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<水無瀬葉月>
ホテルに到着!!!!!!!!
しおりを挟む「「は づ き」」
ドン、と、心臓が音を立てる。
いつか見た悪夢と同じ声がした。
遼平さんの声なのにひび割れたような声。
遼平さんの顔が真っ黒になっている合図だ。
顔を上げるのが怖い。
怖い。怖い。怖い。
噴水の公園どころじゃない強烈な立ちくらみがした。
駄目だ。ちゃんと確認しないと。
そのために、僕は、海に来たんだ。
顔を、上げる。
遼平さんの顔は――――。
遼平さんの顔は、黒くなってなかった。
優しい笑顔で僕を見ている。
――――どうして?
「どうした葉月。幽霊でも見たみたいな顔して」
「なんで、も、ない」
「? 夏になったら、あの島まで一緒に泳ごうな」
遼平さんが遠くの島を指差した。
「あ――あんな遠くまで泳げない」
僕の口が機械的に返事をする。
「じゃあ葉月は浮輪だ。俺が引っ張ってやるから」
「う、ん」
――――ひょっとして、
ひょっとして、遼平さんは、違うのかも。
違うって何が? わからない。 あたまがまわらない。
「さーて、そろそろホテルに行くか」
遼平さんが僕の手を繋いだ。考え事をしていたせいでまた逃げ遅れてしまった。
何が違うのかは一人になってから考えよう。
ぴょん太が教えてくれるかもしれない。
「ほ……、ホテルに泊まるのも、生まれて初めてだよ」
「目一杯楽しめよー」
「うん」
これまた遼平さんが準備してくれたタオルで足を拭き、ビーチサンダルを履き替え車に乗り込んだ。
日が沈んだ薄暗い道を進む。
走り出してすぐに信号に引っかかって止まった。
信号の先に「海が見えるホテル 一泊六千円」と看板の出たホテルがあった。
あそこかな? 海が見えるホテルなんてすごいぞ! 壁のコンクリにひびが入り、ツタが絡まってるせいでお化け屋敷っぽくてちょっと怖いけど……。
わくわくとする僕を余所に車はホテルを通り過ぎた。
「遼平さん? 今のホテルじゃないの?」
「今のホテル? ホテルなんかあったか? 俺たちが泊まるホテルはあれだよ」
あれ? 遼平さんが指さした先に視線を向ける。
う!
そこにあったのは、ビル全体がアーチを描きオレンジの光でライトアップされた、小高い丘の上の立派なホテルだった……!!
外国の王子様が宿泊してもおかしくないぐらいに外観から豪華だ!
「あ、あ、あんな高そうなところ僕には贅沢過ぎるよ」
「葉月の生まれて初めてのホテルなんだから奮発したんだよ。一生の思い出になれるようにな」
「うぅ……」
今日だけでいったいいくら散財させてしまったんだろう。
足元でオモチャがたっぷり入った袋がカサリと揺れた。
これ、おねだりしなきゃよかった……麗さんには申し訳ないけど、全部返品したいな。
ぴょん太、そのバンダナも返品していい? ぴょん太は遼平さんに対して厳しいけど、そのバンダナ、一番高かったんだよ。あああ駄目だ、ぴょん太のバンダナはタグを切ったから返品なんて無理だ。
僕が考え込んでいる間にも車はホテルに到着した。
見た目の豪華さそのままに、ドアマンがいて、スタッフさんが荷物を持って案内してくれる本格的なホテルだ。
「陸王様、ラウンジへご案内致します」
受け付けはカウンターではなく高層階のラウンジだった。
しかもドリンクもサービスでいただけるという至れり尽くせりっぷりだ。
僕はミックスジュースを注文したんだけど、新鮮なフルーツをミキサーに掛けた贅沢なジュースだった。
氷も一緒に砕いてあるのかな? それとも果物を凍らせているのかな? しゃりしゃりとした口当たりが絶品だ。
下手したら立てなくなりそうなフッカフカで座り心地のいいソファに埋もれて遼平さんが手続してくれるのを待つ。
丁度僕が飲み終わる頃に、かっこいい制服を着た男の人が「お部屋までご案内致します」と声を掛けてくれた。ひょっとしたら待っててくれたのかもしれない。
エレベーターで更に高い階に上がり、案内された部屋は、僕の想像よりもはるかに豪華だった!
二人で泊まるには贅沢なぐらいに広くて、真正面には海が一望できる大きな窓がああ!!!
スタッフさんが下がると、我慢出来ずに窓辺まで走って夜の海を眺めてしまう。
水平線から上ってきた月の光が水面に輝いて、幻想的なぐらい美しい光景だ!
「すごいね、綺麗だね……!!」
「飯の前に風呂に入るか。潮風で体べとべとするしな」
「うん! お風呂にお湯入れてくるよ」
たたっとお風呂に走りこむ。うわああ広いお風呂!
ピカピカの大理石の部屋の中央に大きな浴槽がある。
浴槽は驚くほど大きくて僕のアパートの浴室が丸々入ってしまいそうなほどだった。
浴槽の横に手すり付の階段まである。
しかもここにも海が一望できる大きな窓があった!
