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06-1. オークの苦悶 1
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異世界で初めて迎える、夜。
(うう、寒い……。寒いしそれに、体が痛い)
床に敷かれた薄い布地の上で、ユキナはもぞもぞと寝返りを打った。
パジャマどころか着替えもないので、身に着けているのはスーツとコートだ。窮屈(きゅうくつ)でたまらないが、寒くて脱ぐこともできない。その上、寝転んでいるのは硬い床の上だ。体がゴツゴツ当たって痛い。寝返りすら苦痛だ。ユキナはいつものベッドを恋しく思った。野宿を免れただけでも御の字とはいえ、寝心地が悪くて仕方ない。
隣で寝ているオークをチラリとみると、彼は床に直(じか)に寝転んでいる。どうやらこの薄い敷き布は、一枚しかないらしい。しかも、ユキナに貸してくれたブランケットも一枚しかないらしく、オークは掛け布すらない。一組しかない寝具らしきものを、オークはユキナのために譲ってくれたのだ。
(ああ……申し訳ないなぁ……。せっかくの厚意なのに……俺にはこれだけでは足りなくて……まったく眠れない……うう……寒い……寒い……。……あっ、そうだ!)
ユキナはストールと手袋を持っていたことを思い出し、収納空間を覗いて取り出した。隣で寝ているオークを起こさないようにそっとストールを広げ、体にかける。続いて手袋をはめようとしたその時、オークが「うう……」と唸り出した。
(え、やば、起こしちゃったか? 音を立てないようにしてたんだけど……)
ユキナは上半身を起こして、そっとオークを見守った。カーテンの無い簡素な窓から、外の月明かりがこぼれ落ちている。ぼんやりと照らし出された室内で、オークはギュッと目を閉じたまま、苦悶(くもん)の表情を浮かべていた。
「うう、やめろ、やめるんだ、ううっ、うううっ!」
どうやら悪夢でも見ているらしく、オークは泣きながら、胸を掻(か)きむしり始めた。
(えっ、どうしよ、これ、起こすべき? 起こしてあげた方が、いい感じ? それとも、そっとしておく方がいいのか⁈ わからない、どうしよう!)
ユキナがそうやってオロオロしていると、オークは突然、ガバっと上体を起こした――「やめろーっ!」と大音量で叫びながら。
「ヒッ!」
「‼」
カッと見開かれたオークの目が、ギラリと赤い光を放ち、ユキナに向けられる。その眼差しに射貫かれたユキナは、金縛りにあったように身動きが取れなくなった。
しかし次の瞬間には、オークはハッと我に返ってユキナから目をそらした。そして涙で濡れた頬を拭(ぬぐ)い、荒い息の合間から声を絞り出す。
「……ユキナ、すまなかった。びっくりさせたな。俺は……俺は、何か言っていたか?」
「あ……えと……、『やめろーっ』て、言ってました。あ、あ、あの、悪い夢でも、見てたんですか?」
「そうだ、悪い夢を見ていた。驚かせてしまって、すまない、すまない……本当に、すまなかった……。眠りを妨げてしまって、本当にすまない……」
「……あ、いや、そんな、謝らないでください。俺、起きてたんで。眠れなくて……」
「そうか。……そうだな。眠れないのも当然だ。隣に、俺のような醜い怪物が、いるのでは……」
「違います、オークさんは何も悪くないんです! 寒くて眠れなかっただけで、あっ!」
ユキナは思わず吐露(とろ)してしまったことを悔やみながら、正座をしてオークに頭を下げた。
「すみません、ごめんなさい、せっかく、敷き布とブランケットを俺に貸してくれたのに……」
オークは言葉をなくし、涙で濡れた目でしばらくユキナを見つめていた。明らかにショックを受けているようだ。ややあって、彼は小さく息を吐き出し口を開いた。
「そうか……そうだったな……人間は、この気温でもう、寒いと感じるのだった。忘れていた、すまない……すまない……」
オークは部屋の隅に向かうと、木箱の中からありったけの衣類を取り出して戻ってきた。
「これをかぶるといい。冬用の毛織物だ」
「あ、ありがとうございます」
衣類を受け取ったユキナの手が、オークの肌に冷やりと触れる。オークはハッとして、悲しそうに顔を歪めた。
「ああ、こんなに冷え切って……。気が付かなくて、本当にすまないことをした。許してくれ、おまえを苦しめるつもりはなかったのだ、許してくれ……」
オークはユキナの手を温めようと、その大きな手ですっぽり包んだ。
(うう、寒い……。寒いしそれに、体が痛い)
床に敷かれた薄い布地の上で、ユキナはもぞもぞと寝返りを打った。
パジャマどころか着替えもないので、身に着けているのはスーツとコートだ。窮屈(きゅうくつ)でたまらないが、寒くて脱ぐこともできない。その上、寝転んでいるのは硬い床の上だ。体がゴツゴツ当たって痛い。寝返りすら苦痛だ。ユキナはいつものベッドを恋しく思った。野宿を免れただけでも御の字とはいえ、寝心地が悪くて仕方ない。
隣で寝ているオークをチラリとみると、彼は床に直(じか)に寝転んでいる。どうやらこの薄い敷き布は、一枚しかないらしい。しかも、ユキナに貸してくれたブランケットも一枚しかないらしく、オークは掛け布すらない。一組しかない寝具らしきものを、オークはユキナのために譲ってくれたのだ。
(ああ……申し訳ないなぁ……。せっかくの厚意なのに……俺にはこれだけでは足りなくて……まったく眠れない……うう……寒い……寒い……。……あっ、そうだ!)
