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第一部 第一章 異変

第13話 雷神少女と巨人兵士

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「さてさて、ついにボス部屋の前に来たわけですけれども、先に言っておくね。流石に中層ボスでも強いから諸願七雷は使います」

 ボスモンスターと呼ばれる、その先の未開拓エリアや層に続く道を守護し、進もうとするものを阻むモンスターは中層以降からしか出現しないが、中層のボスモンスターであってもかなり強力だ。
 過去に一度諸願七雷を使わずに挑んだことはあるが、攻撃は中々通らないし回避しても衝撃を食らってバランスを崩して、即反撃できなかったりと散々な目に遭ったので、ボスモンスターと戦う時は使うようにしたのだ。

”ボスすら雷使わずに倒したら、もはや人間じゃありませんよお嬢様”
”もうすでに大分人間やめてるけどね”
”本人がもう自分で怪物であることを証明してるし認めちゃってるからね”
”むしろ使ってください。ボスと戦う雷神少女とか、絶対配信映えするから!”
”《トライアドちゃんねる》待って今からボスにソロで挑むの!? 自殺行為じゃない!?”
”下手したらボスより強いスタンピードソロ殲滅した美琴ちゃんに、その心配は必要ないんじゃない?”

 ボスの部屋に入るには、扉を開けるのではなくそこに仕組まれている転送陣を踏むことで部屋の中に転移する必要がある。
 ただし一度入ると入った場所に引き返すことは不可能で、撤退するにはその先に進むしかない。なので基本ボスモンスターと戦う際は、大規模な討伐部隊を編成していくか、少数最精鋭で挑むように推奨されている。

 熟練のベテラン探索者ともなればソロで倒せなくはないが、いくら中層から下層へ行く探索者を阻むボスとはいえ、その強さは下層の中位から上位モンスターと大差ない。
 大差ないのだが、美琴は今まで一度も誰かと組んで攻略した経験がないし、むしろ誰かがいると加減をしなければいけなくなってしまうため、一人のほうが効率がいい。

 それとボスを倒した後、一週間ほど時間をおいて再復活するようになっているが、その間は誰もが自由に行き来できるようになる。
 なので週に一度どこかしらのクランが討伐部隊を編成して、ソロで活動している人が下層へ行きやすいようにしている。
 ちなみに美琴がいるボス部屋はあくまで中層に複数ある部屋の一つであるため、別にここを一人で攻略してしまっても他がまだあるため、今のところ文句を言われたことはない。

『どこまで開放するおつもりで?』
「ここのボスに挑むのは今日が初めてだから、まずは二鳴ふたつなりからかな。それでも難しいようだったら三鳴みつなりまで行くよ」
『四鳴《よつなり》まではいかないので?』
「中層ボスだと過剰だよ。下層ならまだともかく、ね」

”今不穏な言葉が聞こえたような気が……”
”遡って聞き返したら、ここのボス初めてって聞こえたんですが”
”初見ソロはやめたほうがいいよ!?”

 実は今いるボス部屋は、初めて挑むボスがいる場所である。
 事前知識と言えば、ゴリアテという黒い巨人がいることだけである。それ以外の知識は、ない。

「どうにかなるから平気平気。じゃあ、ボス戦行きます!」

 挑むならせめて戦った経験のあるものにしておけというコメントを無視して、転送陣を踏んでボスの待ち構える大広間に飛ばされる。
 ザザッという音と共に景色が変わり、妙に滑らかな床や壁のある部屋の真ん中付近に立っていた。

 ばらつきはあれど、おそらく一番広い場所で中心から半径百七十から二百メートルといったところか。

「初見だから当然だけど、見たことない部屋だね」
『一応ほかの配信者のアーカイブを発見しましたが、ご覧になりますか』
「ううん、いらない」
『左様で』

”アイリちゃんの提案を受けて!?”
”ガチの初見チャレンジするつもりじゃんこの子!?”
”あかん、上層と中層の攻略で結構やばい子だと思っていたけど、予想の斜め上をカッ飛んで行ってる!?”
”ていうかここ、ゴリアテのいる巨人兵の大広間じゃねーか!?”
”ゴリアテ!? 中層ボス最高硬度を誇る皮膚と筋肉のあの巨人!?”

