【完結】つやめきの半妖には抗えない

いなば海羽丸

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伴侶になりたい~千里~(10ー1)

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 衛人が九尾狐神社へ出かけてしまったあと、千里は約束を守らなかった。ひとり、縁側のすみに腰掛け、ひと晩じゅう、ぼんやりと夜が明けていく空を眺めていたのだ。思えば、ひとりの夜は久しぶりだった。久しぶりと言っても数日ぶりなのだが、千里にとって、衛人とのたった数日間は、途方もなく長い間、ここでふたりで暮らしたような不思議な感覚をいだかせていた。

「衛人さん……」

 もうあれから、八時間以上経っている。千里は不安でたまらなかった。夜の山には危険が多い。足場は見えづらく、ちょっと足を踏み外せば、崖から真っ逆さまだ。クマも出るし、妖ものもいる。いくら九尾の縄張りだとしても、人間の命を喰おうと狙う妖だっているかもしれない。それなのに、衛人は那須山のどこかに生えているという、妖花を探し出せるのだろうか。その妖花を供物として、九尾のもとに届けられるだろうか。衛人は無事で帰ってくるだろうか。

 衛人さん……。どうか無事で帰ってきてください……。お願い……。

 千里は心の中で祈り続けていた。今夜、千里の妖力を取り戻せなくてもいい。ただ、衛人が元気で帰ってきてくれたら、それだけでいい。そう祈り続けた。

 せっかく、衛人さんと両想いになったのに……。伴侶になれないなんて、いやだ……。

 千里は膝をかかえて、背中を丸め、衛人の言葉を思い出す。

 ――千里、九尾さまに千里が言ってたこと、すげえ嬉しかったよ。俺も千里のこと、大事に想ってる。

 たちまち、胸の奥がきゅうっと狭くなったように苦しくなる。衛人は千里を好いてくれているのだ。千里が妖力を失った今、もう衛人は妖力の影響を受けていない。それでも、千里を想っていると言ってくれた。千里はあのとき、たしかに感じた。彼の真剣な想いを、これまでになく強く感じたのだ。

 伴侶になりたい……。衛人さんの伴侶になって……、ずっと一緒にいたい。ずっとこの家で、一緒に暮らしたい……。

 しかし、九尾に妖力を取られたままでは、千里は一生、衛人に世話をかけることになる。それでなくても、千里ができることは少ないのに、いつも体調を崩して寝込んでしまうようでは、伴侶になっても、ただのお荷物だ。こんなことになるなら、目玉をひとつ、九尾に供物として差し出したほうがずっとよかったかもしれない。千里はそんなことを考え、自分の行動をひどく悔いていた。

 妖力がこんなに大事なものだったなんて、知らなかった……。なくなっちゃえば楽になれるかもしれないって思ったのに……。

 今も、体にはうまく力が入らない。ある程度は回復したようだが、きっと以前のようには戻らないのだろう。体も手足も、その末端も、なぜだかひどく冷えている。

 妖力を吸い取られるということは、半妖にとって、血を抜かれるようなものだ。そう言ったのは、衛人だった。言われてみれば、その通りだった。どうして、そんなことがすぐわからなかったのだろう。千里はほとほと、自分の情けなさを痛感していた。

「僕は、本当にだめだな……」

 千里はそんなひとり言を呟き、夜空を見上げた。さっきまで、星が瞬いていた空は今、少しずつ白んできているようだ。夜明けが近いのだろう。だが、まだ。衛人は戻ってきていない。

「衛人さん……」

 もう何十回――いや、ひょっとしたら、このひと晩で、百回は衛人の名を呟いたかもしれない。そう思った時だった。家の入口に、ちらちらと光る懐中電灯の光を見つけて、千里はハッと目をみはる。

「衛人さん……」
「千里ー!」

 衛人の声だ。まるで、か細い声で呼んだ千里の声にこたえたかのように、その声は千里の名を呼んだ。千里は慌てて立ち上がり、彼のそばへ駆け出そうとする。だが、ふらりと体がよろけてしまって、思うように動けなかった。千里はよろけながら、再び縁側にぺたんと座り込むしかない。

「衛人さん……」

 せっかく、衛人が駆けてくるのが見えたのに、視界がぼやけてしまう。目の周りがかあっと熱を持ち、まつ毛が濡れた。彼のもとへ今すぐ走っていきたいのに、できない。それがひどく悲しかった。ところが――。

「千里ーーーっ! やったぞ!」
「衛人さん……」

 衛人は縁側へ駆けてきて、千里をぎゅうっと抱きしめてくれた。その温もりと、彼の体温に安堵あんどして、濡れた目元からは、たちまちに涙が溢れてしまった。

「衛人さん……、衛人さん!」
「千里、ただいま」
「おかえりなさい……!」
「もう大丈夫だぞ。ちゃんと取り戻してきたからな」
「え……?」
「ちょっと待ってろ」

 そう言うと、衛人は背負っていたかごを下ろし、その中から、タオルに包んだものをそっと取り出した。その中には、紫色の光を放つ球体がある。

「これ……」
「九尾さまが返してくれた。千里の妖力だよ」

 千里が妖力の玉を受け取ると、それには人肌のような温かさがあった。千里は妖力の玉を胸にぎゅうっと抱きしめる。すると、妖力の玉は一瞬にして弾け、無数の光の粒子となって、千里を包み込んだ。光は瞬く間に体じゅうをおおっていく。だが、その光は千里の体に染み込んでいくようにして、徐々に消えていった。

「あ……、なんだか……」

 光が消えたあと、たちまち千里は体の変化を感じた。さっきまでのだるさや重さは一瞬にしてなくなり、重力が急激に軽くなったような感覚を得る。千里は一度、深呼吸をした。

「どうだ……?」

 その様子を見ながら、衛人は心配そうにたずねる。試しに手や足を握ったり、開いたりしてみるが、千里の体はすっかり本調子を取り戻していた。
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