトル」

とでん

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 例えばの話、人の人生に『題名』をつけるとしたらどうだろうか。

 小説やアニメ、漫画作品には欠かすことのできない『題名』だが、それは登場人物の大きな活躍にフォーカスを合わせた大作だからこそ生まれるものだ。しかしその世界でなんの変哲もない、ただただ誰が見ても普通の生き方ならきっと、そこには無題『ノータイトル』が相応しい。
 
 
 
 二〇四八年、その年突如として太平洋の一部は姿を消した。正しくは海は枯れ果て、後に残ったのは海面と同じ高さまで堆積した砂だけだった。それも全ては空から飛来した一つの奇怪な物体が原因とされた。
 
 海を砂へと変貌させたそれはその場で建造物を構成し、さらには物語に出てくるような、異形のモンスターを各地に放った。
 
 当然、太平洋に面する日本もその際に大打撃を受けた。現代武器は有効ではあったが、モンスターの種類、数の前では防戦一掃を強いられていた。

 そんな時、人々は生き残るためか魔力に目覚めるものが現れ出した。それによって二十年だった今、砂海の防衛戦を維持している。だが今でも人々はこの時のことを色濃く記憶しており、移行この現象は「転変海砂事変てんぺんかいさじへん」と言われるようになった。
 
 
 
 二〇六八年とある街の高校、窓際の席からニ月の寒空を見上げる少年はいた。黒板の前に立ち教鞭を振う教師にはめもくれず、ただ空を見ていた。
 
 「おーい雪見、ちゃんと先生の話聞いてるか?」
 
 教師に名前を呼ばれて振り向く白髪の少年、雪見 幸人ゆきみ ゆきとは寝起きの様な声を上げた。
 
 「んあ、すみません聞いてませんでした。」

 「全く、卒業まで後わずかだというのにお前は相変わらずだな。社会に出てからが先生心配だよ。」
 
 クラス中で笑い声が上がる中、幸人は頭を抱えていた。
 
 
 授業も終わり昼食どきになる。弁当箱を机の上に出し、お茶のペットボトルに口をつける時も幸人まだ空を見ていた。
 
 「そんなに空ばっか見て、なんかあるのか?」
 
 ふと気がつくと前の席にウニのようなチクチク頭の少年が一人座り、机には彼の弁当箱が置かれていた。
 
 「一樹か、別ににもないよ。単に考え事してただけ。」

 「なんだよどうせ、ほのかちゃんのことだろ。」
  
 包みを開く中庄 一樹なかしょう かずき。彼は幸人と一番仲のいいと言ってもいい友人。その彼の言う「ほのか」とは幸人のニ歳違いの妹のことである。
 
 「ああ、愛しの妹の手作り弁当のことで頭がいっぱいだったからな。昼前の授業はどうも頭に入って来ない。」
 
 恥ずかしげもなく言い放つ彼を「本当シスコンだな。」と一蹴する。事実幸人は妹を溺愛している。
 
 「でもまぁ、朝飯と弁当作ってくれる献身的な女の子っていいよな。俺の周りには居ないよそんな子。」

 「悪かったわね、彼女が献身的じゃなくて。」
 
 お淑やかな中に棘の感じる声が一樹の背後から近づく。それは綺麗な黒髪ストレートの少女だった。
 
 「ひ、瞳。どうしたんだよお前は隣のクラスだろ。それにこっちには滅多来ないじゃん。」

 「あらよっぽど私には聴かれたくない話でもしてたのかしら。」
 
 引き攣ったような表情をする一樹に対し満面の笑みを浮かべる瞳は幸人の机に同じく弁当箱を置き、近くの席から椅子を持ってきて腰を下ろした。同学年で隣のクラスの妹尾 瞳せのお ひとみこの惚気のようなやり取りで分かる通り一樹と瞳は付き合っている。
 
