35 / 67
十 織田家混乱
二
しおりを挟む
鳴海城主・山口教継は、嫡男教吉を鳴海城に残し、領内の付け城笠寺砦を築いた。そこには、今川の葛山長嘉、岡部元信、三浦義就、飯尾顕滋、浅井小四郎を引き入れた。自身は、在所の屋敷を改造して立て籠もった。
信長は、家督を継いで間もなくで、萬松寺で信秀の仏前に抹香をぶつける乱行によって、傅役の平手政秀と内藤勝介以外の城主、家老の支持が得られず、また、信長の実力を示すため、手勢の精鋭八百人だけで出陣した。
対する鳴海城の山口親子は、今川の援軍を含めて千五百人。まともに戦うと数の論理で負けてしまう。
信長は、伊勢湾の入り江を背にする小高い 三の山へ陣を取り、地理的優位に立ち、決戦の場を西に広がる平野部の赤塚(あかつか)に定めた。
信長の陣には、副将の内藤勝介と恒興などの側近。ほかに重臣として、荒川与十郎・喜右衛門兄弟、長谷川橋介、青山藤六、戸田宗次郎、加藤承茶香と、信長が尾張で自ら集めた悪ガキ共が並ぶ。
軍議では、信長が三百、そこに、側近の秀隆、良勝、信時、長秀、恒興が、それぞれ、四十人の小隊を束ねて五百の大隊とする。副将の内藤勝介が百二十人で、重臣にそれぞれ三十人を振り分け三百の中隊とする陣容だ。
対する鳴海城の山口親子は、元は同じ織田軍だ。重臣の清水又十郎、柘植宗十郎、中村与八郎……。見知った名前を挙げたらきりがない。顔も名前も、女房子供の顔まで知っている。それだけに戦いにくい。
恒興は、殺しても殺されても、家族が路頭に迷い涙する姿は見たくない。
(俺みたいな父無子が増えなきゃいいが……)
「いいか、お前たち。この戦は茶番だ。山口親子の謀反は、俺が謀った」
「なんだって!」
陣中にいる者すべてが声を揃えた。
「若殿、茶番とはどういうことです」
真面目な顔をして、内藤勝介が尋ねた。
「それはな……」
信長は、面白い企みでもあるのか、含み笑いを浮かべて話した。
第一に、山口親子は、信長の命で動いていること。
第二に、三河・松平家は、当主広忠が暗殺され、現在は、事実上、今川の支配下にあり、殊更に、国境の鳴海城での小競り合いを避けたい。
第三に、尾張の信長は「大うつけの大馬鹿者」で人望もない。と、今川義元に思わせて、大いに油断してもらうこと。
この三つが信長の狙いだ。
「若殿、謀り事とは申せ、戦となれば人が死ぬのですぞ。なぜ、それも味方同士で戦わなければならないのです」
恒興は、いつになく、声を大にして信長に噛みついた。
「すまぬ勝三郎。お前の気持ちはわかるが、その申し出は受けられん」
信長はきっぱり答えた。
「俺には、ただの味方同士の殺し合いにしか見えません」
恒興も引かない。
「なればこそ、この企みが生きるのだ」
恒興には、信長の理屈が理解できない。理解したくもない。戦が起きれば人が死に、家族が路頭に迷うに決まっている。自分と同じ境遇になる子供も出る。それが、顔の見知った味方に起こるのだ。
恒興は、そんなこと許せない。
「俺は、こんな馬鹿な戦を止めさせるために、ここで腹を切ります!」
恒興は、そう言って鎧兜を脱ぎ、脇差を引き抜き、信長へ向かって突き出した。
「早まるな、勝三郎!」
切腹しようとする恒興を、信時が止める。
「どうして止めるのだ。主が間違った選択をしようとしたら家臣は身体を張って止めるのが武士道であろう」
「それはそうだが、兄上が真の間違いを犯す時あらば、勝三郎。お前じゃなくて俺が腹を切る。だがな、今ではない」
「俺には分からない。すまんが先に行かせてもらう」
恒興が、信時を振り払って、腹に刃を突き立てようとしたその時だ、
「御免!」
般若面が駆け込んで、恒興の脇差を払いのけると、腹に拳を一突き入れた。
恒興は、前のめりに崩れた。
「般若介、助かった。勝三郎は、織田家には大事な男ゆえな。こんな所でみすみすと無駄死にさせるわけにはいかんのだ」
「ハッ!」
信長の言葉に、手短に答えた般若介の身のこなしは軽く、まるで忍者だ。
「して、一益からの言伝はなんだ?」
「鳴海城の山口教吉の軍勢が出陣したようでございます」
「して、織田家出身の者の目印はなんだ?」
「腰に黄色の布。短冊切りの布を提げております」
「よし、わかった。それでは皆の者、我らも討って出るぞ! よいか、黄色い布を提げた者は殺すなよ」
「兄上、お待ちを」
信時が、立ち上がった信長を止めた。
「なんだ、信時」
「恒興の兵は、誰が率いりますので?」
「般若介、任せた!」
「ハッ!」