すごい……!!
でもこれ、外から覗かれたりしないのかな?
海しか無いから覗こうと思っても覗けないか。
「お風呂も豪華だったよ……入るの楽しみ! 部屋の中を見て周ってもいい?」
「あぁ、いいぞ」
こっちの部屋が寝室かな?
ドアを開くと真っ先に大きなベッドが視界に飛び込んでくる。
うわー! 天蓋付のベッドだー! 初めて見た! 王様のベッドみたいだー!
部屋の主みたいにドーンと中央に陣取っている。ベッドは一つしかないけどなぜか枕は三つも置いてあった。
どふ、と、ベッドの上に倒れ込んでスプリングを楽しむ。
きーもーちーいーいー。
『――しいご飯はムトウのご飯!』
あ、しまった。
ベッドヘッドのスイッチに腕が当たってテレビを付けてしまった。
消すのはどのスイッチかな?
流れてくるのはCMだ。
ご飯の宣伝から、コスモスユニバース愛の会と書かれた看板と真っ白な服を着た髭の長いおじさんの画面に切り替わる。
おじさんの周りには同じ服を着た人がたくさんいて、おじさんに向かってお辞儀をしている。宗教の宣伝番組だった。
『あなたは、どんな時に、生まれて良かった――――と思いますか?』
おじさんが人差し指をカメラに突きつけながら言った。
生まれてきて良かったー、かぁ。そんなの。
「一度も思ったことないな」
スイッチを探しながらテレビに答える。
「葉月」
真後ろから遼平さんに呼ばれてびくっとしてしまった。いつの間に入ってきてたんだろ?
ひょっとして、今の聞かれたかな?
「そろそろ風呂に入るぞ」
……よかった、聞かれて無かったみたいだ……。
ただでさえ虐待を疑われてたのに更に生まれたく無かったなんて聞かれたら余計に怪しまれるところだったよ。僕のバカ。
「先に入っていいよ?」
「あんだけ広いんだから二人で入っていいだろ」
「二人で……!? ひ、人と一緒にお風呂に入ったことなんてない……!!」
「ホテルに泊まるのが初めてって言ってたな。まさか、修学旅行もしたことないっていうんじゃないだろうな」
「ない、です」
「………………」
有無を言わさず引っ張られ、お風呂に連れて行かれてしまった。
人前で裸になるのに抵抗があったけど……。
同性なのに照れるのは気持ち悪いと思われそうで、さっさと脱いだ。
腰にタオルを巻き、掌で目を隠して、足元だけを見つつお風呂場に入る。
「なんで目を隠してんだ?」
「セクハラ防止のためです。遼平さんの裸を見ないように」
「…………。セクハラ返し」
「わああ!?」
腰に巻いていたタオルを解かれた!!
悲鳴を上げてその場に座り込み、必死にタオルの結び目を治す。
「な、ぁ、ぅ、ぅ」
「これ以上俺にセクハラされたくなかったら、ちゃんと見て歩け。風呂場で目を隠したら危ないだろ」
「あ、ぅ、」
思わず見てしまった遼平さんの体は本当に恰好よかった。
均整が取れているとはまさにこの事だろう。
男らしく日に焼け腹筋が割れ、しっかりと筋肉が付いている。足も長い。
思わず自分の体を見下ろしガリガリの体に「はぁ……」と切ないため息が毀れた。
観念してタオルを解き、浴槽に身を沈める。
お風呂は大人が五人は入れそうなぐらいに大きい泡の出るジャグジーだ。
長身の遼平さんと一緒に入っても悠々と足が伸ばせた。
「気持ち良……」
底から立ち昇り体を撫でていく泡がくすぐったいけど気持ち良い。
正面に座る遼平さんの体に目がいってしまう。
やっぱりカッコ良いなあ。
貧弱な自分の体が情けなくて膝を抱えて丸まる。
「ほら、こっちにこい。髪を洗ってやるから」
「え!?」
戸惑う僕を他所に、遼平さんは足の間に僕を引っ張った。
シャワーで髪を濡らすとシャンプーを泡立て指を髪に差し入れる。
「うひゃあ」
太く長い指なのに、フワって揉むように洗われてくすぐったい。
「……ん」
「色っぽい声を出すなよ」
「い、色っぽくないよ! 人に頭を洗ってもらうのも、生まれて初めてで……、」
「葉月の始めては全部俺のもんだな」
「うん」
遼平さんは意外なぐらい器用に髪を洗ってくれた。
「よし、終了。痛くなかったか?」
「うん」
「じゃあ、次は葉月の番な。洗ってくれ」
「ええ!?」
頭を差し出され、恐る恐るシャワーを掛けて、シャンプーを泡立たせて洗う。
ちゃんと洗えたんだけど、終わる頃にはぐったりしてしまった……。
人を洗うって、料理よりずっと難しいな。
ところで、このシャンプー、ブルガリって書いてるよ……。これ、僕でも知ってるぐらいの有名ブランドだ。
こんなアメニティグッズが置かれてるなんて、この部屋ってすっごく高級な部屋なんだろうな……。
応援ありがとうございます!
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