 「一樹じゃないけど本当珍しいな、瞳がこっちのクラスに来るなんて。帰りは二人とも一緒だけど。」

 「私たちもそろそろ卒業でしょ。だから少しでもカズくんと雪見くんの三人で思い出を作っておきたかったのよ。」

 「もう二月だぞ?遅すぎる気がするけど。」
 
 揃って弁当を開ける三人普通の弁当の幸人と一樹。それに比べて豪勢な弁当の瞳の弁当が異彩を放っていた。
 
 「いつ見ても瞳の弁当は凄いな。前日の余り物とは思えない。」

 「だよな。もともと育ちの良さはあったけど、まさか本当にお嬢様だったなんて。」

 「あらカズくん、そんなに物欲しげに見るなら私があーんしてあげましょうか。」
 
 クラス中の男子から殺気の混じった視線を向けられる一樹。そんな視線を向けられてはいらないと答えるしかない。
 
 「それに、凄いって言うなら雪見くんのお弁当もそうなんじゃないかしら?妹さんが朝早起きして作ってくれた、「愛妻」ならぬ「愛妹」弁当なんだから。」

 「それだとほのかの愛が「曖昧」みたいじゃないか。」

 「それはそうね。ほのかちゃんはドライと言うか、クールだし。正直雪見くんの一方的な愛情表現な気がするわ。」
 
 柔らかな笑顔で幸人の心をグサグサと傷つける。育ちが良いという感想を考え直す必要があるように感じていた。
 そんなたわいのない雑談をしている時、不意に放送が鳴り出す。
 
 「全校生徒を連絡します。だだ今同県の十二区域で『迷宮』のが発生が確認されました。通学等で近くを通る際は十分注意してください。繰り返します…。」
 
 放送が鳴り響く中、生徒も騒めきだす。それもそのはず、放送で言っていた「迷宮」が現れたからだ。

 迷宮、ラビリンス、ダンジョン、色々な言い方があるがようは人類の敵、モンスターの巣窟。二十年前の転変海砂事変移行、各地で見られるようになった現象である日突如として縦穴が空き、そこからモンスターが侵攻してくる現象。発生原因は不明なため、モンスターと戦う職業「ガーディアン」が日々見回ったり、突入して対処したりしている。ガーディアンはその際にモンスターの死体や迷宮から産出される工芸品、武器などを売って生計を立てたり、砂海から迫るモンスターの迎撃も請け負っている。

 収入は多いが毎年の死者数も多い危険な職業でもある。しかし人類の希望的一面があるため若者に人気の職業でもある。
  
 「十二区域ってことは隣か。ていうか幸人のバイト先って十二区じゃなかったっけ?」

 「ああ、今日もこの後バイトなんだけど大丈夫かな。」

 「気をつけろよ。いくら年々覚醒する奴が増えて、ガーディアンが増えてるとはいえ同じくらい被害は出てるんだから。」
 
 そう、一樹の言うように魔力の覚醒は世界的にみても年々上昇傾向にある。しかし迷宮の難易度、砂海からの侵攻もバランスを取るように上昇している。それがガーディアンの死傷者数の増加の理由でもあった。
 
 「だけど俺が少しでも稼がないとほのかに負担がかかるしな。」
 
 幸人の言葉に言葉を失う二人。というのも幸人には両親が居ない。居たには居たが母親は事故死、父親は仕事で海外に行ったきり行方不明になったのだ。そのため幸人とほのかの両方がバイトをして生活費を稼いでいた。
 
 「流石にお金の問題はどうしようもないけど、それでも何かあったら俺らに相談しろよ。ダチなんだからよ。」
 
 幸人の目を見て強く言う一樹。その言葉に相槌を打つ瞳。二人の思うことは共通の親友を思ってのことということは幸人も感じていた。いいともを持ったと、彼はうすら笑みを浮かべた。
 
 
 放課後、早々に下校準備をして席を立つ。まだ席で友人を雑談する一樹の後ろを通り教室から出ようとする。

 「それじゃあ俺はバイトだから先に行くな。」

 「おう、でも本当に気をつけろよ。」

 一樹の忠告にあぁと軽く返し駆け足で教室を後にする。




 幸人の住む七区域の隣、十二区域へは電車でおよそ二十分以内につける位置にあるり、そこからしばらく歩いた先に幸人のバイト先である喫茶店がある。

 「こんにちは。」

 「おや幸人くん、こんにちは。そういえば今日もシフト入っていたね。大丈夫かい、学生だと色々と大変じゃないかい。」
 
 温かみのある声。齢七十の老人がカウンターに立ってコーヒーミルを回していた。背丈は高いが歳のせいか手足の細いマスターの姿がそこにはあった。
 
 「いえ、うちは生活が苦しいですからむしろ助かってます。」

 「そうかい?なら今日もよろしくね。」
 
 いつ見てもにこやかなマスター。学生である幸人が働き口を探していたときに手を差し伸べてくれたその優しさに幸人はいつも感謝している。そんなことを思いつつバックヤードへと入り喫茶店の制服に着替えてバイトについた。
 
