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<四人で、食事を>
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数日後の総務部。
「凜君、前髪が目に掛かってるよ」
パソコンに熱中してたオレの前髪を真美先輩が摘み上げた。
「そろそろ切らなきゃって思ってはいたんですけど……」
面倒で放置しちゃってた。ただでさえ髪の色が明るめなんだから身だしなみぐらいちゃんとしとかないといけないのに。家の近所で安い店探さないと……と、考え事をしてる間にワンポイントのついたゴムで前髪を結ばれてしまった。
「あの……」
「似合う! 可愛い凜君」
「真美ちゃん大変だ!」
ゴロー先輩が切羽詰った声を出した。
「何? どうしたの?」
驚いた真美先輩が体を揺らす。
「凜のほうが真美ちゃんより顔が小さい」
「ブチ殺すわよ」
キンコン。
広いオフィスに耳に馴染んだ音が小さく響いた。
総務部には受け付けがあるんだけど、直接、人を指定して頼みに来る人もいる。
渡辺次長もそうだ。誰が入ってきたんだろう? 何となく入り口に目をやってしまった。
入って来たのは、女性とも男性とも付かない美貌の――――。
「百瀬さんんん!!???」
「うわ」
思わず駆け出し飛びついてしまった。
まさか会えるなんて思ってなかった! 研究所に戻ってたのにどうしてここに!?
「どうしたんですか、いつこっちに!? 連絡くれれば良かったのに……!」
「ここで会議だったんだよ。驚かせようと思って。今から中休憩だよね? コミュニケーションルームで少し話がしたいんだけど、いいかな?」
「はい、是非! 是非!」
今日の百瀬さんは白衣姿じゃなくスーツ姿だった。
ファッション雑誌の表紙から出てきたみたいに綺麗だ。
百瀬さんは気付いてないみたいだけど、総務部全体からがっちり視線を浴びてる。主に男性社員というのが……とても心配だ。
「鈴森君……その五歳児みたいな反応はないだろう……。スーツ着た男が飛びついて行くって……」
ゴロー先輩の隣の席の山畑先輩が呆れて首を振る。
「ご、五歳!? せめて二桁の年齢でお願いします……」
「鈴森 凜 十歳(豆柴)」
「二桁の年齢ありがとうございます田崎さん! でも年齢の後に犬種が聞こえました……!」
「今日は髪を結んでるんだね。似合ってるよ」
百瀬さんがピンと立ち上がった髪を掌で押さえるみたいに撫でた。
「ですよね。ふふふ」
ゴロー先輩のネクタイをギリギリ締め上げながら真美先輩が笑う。
「本当に、とても良くお似合いですよ」
低音なのに柔らかい声が百瀬さんの後ろから響いた。
部門長だ……!!
きゃ。って言って真美先輩の顔が赤くなった。絞め殺そうとしてたゴロー先輩から慌てて手を離して、乱れた襟とネクタイをきちんと直してあげている。
そんな先輩の横で、オレは、ば!! っとゴムを取って、両手を添えて真美先輩にお返しした。
「ありがとうございました」
「ど、どうしたの凜君」
あからさまに拒絶したオレに真美先輩が面食らう。
オレは髪でマンガみたいに目元に影を落として低く唸った。
「オレ、あの人嫌いなんです」
「うぉおおいどうしたの鈴森君お前そんな子じゃねーだろ! すすすいません、こいつ、普段は人懐こいんですけど、なんか虫の居所が悪いみたいで許してやってください!」
ゴロー先輩が一気に覚醒してオレの頭を下げさせようと押さえて来る。
部門長に頭なんか下げたくない。仰け反って抵抗しながら「嫌いです」って繰り返した。
前から嫌いだったよ。
とんでもない事する人だから。
でもでも、百瀬さんとお付き合いしてる人だから譲歩しようとしたんだ!
なのに、部門長は、オレが百瀬さんに電話を掛けるたびに何度も何度も何度も何度も何度も邪魔をして……!
会話の途中に割り込んでくるだけならまだしも、ここ最近に至っては電話に出るのが部門長だ。
オレは部門長と話すために電話してんじゃないんだよ!!
