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しおりを挟む放課後。今日もまた友人達からの解放が早かったので早めのお迎えとなったが、今日はまた昨日とは違う展開が起こった。
保育園へと続く道で、偶然伊織と会ってしまったのだ。
学校から保育園は通り道という訳ではない。保育園に行く為には車、自転車は一切通れない程の小さな道を通る必要がある。しかし、この道を知る者は殆ど居ないだろう。だから自分以外はこの道の存在を誰も知らないのでは無いかと思っていたのだがそれは違った。何故ならこうして伊織と会ってしまったのだから。
「また会ったね」
ニッコリと微笑まれ、時雨は少し距離をとる。
相変わらずの嘘くさい笑顔である。
「…………無理して笑わなくていいですよ」
正直に時雨は言ってやった。
別に自分に気を使う必要は無い、という意味を込めて。
すると一瞬伊織が目を開いたような気がした。
「君の名前、聞いてもいい?」
「き、岸田……時雨です」
「時雨ちゃんね。改めて俺は槙野伊織」
昨日は聞いて来なかったくせに何故今日は聞いてくるのだろう? そう思ったが、時雨は口を閉じた。
歩くペースはどちらも変わらない。
同じ速度で二人は保育園へと向かう。
二人の間にはなんの会話も無い。
保育園に着くなり、保育園の先生が「あらぁ」と意味深な声を零した。
そして
「二人は知り合いだったの?」
とまで言われてしまった。
時雨はあんこを連れて。伊織は藍を連れて保育園を出た。
そしてまたその帰りに公園に立ち寄る事となった。
とは言ってもあんこが駄々を捏ねたからである。
伊織と時雨はまた昨日と同じベンチに座る。
「あの……いつも公園に寄ってるんですか?」
「うん。この時間になると帰宅中の子とかいるしね。なるべく誰とも会わないようにしてる」
取り繕った笑みでは無く、真顔のままで話す伊織に時雨は少しだけ驚いた。
時雨と伊織、あんこ、藍以外誰も居ない公園。
あんこと藍の楽しそうな騒ぎ声。
はしゃぐ二人に「怪我しないようにね」とだけ忠告しておいた。
「君さ。俺が作り笑いしてるってなんで分かったの?」
「何でって……私もよくしてるから、ですかね?」
曖昧に答えれば伊織が「なにそれ」と笑って言った。
けど、それは事実である。
正直、今居場所としているグループは居心地が悪い。いつも話している内容は最新のファッションやメイク、それからカッコイイ先輩や俳優、アイドルの話ばかり。笑い声は大きいし、口は悪い。けど、ここから抜けてしまえば居場所が無くなってしまう。そうなれば一人ぼっちになってしまう。だから、それだけは避けたかった。
「時雨ちゃんはさ、いつもあんこちゃんの迎えに来てるの?」
「はい。だから槙野さんと同じです」
「……所で、その”さん”って何? せめて先輩にしてよ」
指摘されてしまったのならば仕方ないか、と時雨は思った。
本当は先輩なんて呼んでいいのか分からず敢えてさん付けで呼んでいたのだが。
「じゃあ……槙野先輩」
「うん。その方がいい」
小学校も中学校も先輩との関わりなんて一切なかった。
だから先輩呼びはあまり慣れていなかったりする。
その後、二人はたわいもない話をした。
話せば話すほど伊織は本来時雨が持っていた彼の印象とはかなり違った人物だと言うことが分かった。女好きのチャラい人だと思っていたが、それも誤解だったようだ。
「先輩。その首に下げてるのって……」
「ん? あぁ、これ?」
伊織はそう言うと、首に下げていた物を引っ張り出した。
黒い糸に繋がれていたそれは変わった形をした鍵だった。
「随分変わった形ですね」
鍵の上の部分がボールに棘が刺さったかのような形になっている鍵。
こんな珍しい鍵、恐らく何処を探しても無いだろう。
伊伊が鍵を太陽に翳す。
「ある人から貰った大切な物なんだ」
穏やかな声色で伊織が言った。。
余程大切な物らしい。
心地よい風が吹き、時雨は眠気に襲われた。
そう言えば最近店が忙しかったり、妹の面倒、それから勉強にも追われ毎日が忙しくあまり睡眠が取れていなかった。
風と共にポカポカとした光、それと睡魔が時雨を襲った。
「時雨ちゃん。おーい」
耳元で名前を呼ばれ、時雨は目を覚ました。
すると
「あ、起きた?」
「え、えぇぇぇぇぇ!」
時雨はその場で飛び上がる。そして見事に時雨のおでこと伊織の顎が痛々しい音を立てて当たった。
しかし、そんな激しくぶつかったとは言え、時雨は痛みよりも恥じらいの方が勝った。顔を真っ赤に染め、プルプルと震えながら言った。
「な、何でひ、ひざ……!」
「あれ? 膝枕とか初めてだった? けど、突然眠りこけてきたのはそっちだからね」
「私、寝てましたか……?」
「うん。ぐっすりとね」
穴があったら入りたい。そう時雨は思った。
出来ることならば今すぐ彼の記憶の中からたった今起こったこの『膝枕』の事を全て忘れさせたい。
両手に顔を埋め、唸る時雨。
「そんな恥ずかしがること?」
「当たり前ですよ……それと槙野先輩。こんな事するからチャラい人だと思われるんですよ」
「チャラいって……」
時雨は大きくため息を着くと、腕時計を見た。
すると短い針が五を指し、そして長い針が十五を指していた為「あぁぁ!」と声を上げた。突然大声を上げた時雨に伊織が怪訝そうな目を向ける。
「何? まさか当たりどころ悪かった?」
「ち、違います! ただ早く帰らないと……! あんこ、行くよ!」
いつもならこの時間はもう家に着く、というぐらいの時間。
今からこの公園を出るとして、家に着くのは恐らく三十分過ぎ。
少し不安になりながらも伊織に会釈して急ぎ足で家へと帰った。
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