 その夜は客足は幸人が考えるより多かった。昼に放送で迷宮が発生したと言っていたことから、この辺りの人通りは滞っているものと考えていたからだ。

 「良かったです。昼間の放送で十二区に迷宮が発生したって言ってたからお客さんは来ないものだと。」

 「そうだね、もしかしたらもうガーディアンの誰かが解決してくれたのかね。」

 料理をテーブルに運び、カウンターに戻ってきた幸人とコーヒーを入れるマスターは話す。一般人からすれば迷宮の早期攻略は何より安心することである。中には攻略開始から何日もかかる『大迷宮』もあるそうだが、今回はレベルの低い迷宮だったのかもしれない。

 「いいや、そんなんじゃないんだわ。」

 二人の会話を聞いたのかカウンターに座っていた二人組の男たちが口を開く。一人はローブ、もう一人は革鎧のような装いをしている。この世界ではもはや日常的な光景であるが彼らはガーディアン、おそらく今日この辺りの巡回をしていたグループだろう。そんな彼らの違うという言動が幸人は気になった。

 「そんなんじゃないって言うのは、いったいどう言うことですか?」

 「実はさその迷宮、相当強い反応が出てたんだよ。協会指定の基準だと九段階中のレベル七、相当な奴だ。」

 幸人とマスターはゾッとする。ガーディアンでなくてもそのレベルがどれほどが理解できるからだ。
 迷宮の危険性、難易度の指標で九段で評価されている。レベル一が最も低い値でレベル九が最大である。そしてそのレベル九は現在世界でただ一つだけ、砂海の上の巨大建造物『白い巨塔』と呼ばれる転変海砂事変の起きたその場所である。その次でアメリカで発生した『反転界』と呼ばれる、ガーディアンだけでなく民間人にも甚大な被害を出した迷宮のレベルが八だったという。
 今回はそれに次ぐレベル七。よくよく見渡すと店内だけではなく、窓越しに見える道を行き交う人の中にも数人のガーディアンが見てとれた。人が多いのは単にガーディアンの人手が多くいたからだった。

「それで、その迷宮はどうなったんでしょうか。周囲を封鎖したとかですか?」

 マスターは落ち着いた声で、でも少し不安げといった様子でガーディアンの男に質問する。男は口元に近づけていたビールをグッと飲み干し、口を開いた。

「それがさ、『消えた』んだよ忽然と。嘘かと思うかもしれないけど、突然跡形もなくなったんだ。俺たちD級が言っても説得力無いかもしれないけど、現場にはS級が二人も居たから冗談とかじゃないんだ。」

 男は真面目な口調で説明する。それがどれほど現実味のない事だとしても。
S級は日本には七人しか居ない。だがその活躍は他のガーディアンとは比較にならない。そのため日本に限った事ではないがメディアでも大々的に取り上げられているため、英雄のように慕われている。
 そんなS級が二人いて消えたと証言するという事は、本当に消えたのだろう。迷宮は攻略すれば多少の例外はあるが消失する。とわいえ、レベル七の迷宮をそんな短時間に攻略出来るわけはない。攻略されずとも消失することもあるのだろうか。
 思考を回し考え込む幸人。その様子を見たガーディアンの二人は「まぁ反応も消えたし、機材の故障か自然消滅したんだろうよ。」と笑い飛ばす。さらにビールの追加注文が入る。暗い雰囲気で接客する訳にもいかないと微笑み直し仕事に戻る。
 