今では無駄に甘い声を聞くのさえイライラするレベルに到達してしまった。
楽しい旅行を台無しにしただけではあきたらず、一日ほんの数分の会話にさえ首を突っ込んでくるなんて……!
嫌いだ。嫌い嫌い嫌い嫌い。
仕事に私情を持ち込むのはよくないけど、今は休憩中だから遠慮なんかしないぞ!!
「お気遣い無く。鈴森さんと百瀬さんが余りにも楽しそうに話をするので、ついつい何度も割り込んで怒らせてしまったんですよ。私に配慮が足りませんでした」
部門長がニコニコと笑顔のままゴロー先輩に言った。
「え……? そうでしたか。凜……お前……友達を独り占めしたがる小学生女子と同じメンタルだぞ。もう少し大人になれ」
え。
「ゴロー君の言う通りよ……。社会人にもなって友達を独占したがるのはどうかと思うわ」
ええええ!?
ひ、ひどい、ゴロー先輩も真美先輩も! そんなんじゃないのにそんなんじゃないのに!
あれ? でもそんななのか? いや絶対違うー!
「部門長、梶原部長とお会いになるんでしょう? そろそろ」
「わかりました。邪魔者は消えます」
違うんだーと騒いで余計にゴロー先輩と真美先輩を呆れさせてたオレの腕を百瀬さんが引っ張った。
中休憩は十五分しかない。
文句言ってる暇はなかったんだった。
百瀬さんと話をする時間が無くなってしまう。言いたい事を飲み込んで、大人しくコミュニケーションルームに入った。
オレはオレンジジュース。百瀬さんはまたミネラルウォーターを手に空いた席に座る。
「体調に変わった所はないかな?」
百瀬さんの冷たい手がオレの額に触れた。
「ありません。叶さんと一緒にいるからか動けなくなることも無くなりました。薬の効き目が弱くなってる感じはしないんですけど……」
「拮抗剤の開発も進んでいるから、もうしばらく我慢してくれないかな」
「はい――」
「居た居た。モモちゃーん、リリちゃーん!」
大声がオレの声に被さる。
この声は結城さんだ。
休憩時間なんだからコミュニケーションルームには大勢の社員が集まってる。
隣に座ってたのは営業部の女性達だ。五人組で座っている全員にクスクス笑われて、恥ずかしさに顔が赤らんだ。
「モモなんて呼ばないでください」
「リリちゃんって呼ぶのもやめてください!」
勝手に席に付く結城さんに、百瀬さんと同時に食って掛かる。
「二人とも可愛いんだからいいでしょ。ねぇ、そう思いますよね」
結城さんがまだ笑ってる隣の席の女性達に聞いた。
「えぇ。とても似合ってます」
「可愛いわ」
あっけなく肯定されてしまったけど、そんな聞き方したら変って思ってても言えるはずないじゃないか。
「この人に気を使わないで、変なら変って言っちゃっていいんですよ。オレ達迷惑してますし。笑っちゃうぐらい似合ってませんよね」
人を指差すのは失礼だ。そんなこと判りきってるけど、びしっと結城さんを指差して言い放った。
化粧ばっちり、スタイル抜群の営業部の女性達はお互い視線を絡ませてから答えてくれた。
「ごめんなさいね。笑っちゃって」
「お二人が嫌がってるのはわかるんですけど、とても似合ってるんだもん」
「私もモモちゃんとリリちゃんって呼んじゃおうかな?」
「そんな……!」
がっくりとテーブルに突っ伏してしまった。落ち込んだオレに華やかな笑い声が被さってくる。
「モモちゃんもだけど、リリちゃんも見えてる地雷を踏みに行くのがホント好きだよねぇ。ちょっと避けて通ればいい物をわざわざ踏むんだから。その調子で叶サンの地雷踏んだりしてない?」
「怒らせるようなことはしてません!」
多分……。
「モモちゃんは凄いんだよ。部門長の地雷を一つ残さず踏んで行くんだから」
「僕は、そんなつもりは」
「だから余計タチワリーの。ま、部門長はモモちゃんのそんなとこも可愛いのかもしれないけどさ」
隣の女性達が「可愛いだって」「怪しいなぁ」と楽しそうに小声になった。
百瀬さんの顔が赤く染まる。
「やめてください……!」
「俺の冗談ぐらい聞き流してよ。ほんっとモモちゃん可愛いんだから」
「結城さん、オレ達に一体何の用ですか? 百瀬さんとの時間の邪魔をしないでください」
「ニャンコちゃんとチワワちゃんがニャゴニャゴキャンキャンしてるのを観に来ただけ。せっかくの休憩時間だってのに、会議室でオッサン達と顔合わせてちゃ癒しが無いでしょ。ほんっと可愛いよね二人とも」
「邪魔だからどっか行ってください」
オレが本物の犬だったら警戒心丸出しで牙を剥いてた。
「あらら。嫌われちゃった。今度おっきなボーンあげるから許して」
かんっぜんに犬扱いしてるな。怒りに任せて机に突っ伏してしまった。
百瀬さんが肱をついてオレの髪を摘んだ。
うー。気持ちいい。
久しぶりの感触にうっとりする。
「随分楽しそうだな」
「うっ」「げっ」「あっ」
オレの隣の椅子が引かれ、長身の男性が腰を掛けた。
叶さんだ!
「叶さん」
一気に元気が出て背筋を伸ばす。
「あ、そだそだそだ、ニャンコモモちゃんにこれをあげる」
結城さんは今度は百瀬さんを猫扱いして、胸ポケットから取り出したスマホからケースを外した。
受け取った百瀬さんが目を丸くする。
「チャン子ちゃんとちゃんぽん君のケース……!? これ、当たったんですか!? 凄い……、僕、5枚はがきを出しても当たらなかったのに」
チャンコちゃんとちゃんぽん君?
百瀬さんの肩に寄りかかって手元を覗く。
ケースには丼から直接手足が生えたキャラクターが描かれてた。
片方は男の子で、もう片方はリボンを丼の端に付けた女の子だ。
あ、これ、知ってる。全国展開してるちゃんぽん屋さんのキャラクターだ。
「五枚も出したのに当たらなかったの? これ、ちゃんぽん30杯食べて応募すれば全国で50000名が当たるから、ほぼ応募者全員サービスだったのに」
「当たらなかったんです! 僕、昔からそうで……、応募者全員サービスでも景品が届かなかったことがあるんです。本当に貰っていいんですか?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます……!」
百瀬さんがアイドルどころかモデルさえ太刀打ちできないような綺麗な笑顔でお礼を言った。
「モモちゃんってほんっとチョロイ子だねえ」
呆れたみたいに結城さんが呟く。百瀬さんは「はい?」と眉間に皺を寄せるものの、こればっかりはオレも同意見だった。さっきまで結城さんに対して怒ってたはずなのに、完全に機嫌を直したもん。
「メスの方は違う料理になってないか?」
チャンコちゃんの下に書かれたローマ字のロゴをなぞりながら叶さんが言った。
「!!!!」
百瀬さんが大きく息をのむ。
「い、いわれてみれば、ちゃん子ちゃんはチャンコ鍋だ……! ちゃんぽんじゃない……騙された……!?」
「いやいや、語呂がいいからチャンコちゃんにしただけでしょ」
結城さんが呆れて突っ込む。
そんな二人の横で、オレは、「叶さん、マスコットにメスとか言っちゃ駄目です。女の子って言ってください」と叶さんをたしなめてしまった。
「そうか。悪かった」
叶さんは驚くぐらいにマスコットやぬいぐるみ関係に疎い。
ミッキーは知っててもチップやデールとなると全然わからないタイプだ。
なぜか、そんな自分に劣等感があるようで、マスコット関係のことを教えると情けなさそうに意気消沈してしまう。
今日もそうだった。
この後、部門長と百瀬さんの関係が怪しいとかオレと叶さんが怪しいだとか内三の鬼が意外と可愛いだとか、百瀬さんとオレが怪しいだとか、はたまた結城さんがオレと百瀬さんを飼ってるだとかいろんな噂が雪崩のごとく流れたそうだけど、幸い、噂に疎いオレの耳にも百瀬さんの耳にも入らなかった。
最後のは全力で否定したい。
「凜君、前髪が目に掛かってるよ」
パソコンに熱中してたオレの前髪を真美先輩が摘み上げた。
「そろそろ切らなきゃって思ってはいたんですけど……」
面倒で放置しちゃってた。ただでさえ髪の色が明るめなんだから身だしなみぐらいちゃんとしとかないといけないのに。家の近所で安い店探さないと……と、考え事をしてる間にワンポイントのついたゴムで前髪を結ばれてしまった。
「あの……」
