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なつかしの再会~千里~(7-2)
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「よいしょ……っと。千里はデッカいから、介抱するのも大変だな。早いとこ、妖力取り戻して元気にならなってもらわないと」
衛人は明るい声でそう言って、千里の髪を、指先でそっと梳くように撫でてくれる。それから「おやすみ」と、優しく囁くように言ったあと、寝室の襖を閉めて出て行った。
千里は布団にくるまり、天井を見つめながらため息を吐く。衛人を守りたくて、彼を危険な目には遭わせられないと、隠密に行動したのに、このザマだ。まったく情けないったらない。
千里は、衛人を助けるつもりが助けられ、心配をかけただけでなく、九尾に接触までさせてしまったのだ。さらに今回のことは、衛人に余計に強く惚れ込むことにもなった。
まさか、助けに来てくれるなんて思わなかった……。
――千里!
衛人さん……、かっこよかったな……。
九尾に妖力を吸い取られた、あの瞬間。境内に響いた衛人の声は、朦朧としていた千里の耳にもしっかりと届いた。夜中、勝手に家を抜け出して、山道を登り、九尾の神社に行ったのを、いつ彼が気付いたのかはわからない。きっと、たまたま夜中に目が覚めて、千里の様子をなんとなく気にしてくれて、いないことに気付いたのだろう。そうして彼は、九尾の神社まで、車をすっ飛ばして探しに来てくれた。
「衛人さん……」
千里は衛人を呼ぶようにして、名前を呟いたあと、ぎゅっと布団を抱きしめた。胸の奥が狭くなったように苦しくなる。まるで、衛人に心臓を掴まれたような感覚があって、少し苦しくて、けれどその感覚は、途方もなく愛おしかった。
***
それから、約三時間ほど経った午前八時。千里は衛人に起こされ、居間の座卓で、衛人が作ってくれた朝食をとる。頭も体もひどく重く感じて、手足には悲しいほど力が入らないのに、空腹だけはしっかり感じているこの体は、弱りながらも、まだ、ちゃんと生きようとしているらしい。衛人の作ってくれた朝ごはんを前にして、千里は腹の虫を盛大に鳴らした。
「腹減っただろ。ひとりで食べられそうか?」
「はい……」
いまだ、体に力は入らない。それでも、数時間の仮眠のおかげか、なんとか自力で食事ができるくらいにはなっていた。ただ、今日の朝食は、いつものそれとは少し違っている。千里の前では、小さめのどんぶりに入った雑炊が置かれ、湯気を上げていた。その手前には、木製のスプーンが置かれている。
「今日は、このほうが食べやすいかなと思ってさ。雑炊にしたよ」
「あ……、ありがとうございます……」
「玉子雑炊だから、疲れたときはいいぞ。そうだ、ちょっと待ってて。今、おかか入れてあげっからさ」
そう言って、衛人は台所から、おかかのパックをひとつ持ってきて封を開け、千里の雑炊にふりかけてくれる。たちまちかつお節が雑炊の上で踊り出し、いい香りが湯気と一緒に漂って、千里は口の中で唾液が増えていくのを感じた。
「いただきます……」
「いただきます。熱いから気をつけてな。ちゃんとふうふうして」
「はい……。あふ、はふ……」
アツアツの雑炊は、やさしい玉子のだしの味がした。ひと口、ふた口。食べるたびに、体温が少しずつ上がってくるような気がする。千里はあっという間に玉子雑炊をたいらげた。すると不思議なことに、手足にはわずかに力が戻ってきて、食事が終わったあとには、食べ終わった皿を台所へ片付けることくらいはできるようになっていた。だが――。
「あぁ、千里。それはいいから。もう少し休んでなって」
「でも、あ……」
「だーめ。千里は今、病人みたいなもんなんだぞ」
片付けようと思ったどんぶりを、衛人にあっさり奪われてしまう。だが、その時だ。千里は自分の体に起きている異変を改めて認識した。衛人の手に触れた、ほんの一瞬。なにも伝わってこない、その静けさは、昨晩のことがすべて、夢でも幻でもなく、事実だったということを千里に突きつけた。