「ありがとうございました。またいらして下さい。」 
 
 夜もふけり、お店も閉店の時間。最後の客が帰り、店の扉にかけられた「オープン」の看板を「クローズ」に架け替え扉を閉める。
 
「今日もご苦労様。コーヒー一杯飲んでくかい。」

「ありがとうございます。頂きます。あっ、先に着替えてきますね。」
 
 そう言うと幸人はバックヤードに入っていく。マスターはそのうちに引いた豆をアルコールランプで温めていたフラスコの上部のロートに入れる。そうこうしていると着替えた幸人が鞄持って出てくる。そしてカウンター席に着いた。
 沸騰したお湯がロートに上がる。引いた豆がそれを見慣れたコーヒー色付ける。スプーンでかき混ぜ、香ばしく心地の良い匂いが充満する。アルコールランプを消し、スプーンを取り出し眺めていれば、先程の逆でロートからフラスコにコーヒーが落ちる。ロートを外しカップにコーヒーを注ぎ幸人の前に差し出す。
 
「砂糖は要らなかったよね。」
 
 えぇと返すとカップ内の水面に視線が落ちる。決して真っ黒ではない、ほのかに茶けた暖かみのある色合い。手にとれば外の寒さを忘れさせる。一口飲み自然と一息吐く。
 
「やっぱりマスターの入れてくれるコーヒーは最高ですね。」

「ははは、嬉しいことを言ってくれるね。其れにしても幸人くんはコーヒーが好きだね。いつもブラックで飲んでるし。」
 
 ゆったりとカップを口に運ぶ幸人。同じようにコーヒーを味わうマスターは朗らかに笑う。
 
「インスタントのはそうでもないんですが、うちの父親もよくコーヒーを入れて飲んでたんでその影響ですかね。」
 
 幸人もまた笑顔を見せた。そして飲み終わったカップをソーサーに置き席を立つ。
 
「ご馳走さまでした。それじゃあこれで失礼します。妹も待ってますし。」

「うん、また宜しくね。ほのかちゃんにもよろしくね。」
 
 肩ほどの高さで小さく手を振るマスターに同じく小さく手を振り扉を開け外に出た。
 
 
 
 時刻は九時を回った程。行き交う人もまばらになり、皆帰路に、もしくは遊びにか歩いている。この十二区都心に近い事もあって街灯や電光掲示板も多い。そのため夜道はさほど暗くない。治安も迷宮がいつ発生するか分からないためにガーディアンが常に巡回している為、精精せいぜいが小競り合い程度だ。
 サクサクと薄ら残った雪を踏みしめながら歩く。喫茶店から駅まではそこまで離れていないがもう何回も見た景色に変化がないか、少し高い位置を見ながら歩く。さっき飲んだコーヒーのおかげか、はーっといつもより白い息が出る。それ位しか変化のない。いつも通りの、代わり映えのない世界だった。
 
 
 はずっだった
 
 ある路地の前で足が止まる。別に見慣れないわけでもない。いつも通る駅までの道の、いつも通る店々の隙間にある少し薄暗い路地。ジッと目を凝らすも違和感はない。しかし無性に気になる、この先に行けば何かあるといった予感するのだ。
 
「何かあれば引き返せば良いだろうし、行ってみるか。」
 
 一抹いちまつの不安は残るがその路地に足を踏み入れる。室外機や雨樋あまどいの配管、先日の雪の残りなど変わったものは見受けられない。
 広告の音や車の騒音、人の話し声と言った喧騒は次第に小さくなり、だんだんと幸人自身の歩く音しか聞こえなくなる。
 
「何も無いなぁ。やっぱりやめとけばよかった。」
 
 路地の突き当たりに行き着き、引き返そうと呟く。振り向きざまにL字になった道の先を見て足が止まる。
 
「嘘だろ、あれってまさか。」
 
 目を見開き、呼吸が次第に荒くなる。そこにあったのは路地には不釣り合いな階段。それもまるで地下続くような深い石階段。さらに青白い火が、まるで目印のように等間隔に壁面お照らしている。
 とても現実味のない建造物。それに相応しい呼び名を幸人は一つ、知っていた。


