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彼氏と彼女
想定外のその先で_2
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すぐに定時のチャイムが鳴り、流れに乗って大半の人間が帰っていく。
(あ。今日定時退社日じゃん……?)
ゆっくりと帰り支度を先にして、そのあとに備品のまとめられた倉庫へ向かおうと思っていたゆあは、とっくに半数以上の人間がいなくなった部屋を見て気が付いた。
(……やだ、私もすぐに帰りたいところだけど……)
ほとんどの場所でカードキーでのキーロックを採用しているため、誰が最期に残っても施錠は問題ない。だが、誰もいなくなったオフィスは少し怖い気がして、ゆあは一人最後に残って仕事をするのは今まで裂けていた。定時退社日はすぐに帰っていたし、普段の残業時も誰かと同じタイミングか、自分が一番最後にならないようにして席を立っている。いくら守衛が常駐しているとはいえ、人がいなくて電機の消えたフロアの、ひやっとした空気と静まり返った中にかすかに聞こえる空調や電子音が、ゆあは苦手なのだ。
(多分、同じように明日の会議の準備してる人がそれなりに残ってるよね? 大丈夫だよね? あぁ、早く帰りたい……!)
まだ人がいることを部屋の人間に伝えるために、荷物は残してゆあは倉庫へと向かった。部屋に戻った時に真っ暗な中荷物を取りに行くのは怖いし避けたいという気持ちからだ。
カツカツと低いヒールの音を立てて、階段を下りていく。多少なりとも運動をしなければという気持ちから、可能な限りオフィス内の移動は階段を使用している。特に座りっぱなしになってしまうデスクワークでは、貴重な身体を動かすタイミングだった。
「……あ。しまった。スマホも一緒に置いてきちゃったや」
スカートのポケットにスマホが入っていないことに気が付き、一瞬考えるもそのまま倉庫へと向かった。
(別に良いよね、ずっといるわけでもないし。ハルトさんには、戻ってから連絡入れようかな? 彼はきっと、今日は遅くまで仕事していそうだし)
定時退社日も、社長には関係ないのかもしれない。なんてことを考えながら、ゆあはカードキーで電子ロックを解除すると、倉庫の中へと足を踏み入れた。
「……けほ、けほっ……うー、ちょっと埃っぽい……」
倉庫の外とは明るさの違う照明に照らされて、少し空気が埃で白んで見えた。沢山並んだ棚の中に、綺麗にファイルや段ボールが整列している。
「……誰だ?」
「えっ、はっ、えっ?」
自分一人しかいないと思っていたところに、男性の声がした。そういえば、明かりをつけずとも既についていたのだ。消し忘れでなければ、誰かいてもおかしくない。
「――ゆあ?」
「ハ、ハルトさん!?」
「どうしてこんなところに?」
「あ、えっと、実は明日のための資料を探しに来たの」
「明日の資料? なんのだ?」
「えっ? 明日、本社社長が会議の後に内偵を行うから、人事総務の資料が揃っているか確認しておいてほしいって言われたの……」
「誰に? 会議が終わったらそのあとは父……あぁ、社長の希望で何名か見繕って飲み会だぞ?」
「え、嘘……」
「私もなにも聞いていないし、そもそも既にお店の予約もしている。社内でなにかするような時間は残っていない」
「それじゃあ、なんのために……どうして……」
「……問題があれば、私のほうから社長には言っておく。この後暇なら、少し整理を手伝ってもらえないか?」
「構いませんよ。……でも、ハルトさん自らやるんですか?」
「自分の目でも見ておかないと、人の評価は信用できないタチでね。せっかくだから、その、ゆあに作業を依頼した人間の評価も見ておこうか。名前は?」
「え、っと。【春川木乃美-はるかわこのみ-】さん、です」
「ありがとう」
「はい。……あ、あの」
「なんだ?」
「普段のハルトさんに、戻っていただいても……? あ、でも、社内ですもんね、良くないですよね」
「……こっちの僕は嫌い?」
「そ、そんなことはありません! 大好きです!」
「あはは、それなら良かった」
「ちょっと、ちょっとだけ、緊張してしまって」
「……それもそうだね。2人の時は、極力こうするよ」
「お願いします……」
「この状態なら、ゆあも敬語はなし、ね?」
「……うん」
仕事モードに変わりはないかもしれないが、ハルトの張り詰めた表情から柔らかい笑みがふっと零れた。
(お仕事モードのハルトさんも、プライベートのハルトさんも大好きです……!)
付き合い始めてから二週間。まだデートらしいデートはできていなかった。休日前にハルトがゆあの家に行き、ともに時間を過ごすことはあったものの、一緒に出掛けるということはまだできていなかった。
忙しい中でも時間を見つけては連絡をくれるハルトに、ゆあは自分は大事にされていると感じていた。今まで付き合ってきた男性は、自分が連絡を入れないと何日も連絡のないままだったり、相手の家かホテルに行ってセックスして帰るなんてこともザラだった。もっと一緒に趣味や好きなことをしたり、出かけて感想を言いあったりしたいと思ってたゆあにとっては、それは非常に物足りなく、同時に自分は必要ないのでは? とも思っていた。友達に恋バナとして話してみれば『それは都合の良い女なのでは?』と言われたり『別れたほうが良いんじゃない?』と言われたことだって多々ある。
(あ。今日定時退社日じゃん……?)