これまでなら、わずかでも誰かに触れれば、その人の感情が自然に流れてきて、感じることができた。衛人の中に流れている淡い恋心も、千里は確かに感じていた。おそらく、千里の妖力が影響してしまったのだろう恋心に、少し後ろめたさを感じながら、それでも衛人に好いてもらえていることを嬉しく思っていた。だが、今はなにも伝わってこない。とても静かだった。
やっぱり、そうだ……。おぶってもらったときも、なにも感じなかったし……。
衛人が神社に助けにきてくれたとき、彼は千里をおぶってくれたが、あのときも、千里はこれまで当たり前に感じてきたものを、なにひとつとして感じ取れなかった。妖力を吸い取られたせいだ、とすぐに察したが、体力が回復すれば戻るだろうと、呆れるほどに楽観的だった。
レンの話が本当なら、妖力を取り戻さない限り、千里はずっとこのまま、二度と他人の感情を読み取ったり、感じ取ることはできないのだろう。ただ、おかしなもので、仙狸としての能力を、あれほど煩わしく思っていたのに、今は衛人の感情を読み取れないことが、ひどく寂しかった。
もしかして、僕に影響された衛人さんの気持ちも、もうなくなっちゃったのかな……。
衛人から感じる千里への想いは、妖力に絆されただけで、真の恋ではないとわかってはいる。きっと数日もすれば、彼は夢から醒めたように、千里への恋心を忘れてしまって、そのうちなんとも思わなくなるに違いない。
それが正常だとわかってはいる。けれど、それでも。衛人の想いをもう感じられないことが、千里は寂しくて、悲しくて、とてもこれまで通り、この家で暮らしていける気がしなかった。
妖力がなくても、衛人さんには好いていてほしいな……。
密かにそんな思いを抱えながら、しかし、こんな自分では無理だろう、と落胆する。寝床から起き上がるのもやっとで、衣食住を与えられるだけ。なんの役に立たず、衛人には迷惑をかけるばかりだ。彼の伴侶となるのには、あまりにふさわしくない。千里はぼんやりと、台所で洗い物を片付ける衛人の背中を見つめた。
どうか、衛人さんの気持ちがまだ、消えていませんように……。
衛人は明るい声でそう言って、千里の髪を、指先でそっと梳くように撫でてくれる。それから「おやすみ」と、優しく囁くように言ったあと、寝室の襖を閉めて出て行った。
千里は布団にくるまり、天井を見つめながらため息を吐く。衛人を守りたくて、彼を危険な目には遭わせられないと、隠密に行動したのに、このザマだ。まったく情けないったらない。
千里は、衛人を助けるつもりが助けられ、心配をかけただけでなく、九尾に接触までさせてしまったのだ。さらに今回のことは、衛人に余計に強く惚れ込むことにもなった。
まさか、助けに来てくれるなんて思わなかった……。
――千里!
衛人さん……、かっこよかったな……。
九尾に妖力を吸い取られた、あの瞬間。境内に響いた衛人の声は、朦朧としていた千里の耳にもしっかりと届いた。夜中、勝手に家を抜け出して、山道を登り、九尾の神社に行ったのを、いつ彼が気付いたのかはわからない。きっと、たまたま夜中に目が覚めて、千里の様子をなんとなく気にしてくれて、いないことに気付いたのだろう。そうして彼は、九尾の神社まで、車をすっ飛ばして探しに来てくれた。
「衛人さん……」
千里は衛人を呼ぶようにして、名前を呟いたあと、ぎゅっと布団を抱きしめた。胸の奥が狭くなったように苦しくなる。まるで、衛人に心臓を掴まれたような感覚があって、少し苦しくて、けれどその感覚は、途方もなく愛おしかった。
***
それから、約三時間ほど経った午前八時。千里は衛人に起こされ、居間の座卓で、衛人が作ってくれた朝食をとる。頭も体もひどく重く感じて、手足には悲しいほど力が入らないのに、空腹だけはしっかり感じているこの体は、弱りながらも、まだ、ちゃんと生きようとしているらしい。衛人の作ってくれた朝ごはんを前にして、千里は腹の虫を盛大に鳴らした。