「迷宮」
 

「なんでこんなところに迷宮が。もしかしてあのお客さん達が言ってた消失した迷宮って。」
 
 喫茶店で聞いた話が脳裏に蘇る。レベル七の超危険な迷宮。それがこれなのかもしれないと。しかし幸人は妙に落ち着いていた。
 
「なんだろう、不思議と恐怖心はない。それどころか。」
 
 安心感、もしくは安らぎに似た感覚を感じていた。マスターのコーヒーのような。
 ふと視線を歩いてきた路地の方にやる。喧騒は相変わらず聞こえないが、その光は眩しいほどに見えていた。肩にかけた鞄をグッと握り、息を吐く。
 
「いざとなれば戻ってこれるだろうし、行ってみるか。」
 
 きっと無謀と言われるだろう。そう思っても好奇心に似た感情に突き動かされ一歩、また一歩と石段を降り始めた。
 
 
 
 
 どれだけ降っただろか、その距離が曖昧になる程石段を歩いた頃今度は石室に着いた。広さは通っている学校の教室程、天井も似たようなものか少し高いくらいだ。しかし何かあるわけもなく青白い火が壁から室内を照らし、また狭くなった通路が奥に続いている。
 罠でもあるんじゃないかと慎重に部屋を抜け通路を進む。これまた通路は長く、何処までも続いてるのではないかと思わせる。しかしここで幸人は別の疑問を浮かべた。
 
「なんでモンスターが居ないんだ。正直モンスターでも居ればすぐ引き返すつもりだったのに。それに迷宮って割りに一本道ばかりなのは一体。」
 
 そう、幸人がこの迷宮に入ってから生物すら見かけていない。そして一本道。本来迷宮と言うほどなのでモンスターは多数存在し、道も複雑に入り組んでいるはずなのだ。しかもここが言われていたレベル七の迷宮だとしたら、その規模は広大で入口から手厚い歓迎を受けていてもおかしくなかった。その為ここは生成されたばかりの低レベル迷宮だったのかもしれない。
 そんなことを思っていると通路の先に広がった空間が見えてきた。
 
「これは本当に何も無いかもしれないな。まぁ、危なく無くて良いんだけど。」
 
 安堵しつつ広い空間に出る。半円のドーム状の空間、天井は高く地面に円を模した模様が刻まれている。
 その中央、円の中心と思われる場所に何かが落ちていた。恐る恐る、罠を疑いつつ近づくとそれがなんなのか分かる。
 
「これは、刀?でも鞘が短い、脇差か。」
 
 そこにあったのは美しい装飾の施された白い刀。鞘におさっまったその刀は、よく見るガーディアンの物の半分ほどの長さしか無い。
 
「これって一応戦利品ってことで良いのか?」
 
 その刀を拾い上げる幸人。たいして鍛えていない幸人でも悠々と持ち上げられた。迷宮で見つけたものは基本見つけたものが持ち帰っていい。ただしこれはガーディアンのルールで、一般人の幸人はその対象なのかは分からなかった。当然一般人が迷宮攻略なんてしたこと無いのだから。
 
「まぁ戻って考えるか。」
 
 そう言って立ち上がる幸人。すると目の前にさっきまで居なかったはずの人影が立っていた。
 
「うわっ!」
 
 突然現れたそれに後退る、が一歩引いたところで動けなくなる。人影の圧力か何かしらの力か、単純に震えて動けないのか。額から、手から至る所から汗が吹き出し動悸どうきが早まる。しかしここで死ぬわけにいかない。拳を握り歯を食いしばる。動きを見逃さないように人影を注視し目を凝らす。
 
「………………」
 
 人影は何も発さない。よく観察するとその特徴を認識できた。最初黒いモヤに思えたのはボロボロの布で、白い手足は細く顔は布がフードの様になって分からないが首筋や口元、白い髪が柔らかくてなびきそれが女性だと分かった。
 
「………………」
 
 幸人もまた一言も発さない。ほんの一瞬が長く感じる。打開の策が何かないか眼球だけが動き、影の手に光るものが見える。脇差、咄嗟に自身の手を見ると鞘だけを握っていた。
 
「見つけた。」
 
 その声に視線を戻すと、ガラス細工の様な美しい黄色の光。それが彼女の瞳だと分かるや否や腹部の痛みに視線が落ちる。脇差がいくら短いとわいえ、鍔が当たる程に沈んでいた。先程の汗ばみ熱を持っていた身体は立ち待ち寒気が支配した。
 