ユキナはストールと手袋を持っていたことを思い出し、収納空間を覗いて取り出した。隣で寝ているオークを起こさないようにそっとストールを広げ、体にかける。続いて手袋をはめようとしたその時、オークが「うう……」と唸り出した。
(え、やば、起こしちゃったか? 音を立てないようにしてたんだけど……)
ユキナは上半身を起こして、そっとオークを見守った。カーテンの無い簡素な窓から、外の月明かりがこぼれ落ちている。ぼんやりと照らし出された室内で、オークはギュッと目を閉じたまま、苦悶(くもん)の表情を浮かべていた。
「うう、やめろ、やめるんだ、ううっ、うううっ!」
どうやら悪夢でも見ているらしく、オークは泣きながら、胸を掻(か)きむしり始めた。
(えっ、どうしよ、これ、起こすべき? 起こしてあげた方が、いい感じ? それとも、そっとしておく方がいいのか⁈ わからない、どうしよう!)
ユキナがそうやってオロオロしていると、オークは突然、ガバっと上体を起こした――「やめろーっ!」と大音量で叫びながら。
「ヒッ!」
「‼」
カッと見開かれたオークの目が、ギラリと赤い光を放ち、ユキナに向けられる。その眼差しに射貫かれたユキナは、金縛りにあったように身動きが取れなくなった。
しかし次の瞬間には、オークはハッと我に返ってユキナから目をそらした。そして涙で濡れた頬を拭(ぬぐ)い、荒い息の合間から声を絞り出す。
「……ユキナ、すまなかった。びっくりさせたな。俺は……俺は、何か言っていたか?」
「あ……えと……、『やめろーっ』て、言ってました。あ、あ、あの、悪い夢でも、見てたんですか?」
「そうだ、悪い夢を見ていた。驚かせてしまって、すまない、すまない……本当に、すまなかった……。眠りを妨げてしまって、本当にすまない……」
「……あ、いや、そんな、謝らないでください。俺、起きてたんで。眠れなくて……」
「そうか。……そうだな。眠れないのも当然だ。隣に、俺のような醜い怪物が、いるのでは……」
「違います、オークさんは何も悪くないんです! 寒くて眠れなかっただけで、あっ!」
ユキナは思わず吐露(とろ)してしまったことを悔やみながら、正座をしてオークに頭を下げた。
「すみません、ごめんなさい、せっかく、敷き布とブランケットを俺に貸してくれたのに……」
オークは言葉をなくし、涙で濡れた目でしばらくユキナを見つめていた。明らかにショックを受けているようだ。ややあって、彼は小さく息を吐き出し口を開いた。
「そうか……そうだったな……人間は、この気温でもう、寒いと感じるのだった。忘れていた、すまない……すまない……」
オークは部屋の隅に向かうと、木箱の中からありったけの衣類を取り出して戻ってきた。
「これをかぶるといい。冬用の毛織物だ」
「あ、ありがとうございます」
衣類を受け取ったユキナの手が、オークの肌に冷やりと触れる。オークはハッとして、悲しそうに顔を歪めた。
「ああ、こんなに冷え切って……。気が付かなくて、本当にすまないことをした。許してくれ、おまえを苦しめるつもりはなかったのだ、許してくれ……」
オークはユキナの手を温めようと、その大きな手ですっぽり包んだ。
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