 ゴリアテ。旧約聖書に登場する巨人兵士で、ゴライアスという言葉の由来となったもの。
 旧約聖書ではダビデの投石を額に受けて昏倒し、自分の剣で自分の首を撥ねて息絶えた人物として描かれているが、ここに出てくるゴリアテはそんなに弱くはないだろう。

 一体どこにいるのだろうかと周りを見回していると、重い石が動く低く鈍い音がして大きな振動を感じる。
 どこだと集中モードに入ると、地面から十数メートルもの巨大な石の棺桶がせりあがってきて、全容が明らかになって止まった瞬間に棺桶の蓋が内側から粉々に吹っ飛びながら開けられる。
 その中から巨木のように太い腕が二本出てきて、棺桶の縁を掴んで中に入っている巨人が起き上がる。
 唯一知っている情報通り、真っ黒な巨躯をしている。知らなかった点を挙げれば、髪の色だけは体の色とは真逆に白いことだ。

「オォオオオオオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛!!」

 部屋全体に響くほど低く大きな咆哮が巨大な口から発せられる。
 低い咆哮はびりびりとお腹に響き、すさまじい迫力だと思わずごくりと喉を鳴らす。

”うおぉ……。迫力やっべえ……”
”画面越しでもこれだけ迫力あるんだから、実際にそこにいたらもっとすごいんだろうな”
”私だったらもう怖くて立っていられないかも”
”まさに巨人だな”
”腕も足も何もかもがふっとい”
”それでいて結構素早いし、挙句の果てには武器まで持ち出してきやがるからなこいつ”

『ではお嬢様。私は戦闘に巻き込まれない位置に移動します。壊れたら配信もくそもございませんので』
「了解。あとアイリもAIとはいえ女の子なんだから、くそなんて言葉使わないの」

 振り返りながら言うが、すでに浮遊カメラは遠くに移動しており、右耳のピアスの通話も切られている。
 せめて通話を切ると一言言ってほしかったと心の中で愚痴をこぼしながら、巨石の棺桶から完全に姿を現して、更にその中から同じ大きさの巌の大剣を取り出したゴリアテに向きなおる。

「ふー……。諸願七雷・二鳴」

 背後の頭上に一つ巴を二つ出現させ、力を開放する。
 体に紫電をまとわせ、油断なく構える。

「オォオオオオオオオオオオ!!」
「まずは様子見で……征雷!」

 構えると同時に巌の大剣を振りかざして美琴との距離を詰めようとたった一歩で一気に近付いてくるが、ゴリアテの巨大な足音に重ねるように美琴も雷鳴を轟かせて飛び出し、すれ違いざまに首に鋭く雷薙を振るう。
 しかし伝わってきた感触は鋼鉄よりも固いものだった。

「うわ、かった。今ので斬れないんだ」

 ふわりと地面に着地して振り向くと、ゴリアテは今の雷鳴に少し驚いているのか、反響しているその音を気にするように周りを見回していた。
 斬り付けた首を見てみると、全く攻撃が通っていないわけではないようで、薄皮一枚傷ついている。

「じゃあこれはどうかな。雷薙!」

 呪具・雷薙の名を開放して雷の増幅と美琴自身の能力を強化する。
 小さな雷が美琴の足元から空に向かって落ちているかのように立ち上がり、二つの一つ巴に力が徐々に蓄積されていく。

「ゴアァアアアアアアアアアア!!」

 雷鳴の発生源と、首の薄皮一枚を傷付けたのが美琴だと気付きより明確な悪意と怒りを抱いたゴリアテは、持っている大剣をがむしゃらに振り回し何度も地面に叩き付けながら数十メートル離れた場所にいる美琴のもとにたった五歩で詰めてくる。
 一際強く大剣を叩き付けて部屋全体を揺らした後、大きく振りかざした大剣を音速を超える速度で打ち下ろしてくる。
 二鳴まで開放状態にある美琴でも食らったらトマトのように潰されて血と肉を巻き散らしてしまうが、だったら食らわなければいいだけのこと。

「セェイ!」

 雷を雷薙の刀身に凝縮させ、左下から右上へ鋭く振り上げる。
 同時に凝縮された紫電が放たれて、振り下ろされたゴリアテの大剣とぶつかって押し返す。

”はいいいいいいいいいいいい!?”
”すげええええええええええええ!?”
”押し返した!?”
”音速で振り下ろされていたゴリアテと同じだけでかい大剣が!?”
”まさか俺たち、新たな伝説が生まれる瞬間を目の当たりにしてる?”
”もうとっくにこの配信自体が伝説だよ”