「え。」
 
 ここでようやく幸人も言葉が出た。次の瞬間には膝から崩れ落ち、倒れ込んでいた。体が動かない、指の一本さえ動かせず声も息ばかりで言葉にならない。唯一できたのは影の彼女に目をやること。言葉はもう聞こえないが口の動きに目がいく。
 
「のりこえて、きたいしてる」
 
 まぶたが重く頭が回らない。そして幸人は意識を失った。
 
 
 
「………………く………」
 
 くぐもった意識に声が聞こえる。
 
 「ゆ………くん…きとくん!」
 
 聴きなれた声だが、焦った様に荒々しい声が聞こえる。
 
「幸人くん!しっかりするんだ幸人くん!」
 
 重たいまぶたを開けると眩しいほどの光量が視界を覆い尽くす。次第に順応していき見慣れた顔が見たこと無いくらい不安げな表情を浮かべていた。
 
 「マスター、どうしたんですか。」
 
 抱えられた上半身を起こし辺りを見回す。そこは路地の入り口で数人の通行人の視線があった。寝起きの頭を回し、バッと腹部に手をやる、が血も出ておらず服にもそれらしい切れ目は無かった。もしかしたら雪に滑って頭でも打って気絶し、夢を見ていたのかもしれないと自分を納得させようとする。しかし刺されたあのリアルな感触が否定する。
 
「そういえば、マスターはどうしてここに。」

「ああ、幸人くん定期券の入ったパスケースを忘れてたから、後を追って駅に向かってたんだ。そうしたら人だかりが出来てたから見てみると幸人くんが倒れてたんだよ。」
 
 シレッと事情を聞く幸人に安堵したマスターは息を吐き、ことの経緯を説明するとパスケースを幸人に渡した。するとそこに一人の女性が近づいてくる。
 
「あの~、意識がはっきりしてる様ですが念のため病院まで送りましょうかマスターさん。」
 
 顔を上げると目を引く綺麗な金髪の女性がこちらを覗き込んでいた。髪は随分と短くスポティーな印象を受けるが杖付いており脚が良くない様子だった。
 
「いえ、特に痛むところも無いので大丈夫です、ええっと。」
 
 スッと立ち上がりその女性がどうして話しかけてきたのか考える。
 
「あぁ、私は舞鶴 都まいずる みやこって言います。実はマスターさんの喫茶店の常連で、あなたのことは知ってたの。だからって言うわけじゃ無いけど、倒れてる貴方を見つけてマスターさんに連絡しようとしてたの。不要だったみたいだけど。」
 
 言われてみれば見たことがあった。確かガタイのいい男数人と来ていた。ただし座っていたところしか見ていなかった為脚には気がいかなかった。しかしそれとは別に名前の響きに聞き覚えがある気がした。
 ああとうなずく幸人に舞鶴はハッとした様に顔を近づける。
 