「似合う! 可愛い凜君」
「真美ちゃん大変だ!」
ゴロー先輩が切羽詰った声を出した。
「何? どうしたの?」
驚いた真美先輩が体を揺らす。
「凜のほうが真美ちゃんより顔が小さい」
「ブチ殺すわよ」
キンコン。
広いオフィスに耳に馴染んだ音が小さく響いた。
総務部には受け付けがあるんだけど、直接、人を指定して頼みに来る人もいる。
渡辺次長もそうだ。誰が入ってきたんだろう? 何となく入り口に目をやってしまった。
入って来たのは、女性とも男性とも付かない美貌の――――。
「百瀬さんんん!!???」
「うわ」
思わず駆け出し飛びついてしまった。
まさか会えるなんて思ってなかった! 研究所に戻ってたのにどうしてここに!?
「どうしたんですか、いつこっちに!? 連絡くれれば良かったのに……!」
「ここで会議だったんだよ。驚かせようと思って。今から中休憩だよね? コミュニケーションルームで少し話がしたいんだけど、いいかな?」
「はい、是非! 是非!」
今日の百瀬さんは白衣姿じゃなくスーツ姿だった。
ファッション雑誌の表紙から出てきたみたいに綺麗だ。
百瀬さんは気付いてないみたいだけど、総務部全体からがっちり視線を浴びてる。主に男性社員というのが……とても心配だ。
「鈴森君……その五歳児みたいな反応はないだろう……。スーツ着た男が飛びついて行くって……」
ゴロー先輩の隣の席の山畑先輩が呆れて首を振る。
「ご、五歳!? せめて二桁の年齢でお願いします……」
「鈴森 凜 十歳(豆柴)」
「二桁の年齢ありがとうございます田崎さん! でも年齢の後に犬種が聞こえました……!」
「今日は髪を結んでるんだね。似合ってるよ」
百瀬さんがピンと立ち上がった髪を掌で押さえるみたいに撫でた。
「ですよね。ふふふ」
ゴロー先輩のネクタイをギリギリ締め上げながら真美先輩が笑う。
「本当に、とても良くお似合いですよ」
低音なのに柔らかい声が百瀬さんの後ろから響いた。
部門長だ……!!
きゃ。って言って真美先輩の顔が赤くなった。絞め殺そうとしてたゴロー先輩から慌てて手を離して、乱れた襟とネクタイをきちんと直してあげている。
そんな先輩の横で、オレは、ば!! っとゴムを取って、両手を添えて真美先輩にお返しした。
「ありがとうございました」
「ど、どうしたの凜君」
あからさまに拒絶したオレに真美先輩が面食らう。
オレは髪でマンガみたいに目元に影を落として低く唸った。
「オレ、あの人嫌いなんです」
「うぉおおいどうしたの鈴森君お前そんな子じゃねーだろ! すすすいません、こいつ、普段は人懐こいんですけど、なんか虫の居所が悪いみたいで許してやってください!」
ゴロー先輩が一気に覚醒してオレの頭を下げさせようと押さえて来る。
部門長に頭なんか下げたくない。仰け反って抵抗しながら「嫌いです」って繰り返した。
前から嫌いだったよ。
とんでもない事する人だから。
でもでも、百瀬さんとお付き合いしてる人だから譲歩しようとしたんだ!
なのに、部門長は、オレが百瀬さんに電話を掛けるたびに何度も何度も何度も何度も何度も邪魔をして……!
会話の途中に割り込んでくるだけならまだしも、ここ最近に至っては電話に出るのが部門長だ。
オレは部門長と話すために電話してんじゃないんだよ!!