 遠くに離れたアイリがホログラムを拡大させて映し出しているコメント欄は、今日の配信を始めてからこれ以上ないくらいコメントが加速している。
 できればそのホログラムコメント欄を小さくしてほしいところではあるが、まだ始まったばかりで苦戦を強いられているわけでもないので、それまでは放置することにする。

 ぐらりと後ろに傾ぐ巨体は、しかし倒れずに踏ん張って体を戻す勢いでもう一度打ち下ろしてくる。
 なので美琴も同じように凝縮した紫電を放ちもう一度押し返そうとするが、今度は逆に美琴の雷が押し返された。

 雷が弾けると同時に雷鳴と共に大きく距離を取り、おおよその距離を瞬時に算出。
 離れた距離は六十メートルほどで、ゴリアテの体躯は概算で十七メートル前後。そこから走る時の歩幅を計算しておよそ九から十メートルと仮定する。
 大体六歩で六十メートルという間合いは潰されてしまう。大剣のリーチを考えると歩数は二歩ほど少ないだろう。考えている時間はあまりない。

 ジジジッという音と共に電気の道を作り上げて磁場を形成し、フレミングの左手の法則に従って発生するローレンツ力に雷薙を砲弾として乗せて、電磁加速させて射出する。
 だが雷と同じ速度で移動しながらの斬撃に耐えたその強固な皮膚を突き破ることはできず、小さな切り傷を付けるだけにとどまる。
 弾かれた雷薙は一瞬の対空ののちに落下していき、雷鳴と共に飛び出した美琴がそれを地面に落ちる前に回収して、そのまま背後に回り込んでから膝裏を攻撃する。

「どれだけ硬くても、こういう場所は基本比較的柔らかいものよね」

 膝裏への攻撃は小さな切り傷ではなく、深々とした大きなものとして刻まれる。
 首への攻撃をした直後、すでにこの手法を考え付いていた。

 甲冑と同じで、全身を覆うが可動域まで硬くしてしまうとろくに動けなくなってしまうので、そこだけは防御が薄くなっていると踏んでの攻撃だったが、読みが当たったようだ。
 赤い血が膝裏の傷からどくどくと流れ、がくりとバランスと崩して倒れる。

 むろんこんな絶好のチャンスを逃すつもりはないので、縦横無尽に駆け回りながら勢いを付けて何度も斬り付ける。

”うおおおおおおおおおおおお!!”
”マジかよ!? ゴリアテ相手にもう優勢になってる!?”
”え、これ本当にソロだよね? 実はどこかに協力者がいないとかない?”
”多分いないんじゃないかなあ。僕はむしろ、本当にこれが初見なのかどうか疑っているんだけど”
”そもそもソロだからパーティー攻略前提のセオリーとか使えないし何とも言えないけど、割と的確に攻略法見つけてて純粋に尊敬するわ”
”でもモンスターだって地上の怪異や魔物と同じだから、あまり時間がかかると再生するんじゃ……”

 コメント欄が危惧している通り、モンスターも地上の怪異や魔物と同じ存在。なので生半《なまなか》な攻撃や傷などは立ちどころに回復してしまう。
 それを証明するかのように傷を癒したゴリアテは、ぐぐっと遅い動作で起き上がる。

「させないよ!」

 立ち上がりでもされたらまた倒さないといけなくなるので、させまいと左腕を上に掲げてから振り下ろす。
 それに合わせてゴリアテの上に出現した法陣から特大の雷を落とすことで無理やりまた仰向けにさせて、再び雷速で攻撃を仕掛ける。

「諸願七雷・三鳴!」

 しかしあまりにも表皮が硬く付けられる傷はどれも掠り傷なので、仕方がないと三鳴を開放する。
 この時点でスタンピードを余裕を持って単独殲滅できるだけの力があるため、ここまで来れば倒せるのも時間の問題だろう。

 雷薙での攻撃をやめて離れ、ゆっくりと起き上がろうとしているゴリアテ目がけて超特大の十億ボルトの電撃を浴びせる。
 それはもはや本物の稲妻で、流石のゴリアテも真雷を防ぎきることはできないようで、黒い皮膚が焼けて爛れていく。