「君、若く見えるけどもしかしてガーディアンだったりする?」
 
 突然だったのもあるが突拍子もない質問に首を傾げる。
 
「いえ、ただの高校三年生です。魔力に覚醒もしてません。」
 
 正直に話す幸人。しかし彼女は少し悩み後ろにいた数人の方を向く。
 
「誰かサーチキット余ってない?出来れば仮ステータスカードも。」
 
 聴き馴染みのない単語が飛び交う。どうだったかなと各々の鞄、乗ってきたであろう高級車のトランクを探す男たち。よく見ると服の隙間から無数の傷が見える。
 
「お嬢、有りましたぜ。悪いですけどサーチキットはみんな切らしてて仮ステカしか有りませんでしたけど。」
 
 男達の中でも一回り若く見える男が手のひら程の大きさのカードを舞鶴に差し出す。それおそのまま幸人に手渡した。
 
「どうぞ。家に帰ってでも調べてみて下さい。サーチキットが無いので確かなことは言えませんが私の見立てでは貴方は覚醒しています。」
 
「良いんですか、随分良いものに見えますけど。」
 
 渡されて分かった。その仮ステータスカードと言われるものは見た目より重い、余程の技術の産物であろうと。
 
「大丈夫ですよ。それは協会に掛け合えばいくらでも、誰でも支給されますから。ただ仮なので長くは使えませんし、魔力が無ければ何も写りませんから。」
 
 どうやら魔力の有無やどういった力があるか判別するものだった様だ。なるほどと眺めつつ早速使おうとする幸人だったがそれを阻む様に舞鶴が手を添えた。
 
「帰ってからって言ったでしょ。あまり人前でステータスを確認しない事がトラブルに巻き込まれない方法よ。」
 
 柔らかな表情でお叱りを受けてしまう幸人。確かにと上着のポケットにカードを入れた。満足したのか舞鶴と男達は車に戻っていく。
 
「それじゃ私たちはこれで。またご飯でも食べに寄ります。」
 
 車に乗り手を振ると早々に行ってしまう。マスターもなごとも無くて良かったと喫茶店の方へと帰っていく。随分長居してしまったと幸人もまた帰路を急いだ。
 
 
 
 最寄駅を降りて自転車を漕ぐこと十五分、幸人は家に着いた。住宅街から少し外れているからか、そこそこ大きな二階建ての建物。庭も今は使われていない駐車場を除いても十分な広さがある。今はこの家で二人暮らし、両親の残してくれた遺産だ。
 
「ただいま。」
 
 扉を引き家に入る。するとリビングのドアが開き赤茶のサイドテールの少女が出てきた。
 
「お帰り兄さん。今日は遅かったね。」
 
「ちょっと帰り道で色々あってね。」
 
 多くは聞かずふうんと流す少女。幸人も妹を心配させまいと多くは語らない。そう、このドライな少女こそが幸人が愛してやまない妹、雪見ほのかである。
 
「夕食は賄い食べてきたんだよね。お弁当箱だけ出しといてね。あとお風呂は沸いてるから冷めないうちに入っちゃって。」
 
 もはや妹では無くオカンである。しかし幸人も幸人でそこに言及しない。どころか嬉しそうに言われたとうりに行動する。彼の優先事項は妹関連が常に上位を占めている。

 汗だくだったこともあり一番に風呂に入り、玄関に置いていたカバンを持ってリビングに入る。リビングではほのかがソファーに寝転びテレビを観ている。冬では有るが好物のカップアイスを少しずつスプーンで崩しながらゆっくりと食べていた。
 
「ねぇ兄さん、今日何かあった?」
 
 相変わらずテレビを観ているほのかが不意に聞いてくる。
 
「別に何も無かったよ。」
 
 倒れた時の夢の光景が頭をぎる。しかしほのかに心配させまいと平然とした態度を見せる。
 キッチンに立ち弁当箱を出そうとカバンを開けた途端、幸人の表情が歪む。
 
「どうして、あれは夢じゃ。」
 
 ボソッと呟く。その視線の先、カバンの中にはあの白い刀が入っていた。
 
「どうしたの兄さん、もしかしてお弁当箱忘れてきたの?」
 
 幸人の表情に異変を感じたのか話しかけるほのか。大丈夫と気付かれない様に弁当箱をシンクに出す。カバンの口を閉めリビングから出ていく。
 
「少し疲れたからもう寝るよ。おやすみ。」
 
 そう言うとそそくさと二階の自室に急ぐ。ほのかは変なのと首を傾げ、引き続きテレビに視線を戻した。
 
 
 
 自室の扉を閉め刀を取り出した。ベットに腰掛け、恐る恐る鞘から抜いてみる。刀身は綺麗なもので自身に刺さった痕跡は無いことを確信する。確かにあの時苦痛は感じたが出血した感覚は無かったと思い出す。
 
「あれが夢じゃ無いなら一体なんだったんだ。」
 
 いくら悩んでも答えは出ず刀を鞘に戻す。はぁとため息を漏らしたのち貰ったカードの事を思い出した。そして上着のポケットからカードを取り出し再びベットに腰を落とす。
 
「確か魔力が有れば写るんだっけ。でもどうやって魔力って出すんだ。」
 
 何も分からずとりあえずグッと力を込めてみる。すると先ほどまで真っ暗だった画面が青白い光と共に次々と文字が浮かんでくる。おぉと感心しつつもそこには随分端的な内容しか浮かんでおらず上手く読み解けない。
 