「腹減っただろ。ひとりで食べられそうか?」
「はい……」
いまだ、体に力は入らない。それでも、数時間の仮眠のおかげか、なんとか自力で食事ができるくらいにはなっていた。ただ、今日の朝食は、いつものそれとは少し違っている。千里の前では、小さめのどんぶりに入った雑炊が置かれ、湯気を上げていた。その手前には、木製のスプーンが置かれている。
「今日は、このほうが食べやすいかなと思ってさ。雑炊にしたよ」
「あ……、ありがとうございます……」
「玉子雑炊だから、疲れたときはいいぞ。そうだ、ちょっと待ってて。今、おかか入れてあげっからさ」
そう言って、衛人は台所から、おかかのパックをひとつ持ってきて封を開け、千里の雑炊にふりかけてくれる。たちまちかつお節が雑炊の上で踊り出し、いい香りが湯気と一緒に漂って、千里は口の中で唾液が増えていくのを感じた。
「いただきます……」
「いただきます。熱いから気をつけてな。ちゃんとふうふうして」
「はい……。あふ、はふ……」
アツアツの雑炊は、やさしい玉子のだしの味がした。ひと口、ふた口。食べるたびに、体温が少しずつ上がってくるような気がする。千里はあっという間に玉子雑炊をたいらげた。すると不思議なことに、手足にはわずかに力が戻ってきて、食事が終わったあとには、食べ終わった皿を台所へ片付けることくらいはできるようになっていた。だが――。
「あぁ、千里。それはいいから。もう少し休んでなって」
「でも、あ……」
「だーめ。千里は今、病人みたいなもんなんだぞ」
片付けようと思ったどんぶりを、衛人にあっさり奪われてしまう。だが、その時だ。千里は自分の体に起きている異変を改めて認識した。衛人の手に触れた、ほんの一瞬。なにも伝わってこない、その静けさは、昨晩のことがすべて、夢でも幻でもなく、事実だったということを千里に突きつけた。
これまでなら、わずかでも誰かに触れれば、その人の感情が自然に流れてきて、感じることができた。衛人の中に流れている淡い恋心も、千里は確かに感じていた。おそらく、千里の妖力が影響してしまったのだろう恋心に、少し後ろめたさを感じながら、それでも衛人に好いてもらえていることを嬉しく思っていた。だが、今はなにも伝わってこない。とても静かだった。
やっぱり、そうだ……。おぶってもらったときも、なにも感じなかったし……。
衛人が神社に助けにきてくれたとき、彼は千里をおぶってくれたが、あのときも、千里はこれまで当たり前に感じてきたものを、なにひとつとして感じ取れなかった。妖力を吸い取られたせいだ、とすぐに察したが、体力が回復すれば戻るだろうと、呆れるほどに楽観的だった。
レンの話が本当なら、妖力を取り戻さない限り、千里はずっとこのまま、二度と他人の感情を読み取ったり、感じ取ることはできないのだろう。ただ、おかしなもので、仙狸としての能力を、あれほど煩わしく思っていたのに、今は衛人の感情を読み取れないことが、ひどく寂しかった。
もしかして、僕に影響された衛人さんの気持ちも、もうなくなっちゃったのかな……。
衛人から感じる千里への想いは、妖力に絆されただけで、真の恋ではないとわかってはいる。きっと数日もすれば、彼は夢から醒めたように、千里への恋心を忘れてしまって、そのうちなんとも思わなくなるに違いない。
それが正常だとわかってはいる。けれど、それでも。衛人の想いをもう感じられないことが、千里は寂しくて、悲しくて、とてもこれまで通り、この家で暮らしていける気がしなかった。
妖力がなくても、衛人さんには好いていてほしいな……。
密かにそんな思いを抱えながら、しかし、こんな自分では無理だろう、と落胆する。寝床から起き上がるのもやっとで、衣食住を与えられるだけ。なんの役に立たず、衛人には迷惑をかけるばかりだ。彼の伴侶となるのには、あまりにふさわしくない。千里はぼんやりと、台所で洗い物を片付ける衛人の背中を見つめた。
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