今では無駄に甘い声を聞くのさえイライラするレベルに到達してしまった。
楽しい旅行を台無しにしただけではあきたらず、一日ほんの数分の会話にさえ首を突っ込んでくるなんて……!
嫌いだ。嫌い嫌い嫌い嫌い。
仕事に私情を持ち込むのはよくないけど、今は休憩中だから遠慮なんかしないぞ!!
「お気遣い無く。鈴森さんと百瀬さんが余りにも楽しそうに話をするので、ついつい何度も割り込んで怒らせてしまったんですよ。私に配慮が足りませんでした」
部門長がニコニコと笑顔のままゴロー先輩に言った。
「え……? そうでしたか。凜……お前……友達を独り占めしたがる小学生女子と同じメンタルだぞ。もう少し大人になれ」
え。
「ゴロー君の言う通りよ……。社会人にもなって友達を独占したがるのはどうかと思うわ」
ええええ!?
ひ、ひどい、ゴロー先輩も真美先輩も! そんなんじゃないのにそんなんじゃないのに!
あれ? でもそんななのか? いや絶対違うー!
「部門長、梶原部長とお会いになるんでしょう? そろそろ」
「わかりました。邪魔者は消えます」
違うんだーと騒いで余計にゴロー先輩と真美先輩を呆れさせてたオレの腕を百瀬さんが引っ張った。
中休憩は十五分しかない。
文句言ってる暇はなかったんだった。
百瀬さんと話をする時間が無くなってしまう。言いたい事を飲み込んで、大人しくコミュニケーションルームに入った。
オレはオレンジジュース。百瀬さんはまたミネラルウォーターを手に空いた席に座る。
「体調に変わった所はないかな?」
百瀬さんの冷たい手がオレの額に触れた。
「ありません。叶さんと一緒にいるからか動けなくなることも無くなりました。薬の効き目が弱くなってる感じはしないんですけど……」
「拮抗剤の開発も進んでいるから、もうしばらく我慢してくれないかな」
「はい――」
「居た居た。モモちゃーん、リリちゃーん!」
大声がオレの声に被さる。
この声は結城さんだ。
休憩時間なんだからコミュニケーションルームには大勢の社員が集まってる。
隣に座ってたのは営業部の女性達だ。五人組で座っている全員にクスクス笑われて、恥ずかしさに顔が赤らんだ。
「モモなんて呼ばないでください」
「リリちゃんって呼ぶのもやめてください!」
勝手に席に付く結城さんに、百瀬さんと同時に食って掛かる。
「二人とも可愛いんだからいいでしょ。ねぇ、そう思いますよね」
結城さんがまだ笑ってる隣の席の女性達に聞いた。
「えぇ。とても似合ってます」
「可愛いわ」
あっけなく肯定されてしまったけど、そんな聞き方したら変って思ってても言えるはずないじゃないか。
「この人に気を使わないで、変なら変って言っちゃっていいんですよ。オレ達迷惑してますし。笑っちゃうぐらい似合ってませんよね」
人を指差すのは失礼だ。そんなこと判りきってるけど、びしっと結城さんを指差して言い放った。
化粧ばっちり、スタイル抜群の営業部の女性達はお互い視線を絡ませてから答えてくれた。
「ごめんなさいね。笑っちゃって」
「お二人が嫌がってるのはわかるんですけど、とても似合ってるんだもん」
「私もモモちゃんとリリちゃんって呼んじゃおうかな?」
「そんな……!」
がっくりとテーブルに突っ伏してしまった。落ち込んだオレに華やかな笑い声が被さってくる。
「モモちゃんもだけど、リリちゃんも見えてる地雷を踏みに行くのがホント好きだよねぇ。ちょっと避けて通ればいい物をわざわざ踏むんだから。その調子で叶サンの地雷踏んだりしてない?」
「怒らせるようなことはしてません!」
多分……。
「モモちゃんは凄いんだよ。部門長の地雷を一つ残さず踏んで行くんだから」
「僕は、そんなつもりは」
「だから余計タチワリーの。ま、部門長はモモちゃんのそんなとこも可愛いのかもしれないけどさ」
隣の女性達が「可愛いだって」「怪しいなぁ」と楽しそうに小声になった。
百瀬さんの顔が赤く染まる。
「やめてください……!」
「俺の冗談ぐらい聞き流してよ。ほんっとモモちゃん可愛いんだから」
「結城さん、オレ達に一体何の用ですか? 百瀬さんとの時間の邪魔をしないでください」
「ニャンコちゃんとチワワちゃんがニャゴニャゴキャンキャンしてるのを観に来ただけ。せっかくの休憩時間だってのに、会議室でオッサン達と顔合わせてちゃ癒しが無いでしょ。ほんっと可愛いよね二人とも」
「邪魔だからどっか行ってください」
オレが本物の犬だったら警戒心丸出しで牙を剥いてた。
「あらら。嫌われちゃった。今度おっきなボーンあげるから許して」
かんっぜんに犬扱いしてるな。怒りに任せて机に突っ伏してしまった。
百瀬さんが肱をついてオレの髪を摘んだ。
うー。気持ちいい。
久しぶりの感触にうっとりする。
「随分楽しそうだな」
「うっ」「げっ」「あっ」
オレの隣の椅子が引かれ、長身の男性が腰を掛けた。
叶さんだ!
