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第6章 再就職

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「――西園寺オーナー、ご無沙汰しております。聖天です。何かご用でしょうか?」
〈用があるから電話をしたんだ〉

きっとこの人の辞書には、尊敬語・謙譲語・丁寧語といった敬語は載っていないのだろう。だからこんな横柄な態度しか取れないのだ。

「で、ご用とは?」

そう思えば……腹立つ気持ちも何とかなだめられる。

〈明日、病院に来い! くそっ! 過労に負けた〉

電話の向こうから本当に悔しそうな声が聞こえた。
マミさんの言っていたことは本当だったようだ。

「――要するに、過労で入院したから病院に見舞いに来いということですか?」
〈いちいち要約するな!」
「しかし、私はクビになった身。命令されても……〉
〈クビは撤回だ〉

間髪入れず西園寺オーナーが言った。
どういう風の吹き回しだ?

「何かの罠ですか?」
〈バカか! お前に罠を仕掛けて何の徳がある〉

それもそうだ。

「だったらなぜ?」
〈お前が私の婚約者だからだ〉
「それ、まだ言います?」
〈当たり前だ。私が白紙に戻すと言うまで続けてもらう〉
「――何があったんですか?」

唐突に訊ねると一瞬間が開き、〈何がとは何だ?〉と逆に聞き返された。

「入院とか発言の撤回とか、いつも偉そうな西園寺オーナーらしくないなぁ、と思いまして」

取り敢えず無難な言葉を返すと、突然、彼が笑い出した。

〈やっぱりお前だなぁ。いつも偉そうって……本人を前にして普通言うか?〉
「いえ、電話越しです」

すぐさま訂正を入れると、さらに笑い声は大きくなった。
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