信長の命で、気絶している恒興の兵四十人は、般若介が指揮することになった。
信長は、家督を継いで間もなくで、萬松寺で信秀の仏前に抹香をぶつける乱行によって、傅役の平手政秀と内藤勝介以外の城主、家老の支持が得られず、また、信長の実力を示すため、手勢の精鋭八百人だけで出陣した。
対する鳴海城の山口親子は、今川の援軍を含めて千五百人。まともに戦うと数の論理で負けてしまう。
信長は、伊勢湾の入り江を背にする小高い 三の山へ陣を取り、地理的優位に立ち、決戦の場を西に広がる平野部の赤塚(あかつか)に定めた。
信長の陣には、副将の内藤勝介と恒興などの側近。ほかに重臣として、荒川与十郎・喜右衛門兄弟、長谷川橋介、青山藤六、戸田宗次郎、加藤承茶香と、信長が尾張で自ら集めた悪ガキ共が並ぶ。
軍議では、信長が三百、そこに、側近の秀隆、良勝、信時、長秀、恒興が、それぞれ、四十人の小隊を束ねて五百の大隊とする。副将の内藤勝介が百二十人で、重臣にそれぞれ三十人を振り分け三百の中隊とする陣容だ。
対する鳴海城の山口親子は、元は同じ織田軍だ。重臣の清水又十郎、柘植宗十郎、中村与八郎……。見知った名前を挙げたらきりがない。顔も名前も、女房子供の顔まで知っている。それだけに戦いにくい。
恒興は、殺しても殺されても、家族が路頭に迷い涙する姿は見たくない。
(俺みたいな父無子が増えなきゃいいが……)
「いいか、お前たち。この戦は茶番だ。山口親子の謀反は、俺が謀った」
「なんだって!」
陣中にいる者すべてが声を揃えた。
「若殿、茶番とはどういうことです」
真面目な顔をして、内藤勝介が尋ねた。
「それはな……」
信長は、面白い企みでもあるのか、含み笑いを浮かべて話した。
第一に、山口親子は、信長の命で動いていること。
第二に、三河・松平家は、当主広忠が暗殺され、現在は、事実上、今川の支配下にあり、殊更に、国境の鳴海城での小競り合いを避けたい。
第三に、尾張の信長は「大うつけの大馬鹿者」で人望もない。と、今川義元に思わせて、大いに油断してもらうこと。
この三つが信長の狙いだ。
「若殿、謀り事とは申せ、戦となれば人が死ぬのですぞ。なぜ、それも味方同士で戦わなければならないのです」
恒興は、いつになく、声を大にして信長に噛みついた。
「すまぬ勝三郎。お前の気持ちはわかるが、その申し出は受けられん」
信長はきっぱり答えた。
「俺には、ただの味方同士の殺し合いにしか見えません」
恒興も引かない。
「なればこそ、この企みが生きるのだ」
恒興には、信長の理屈が理解できない。理解したくもない。戦が起きれば人が死に、家族が路頭に迷うに決まっている。自分と同じ境遇になる子供も出る。それが、顔の見知った味方に起こるのだ。
恒興は、そんなこと許せない。
「俺は、こんな馬鹿な戦を止めさせるために、ここで腹を切ります!」
恒興は、そう言って鎧兜を脱ぎ、脇差を引き抜き、信長へ向かって突き出した。
「早まるな、勝三郎!」
切腹しようとする恒興を、信時が止める。
「どうして止めるのだ。主が間違った選択をしようとしたら家臣は身体を張って止めるのが武士道であろう」
「それはそうだが、兄上が真の間違いを犯す時あらば、勝三郎。お前じゃなくて俺が腹を切る。だがな、今ではない」
「俺には分からない。すまんが先に行かせてもらう」
恒興が、信時を振り払って、腹に刃を突き立てようとしたその時だ、
「御免!」
般若面が駆け込んで、恒興の脇差を払いのけると、腹に拳を一突き入れた。
恒興は、前のめりに崩れた。
「般若介、助かった。勝三郎は、織田家には大事な男ゆえな。こんな所でみすみすと無駄死にさせるわけにはいかんのだ」
「ハッ!」
信長の言葉に、手短に答えた般若介の身のこなしは軽く、まるで忍者だ。
「して、一益からの言伝はなんだ?」
「鳴海城の山口教吉の軍勢が出陣したようでございます」
「して、織田家出身の者の目印はなんだ?」
「腰に黄色の布。短冊切りの布を提げております」
「よし、わかった。それでは皆の者、我らも討って出るぞ! よいか、黄色い布を提げた者は殺すなよ」
「兄上、お待ちを」
信時が、立ち上がった信長を止めた。
「なんだ、信時」
「恒興の兵は、誰が率いりますので?」
「般若介、任せた!」
「ハッ!」
信長の命で、気絶している恒興の兵四十人は、般若介が指揮することになった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる