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しおりを挟むお互いに目的の物を購入でき、二人揃ってスーパーから出る。
二人は肩を並べ、共に歩き出す。
何故だろう? 今日はなんだか気まずい。
ちらりと伊織の様子を伺えば、もの寂しげな瞳で伊織が何処か遠くを見つめていた。
まるで今すぐ何処かへ行ってしまいそうな……もしくは雪のように溶けてしまいそうな伊織に思わず時雨は叫ぶように声を掛ける。
「槙野先輩!」
突然大きな声を出してしまったことに自覚はあった。
なので少し肩を動かし、驚く伊織に申し訳なさを感じた。
日没が早まり、八月だったらまだ明るかった時間帯なのに辺り一面はオレンジ色に染まっている。
「時雨ちゃん。どうかしたの?」
ヘラりと微笑む伊織に、時雨は何とも言えない感情が込み上げてくるのが分かった。
───槙野先輩は何か隠してる。
何故かそう思った。
特にこれといった証拠はないけれど、伊織の笑顔がいつもと違うのだ。
いつもの伊織なら心の底から楽しそうに、そして穏やかに笑う。でも、今の笑顔はまるで初めて話した時の様な冷たい作り笑いである。
「……泣きそうな顔してる」
「気の所為です」
「時雨ちゃんって本当に優しいよね」
穏やかな声で伊織はそう言うと、力無い笑顔で笑った。
一目瞭然で今の伊織が何かに躓き、足止めをくらっているのは分かった。
伊織は時雨が立ち止まってしまった時、背中を押してくれた。
「槙野先輩。もし誰かに相談したくなったら私でよければ頼って欲しいです。私はいつでも先輩の見方ですから」
「前にも言ったけど、俺は時雨ちゃんを頼ってるよ。本当に助かってるんだから」
「そうなんですか?」
「うん。そうだよ」
ニコニコと微笑まれてしまい、それ以上は何も言えなかった。
その後、伊織はまだ寄るところがあるということで、スーパーで別れた。
ヒラヒラと手を振る伊織に見送られ、時雨は家へと向かう中、突然スマホが鳴り、メールが届いたことを知らせた。
開いてみればメールの送り主は伊織で、『文化祭、楽しい思い出作ろうね』と書かれていた。時雨は急いで返信を返そうとメールを打つ。けれど、先にまた一通メールが届いた。それもまた伊織からで、開いてみると『その時、相談させて』と書かれており、時雨は『もちろんです』と返信をした。
〇◇〇◇〇〇◇
そして遂に明日が文化祭当日。
そのためか生徒達は皆、浮かれた様子でいる。
しかし、それも仕方ないのかもしれない。なにせ文化祭とは年に一度の最高の日なのだから。
廊下を歩けば賑やかな声が聞こえてくる。
一人廊下を歩いていると
「岸田。衣装合わせいい?」
と理恵に声を掛けられ、共に被服室へと向かい衣装の最終チェックを始めた。
時雨はアリスの衣装は金色のカツラに、水色のワンピースの上から白いエプロン。それから黒いソックスに黒いリボンといったものである。
自分で作った衣装ではあるがかなり完成度は高い気がする。
衣装に着替え鏡に映る自分を見つめる。
鏡に映る少女に時雨の面影は無い。顔をジーッと見つめれば時雨だと分かる程度である。
髪の色が変わるだけでここまで別人に変わるとは……。
時雨はそう思いつつ衣装の最終確認をした。
特にキツい所はない。衣装に解れもないし、汚れもない。
明日はこれを着て接客をした後、伊織と共に文化祭を回る……。
これはデートなのだろうか? いや、伊織はきっとそんなこと思ってもいないだろう。
一人浮かれる自分に心底呆れながら、時雨は理恵へと声を掛ける。
「衣装。なんの問題もないよ」
「そ。なら良かった」
「そう言えば理恵ちゃん。また新しく衣装作ってたけど、衣装足りなかった?」
「別に。だけど、私が目で測ったサイズだから合うか微妙」
一体誰の為の衣装を作ってるのだろう?
そんな疑問は浮かんだが、理恵はきっと教えてくれないだろう。
時雨は衣装を脱ぎ、制服へと着替える。
もうクラスの内装も終わっているし、料理班は明日に向けて練習の真っ最中だ。喫茶店では手作りパンケーキやパウンドケーキにマフィン、クッキー、それから飲み物を販売する。
クラスの皆の気合いも凄い。皆、初めての文化祭を成功させたい、という一心のように思えた。
時雨もまた気合いが入っていた。
内装、メニューも勿論大切だが、店員が無愛想だったり態度が悪ければお店の印象は下がる。それだけは絶対に避けたい。
校舎のあちらこちらから生徒達の賑やかな声が聞こえてくる。
そんな生徒達の声に時雨は耳を澄ませた。
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