「叶さん」
一気に元気が出て背筋を伸ばす。
「あ、そだそだそだ、ニャンコモモちゃんにこれをあげる」
結城さんは今度は百瀬さんを猫扱いして、胸ポケットから取り出したスマホからケースを外した。
受け取った百瀬さんが目を丸くする。
「チャン子ちゃんとちゃんぽん君のケース……!? これ、当たったんですか!? 凄い……、僕、5枚はがきを出しても当たらなかったのに」
チャンコちゃんとちゃんぽん君?
百瀬さんの肩に寄りかかって手元を覗く。
ケースには丼から直接手足が生えたキャラクターが描かれてた。
片方は男の子で、もう片方はリボンを丼の端に付けた女の子だ。
あ、これ、知ってる。全国展開してるちゃんぽん屋さんのキャラクターだ。
「五枚も出したのに当たらなかったの? これ、ちゃんぽん30杯食べて応募すれば全国で50000名が当たるから、ほぼ応募者全員サービスだったのに」
「当たらなかったんです! 僕、昔からそうで……、応募者全員サービスでも景品が届かなかったことがあるんです。本当に貰っていいんですか?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます……!」
百瀬さんがアイドルどころかモデルさえ太刀打ちできないような綺麗な笑顔でお礼を言った。
「モモちゃんってほんっとチョロイ子だねえ」
呆れたみたいに結城さんが呟く。百瀬さんは「はい?」と眉間に皺を寄せるものの、こればっかりはオレも同意見だった。さっきまで結城さんに対して怒ってたはずなのに、完全に機嫌を直したもん。
「メスの方は違う料理になってないか?」
チャンコちゃんの下に書かれたローマ字のロゴをなぞりながら叶さんが言った。
「!!!!」
百瀬さんが大きく息をのむ。
「い、いわれてみれば、ちゃん子ちゃんはチャンコ鍋だ……! ちゃんぽんじゃない……騙された……!?」
「いやいや、語呂がいいからチャンコちゃんにしただけでしょ」
結城さんが呆れて突っ込む。
そんな二人の横で、オレは、「叶さん、マスコットにメスとか言っちゃ駄目です。女の子って言ってください」と叶さんをたしなめてしまった。
「そうか。悪かった」
叶さんは驚くぐらいにマスコットやぬいぐるみ関係に疎い。
ミッキーは知っててもチップやデールとなると全然わからないタイプだ。
なぜか、そんな自分に劣等感があるようで、マスコット関係のことを教えると情けなさそうに意気消沈してしまう。
今日もそうだった。
この後、部門長と百瀬さんの関係が怪しいとかオレと叶さんが怪しいだとか内三の鬼が意外と可愛いだとか、百瀬さんとオレが怪しいだとか、はたまた結城さんがオレと百瀬さんを飼ってるだとかいろんな噂が雪崩のごとく流れたそうだけど、幸い、噂に疎いオレの耳にも百瀬さんの耳にも入らなかった。
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