「雷薙での攻撃では有効打にならなくて、これならいけるんだ。じゃあ、少し応用すれば!」

 かなり脳筋な攻略方法になってしまうが、攻撃手段が雷と雷薙くらいしかないのでこれで行くしかない。
 ボス戦はどの探索者のチャンネルでも最も熱くて盛り上がるものだが、長引きすぎてもよろしくない。
 ましてやゴリアテは中層ボス。下層の探索がメインだと公言しているので、ここで時間がかかりすぎてはいけない。

 出力を大幅に上昇させて、膨大な量の雷を雷薙に集中させて轟音と共に踏み出す。
 ぶすぶすと黒い煙を上げているゴリアテは、このままただでやられてたまるかと右手の大剣を無造作に振るってくるが、その攻撃をさっと避けた後に右手首に鋭く一閃を叩きこみ、僅かにできた掠り傷のところに特大の雷の追撃を発生させることで、無理やり切断する。

「ギャアアアアアアアアアアア!?」

 重い大剣が鈍い音を立てて地面に落ち、ゴリアテは切り落とされた右手首を押さえて悲鳴を上げる。

”ふぁーwww”
”ふぁっ!?”
”ゴリアテの体って、切断できるんだ”
”今までの攻略動画や配信で一度も観たことないぞそんなの!?”
”特大威力の呪術や魔術で体の大部分が消し飛ぶところは見たことあるけど、それは術であって武器じゃないからこれとは別物すぎてどう言えばいいのか分からん”
”まず武器で切断しようにも、どうにか皮膚を突破してもその下の筋肉で折れるでしょ”
”一応武器で斬ったんじゃなくて追撃の雷で焼き落としたみたいだから、魔術や呪術で破壊したのと同じ扱いにはなるのかな?”
”なあ信じられるか? これでまた美琴ちゃん、本気の半分も出してないんだぜ?”
”ガチの雷神じゃんwww”
”追撃の威力半端ねえwww”

 ゴリアテの部位破壊という非常識な光景に、コメント欄がざわつき始める。
 威力の非常に高い魔術や呪術で体の大部分を消し飛ばして討伐することはあれど、今美琴がやったようにピンポイントでやってのけるのは至難の業だ。
 こんな芸当ができるのだって、諸願七雷・三鳴の威力が非常識レベルで高いからであって、誰でもできるわけじゃない。

 右手を切り落とされたゴリアテは痛みと怒りで喚きながら大暴れして、左手で大剣を拾い上げてがむしゃらにぶん回す。
 美琴はそのめちゃくちゃな攻撃を全て回避して、大上段からの振り下ろしを後ろに大きく下がることで回避し、大剣が地面に深々と刺さった瞬間雷鳴と共に飛び出して、今度は左肩に攻撃を連続で叩きこみ、その分だけ連続して追撃を発生させて切り落とす。

「アァアアアアアアアアアアア⁉⁉」

 左腕を丸ごと失ったゴリアテはまた悲鳴を上げて尻もちをつき、そのまま飛び込んできた美琴を飲み込もうと口を大きく開けてかぶりついてくる。
 冷静にその攻撃を避けて頭目がけて雷薙を叩きこもうとしたところで、頭上の三つの一つ巴がバチン! と音を立てて三つ金輪巴みつかなわどもえとなる。

 一つ巴が変化するということはつまり、一定以上の力の蓄積が完了したということ。
 そうとなればとゴリアテの顔を足場に上に跳びあがり、高い天井に足を着ける。
 すっと雷薙を掲げて三つ金輪巴から強烈な雷エネルギーを刃に収束させて、天井を蹴って加速する。

「諸願七雷・三紋───白雷」

 ほぼゼロ距離で超特大の雷が放たれて、ゴリアテを飲み込む。とにかく極限まで圧縮し収束させたその一撃は、最大電圧で五十億ボルトを優に超える。
 体中の皮膚と筋肉がいかに強固なゴリアテであろうと、これだけの電圧を周囲に巻き散らさずにたった一か所に集中させたこの一撃には耐えられなかったのか、大爆音で響く雷鳴に悲鳴をかき消されながら消滅した。

 落雷と雷鳴が収まりそこに残されていたのは、ゴリアテが持っていた巌の特大大剣と美琴の頭よりも大きな核石だけだった。
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