ゆっくりと帰り支度を先にして、そのあとに備品のまとめられた倉庫へ向かおうと思っていたゆあは、とっくに半数以上の人間がいなくなった部屋を見て気が付いた。
(……やだ、私もすぐに帰りたいところだけど……)
ほとんどの場所でカードキーでのキーロックを採用しているため、誰が最期に残っても施錠は問題ない。だが、誰もいなくなったオフィスは少し怖い気がして、ゆあは一人最後に残って仕事をするのは今まで裂けていた。定時退社日はすぐに帰っていたし、普段の残業時も誰かと同じタイミングか、自分が一番最後にならないようにして席を立っている。いくら守衛が常駐しているとはいえ、人がいなくて電機の消えたフロアの、ひやっとした空気と静まり返った中にかすかに聞こえる空調や電子音が、ゆあは苦手なのだ。
(多分、同じように明日の会議の準備してる人がそれなりに残ってるよね? 大丈夫だよね? あぁ、早く帰りたい……!)
まだ人がいることを部屋の人間に伝えるために、荷物は残してゆあは倉庫へと向かった。部屋に戻った時に真っ暗な中荷物を取りに行くのは怖いし避けたいという気持ちからだ。
カツカツと低いヒールの音を立てて、階段を下りていく。多少なりとも運動をしなければという気持ちから、可能な限りオフィス内の移動は階段を使用している。特に座りっぱなしになってしまうデスクワークでは、貴重な身体を動かすタイミングだった。
「……あ。しまった。スマホも一緒に置いてきちゃったや」
スカートのポケットにスマホが入っていないことに気が付き、一瞬考えるもそのまま倉庫へと向かった。
(別に良いよね、ずっといるわけでもないし。ハルトさんには、戻ってから連絡入れようかな? 彼はきっと、今日は遅くまで仕事していそうだし)
定時退社日も、社長には関係ないのかもしれない。なんてことを考えながら、ゆあはカードキーで電子ロックを解除すると、倉庫の中へと足を踏み入れた。
「……けほ、けほっ……うー、ちょっと埃っぽい……」
倉庫の外とは明るさの違う照明に照らされて、少し空気が埃で白んで見えた。沢山並んだ棚の中に、綺麗にファイルや段ボールが整列している。
「……誰だ?」
「えっ、はっ、えっ?」
自分一人しかいないと思っていたところに、男性の声がした。そういえば、明かりをつけずとも既についていたのだ。消し忘れでなければ、誰かいてもおかしくない。
「――ゆあ?」
「ハ、ハルトさん!?」
「どうしてこんなところに?」
「あ、えっと、実は明日のための資料を探しに来たの」
「明日の資料? なんのだ?」
「えっ? 明日、本社社長が会議の後に内偵を行うから、人事総務の資料が揃っているか確認しておいてほしいって言われたの……」
「誰に? 会議が終わったらそのあとは父……あぁ、社長の希望で何名か見繕って飲み会だぞ?」
「え、嘘……」
「私もなにも聞いていないし、そもそも既にお店の予約もしている。社内でなにかするような時間は残っていない」
「それじゃあ、なんのために……どうして……」
「……問題があれば、私のほうから社長には言っておく。この後暇なら、少し整理を手伝ってもらえないか?」
「構いませんよ。……でも、ハルトさん自らやるんですか?」
「自分の目でも見ておかないと、人の評価は信用できないタチでね。せっかくだから、その、ゆあに作業を依頼した人間の評価も見ておこうか。名前は?」
「え、っと。【春川木乃美-はるかわこのみ-】さん、です」
「ありがとう」
「はい。……あ、あの」
「なんだ?」
「普段のハルトさんに、戻っていただいても……? あ、でも、社内ですもんね、良くないですよね」
「……こっちの僕は嫌い?」
「そ、そんなことはありません! 大好きです!」
「あはは、それなら良かった」
「ちょっと、ちょっとだけ、緊張してしまって」
「……それもそうだね。2人の時は、極力こうするよ」
「お願いします……」
「この状態なら、ゆあも敬語はなし、ね?」
「……うん」
仕事モードに変わりはないかもしれないが、ハルトの張り詰めた表情から柔らかい笑みがふっと零れた。
(お仕事モードのハルトさんも、プライベートのハルトさんも大好きです……!)
付き合い始めてから二週間。まだデートらしいデートはできていなかった。休日前にハルトがゆあの家に行き、ともに時間を過ごすことはあったものの、一緒に出掛けるということはまだできていなかった。
忙しい中でも時間を見つけては連絡をくれるハルトに、ゆあは自分は大事にされていると感じていた。今まで付き合ってきた男性は、自分が連絡を入れないと何日も連絡のないままだったり、相手の家かホテルに行ってセックスして帰るなんてこともザラだった。もっと一緒に趣味や好きなことをしたり、出かけて感想を言いあったりしたいと思ってたゆあにとっては、それは非常に物足りなく、同時に自分は必要ないのでは? とも思っていた。友達に恋バナとして話してみれば『それは都合の良い女なのでは?』と言われたり『別れたほうが良いんじゃない?』と言われたことだって多々ある。
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