「詳しくはガーディアン協会のホームページを見ながらデータをすり合わせるか。」
 
 携帯を出しカードの説明を協会のホームページから探す。ついでにこの「仮ステータスカード」とは、一般人が魔力に覚醒した際にガーディアンとしてやって行けるかどうかを確認する為の物だとのこと。やって行けると思うものは協会に申請してガーディアンになることが出来る。その際、本当の「ステータスカード」が支給され、そこには氏名や階級などが明記され身分証としての使用も可能になるらしい。
 当然だが試すだけでガーディアンにならない選択も可能とのこと。
 
「さて、それじゃ項目の確認っと。上から順番に魔力、肉体強度、ジョブ、スキルか。正規版にはもっと細かい内容も出るのか。」
 
 幸人のステータスはそれぞれ、
 
 魔力:D
 肉体強度:E
 固有式:(空欄)
 スキル:魔力強化レベル一、付与魔法レベル一、与名レベル一

と記載されていた。スキル数は最大八つまでで方法は限られるが付け替えが可能らしい。
 
「一般的な数値だな。魔力はスキルで少し高いが、ガーディアンになっても最下位のEランクだろうな。」
 
 志しだけでガーディアンになる者は少なくない。ただでさえ迷宮の発生件数が増大している現代では英雄になりたいと思う者も少なくない。しかし一方で低ランクでは生活が困窮するケースも少なくない。その為幸人はガーディアンになるにも最低でもCランク以上と考えたのだ。
 
「しかしジョブが空欄ってどういうことだ?ジョブは変えられないし初めから決まってる筈だが。それに付与魔法はまだしも「与名」ってなんだ?字面的には「名を与える」みたいな感じか?」
 
 疑問の尽きない自身のステータスに謎が深まる。ジョブに関してはサイトにも空欄の理由は書かれていない。
 「与名」に関してはスキルの説明が書かれていた。
 
「なになに、「与名」は生物、もしくは物質に固有の名称を与えることでそれらを強化する事が出来るスキルか、使い方次第では中々有用そうでは有るが。ただしスキルレベルにつき一回可能で合計十回しか付与出来ないだって!なんとも使いづらいなぁ。」
 
 強力そうな文言に絶対数の制限。せめて数十数百回使えればと欲は出るが、それが通る事はない。
 ガーディアンになる事を諦める幸人だが、ふとあの刀が目に入る。
 
「どうせこのまま使わないだろうし一回使ってみるか。」
 
 鞘に収まった刀を手に取りスキルを使おうとする。が、それらしい名前が思いつかない。「俺ネーミングセンス無いからなぁ。」と呟きながら鞘をみる。白い鞘に蒼い二枚の花弁と散る花びら。刀身の仄かに濡れた様な刃紋が一つの名前を思い描く。
 
 『ツユクサ』
 
 途端に刀は強烈な光を放ち発光した。あまりの眩しさにもう一方の手で目を覆う。しばらくして収まりをみせ薄ら薄ら目を開けた。
 
「あれ?」
 
 そこにはなんの変哲もない、代わり映えのない刀の姿があった。
 
「あれだけの演出で、まじかぁ。せめて脇差から日本刀サイズになる位あってもいいのでわ。」
 
 落胆し気が抜けら様に机に刀を置きもう寝ようと布団のほうに視線を向けたその時。
 
「失礼ですね~、私ももっと大きな身体だったら良かったですよ。」
 
 幸人しか居ないはずの部屋に女性の声が響く。何処から、誰が、幸人はそんな事を一瞬思いはしたがすぐに視線は机の刀に向いた。
 
「まさか…」
 
「そうですよ。貴方に名前を頂きましたツユクサです。これからは貴方を主人と慕い尽くさせて頂きますよ主人あるじ様。」
 
 飄々ひょうひょうとした口調で喋りかけてくる刀に驚愕するしかない。
 
「し…」
 
「し?なんですか主人様。一番目の配下である私にどの様なお言葉を…」
 

 「しゃべったーーーー!」
 
 普段大人しく決して大声なんて出さない幸人から信じられない程の声量が出た。多くを体験したことで、とうとうキャパを超えてしまったのだ。
 
 「兄さんうるさいー!」
 
 一階から山彦の様に負けない声量で、ほのかの叱咤の声が響いた。
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