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第六話 少女と狼犬
25、
しおりを挟む「うあああ!痛い痛い痛い!痛いぃぃっ!私の腕、手が、いぎいいいいっ!!」
ボタボタと流れ落ちる血が、確実に体力を奪っていった。それでも叫ぶのをやめれないのは痛みがそれだけ激しい事を物語る。背後から真里亜がギュウギュウと力任せに抱きつくことによって、より痛みを増幅させていた。
「放せ化け物!放せええっ!!」
痛みで気がおかしくなりそうになりながら暴れるも、けして真里亜は放さない。
その眼前では引きちぎって奪った腕を、自分の無い腕の場所につけようとする──化け物が居た。
が、当然その手が付く事はない。
更に近付く他の化け物たち。
「ああ、俺も足が欲しい」
「私は舌が」
「俺は耳が欲しい」
俺も
私も
そう言いながら、化け物がどんどん群がって来た。その先にあるものは容易に想像がついて──
バッと向けられた目には、救いを求める光が浮かんでいた。
「里亜奈!!」
その言葉に、ピクンと肩が揺れる少女。金髪の少女。
それまで傍観していた少女が、目を向けた。冷たい目が向く。
「里亜奈!お前は里亜奈なのだろう?そうなのだろう!?」
「──だったら、どうだと?」
「私を助けろ!!」
何を言うのかと思えば。
滑稽な申し出に、少女は鼻で笑う。
「なぜ私が?」
「なぜだと!?お前は私の娘だろうが!娘ならば父を助けるのは当然だ!助けろ!すぐに私を助けろおおお!!」
その言葉に弾けたように少女が笑い出した。おかしくて仕方ないように、体をくの字に曲げながら。お腹を抱えて。
「あっはっは!おっかしい!どうして私が!?どうしてお前を!?助ける義務が何処に!?」
ああおかしい。こんなに笑える冗談はない。
少女は笑い続けた。涙を浮かべる程に。きっと生まれてこの方、これほどまでに笑った事はないと言うくらいに……!!
笑って笑って。
ようやくどうにか笑いを収めた頃には、少女の隣に何処からともなく少年が立って居た。
「正人──?」
驚いてその名を呼ぶ。
それは確かに見習いの少年の顔だった。──その目が金色に光っている事を除いては。
たしか正人は里亜奈と仲が良かったはず。
合点がいった。
そして確信する。
あれはやはり里亜奈であると。
何がどうなってあのような姿をしているのか分からないが、確かに里亜奈であるのだ。
「正人!どうかお前からも里亜奈に言ってやってくれ!お前の主人は私だろう!?私を助けるように里亜奈に……!!」
「ぼく、の主、は、正人、と里亜奈様、だけ」
だが期待した返答は少年から無かった。あったのはたどたどしく、理解不能なものだった。
「何を言って……正人?」
ジッと見つめて来る金の瞳。それを訝し気に見返す。
「正人?……正人、だろう?」
不意に不安が襲い、確認の問いをかけた。だが肯定も否定も返っては来なかった。
「彼はリュートですよ、お父様」
代わりに答えたのは隣の少女。金髪の美少女だった。そしてやはり『お父様』と、その口は確かに呼ぶのだった。
「──!!やはり里亜奈だな!?何がどうなったのか分からないが、お前は里亜奈だな!?では私を助けろ!」
「ですからその義理も義務もありません」
「だが私を父と呼んだだろうが!!」
「……貴方は私に何をしてくれましたか?」
どんどん周囲に化け物が群がる中で、なぜあの二人の側には誰も行かないのか。
その疑問を隅に抱えながら、一向に話が進まない事に苛立ちを感じる。
「何をだと!?私はお前の父だ!お前が今まで生きてこれたのは誰のおかげだと思ってるのだ!」
「誰のおかげ……ふふ、まあ確かに」
「ならば!!」
「ですが与えられたものは恩恵だけではありませんでしたよ、お父様」
「なんだと?」
眉をひそめると、少女もまた眉をしかめた。さも嫌そうに。
「貴方が私に与えて下さったもの。痛み、苦しみ、飢え、乾き……本当に辛かったのですよ?」
「──それは!お前が醜いのが悪いのだ!!」
吐き捨てるように言えば、ますますその眉根はひそめられた。醜い物を見るような蔑む目を向けられる。
「なんだその目は!お前が全て悪いのだ!母のように美しく生まれてこれなかったくせに!お前のような醜い娘は捨てても良かったのだぞ!?それを情け深くも屋敷に住まわせてやっていたのだ!感謝されても恨まれる筋合いは無い!」
「それが……父親の、言葉ですか……?」
吐き捨てるように言えば、絞り出すような低い声が返される。
「それが貴方の本音。分かっていても、改めて言われると怒りしか感じない。なんて愚かで……呪わしい……」
「ふん!私は全て正しい!私こそが正しいのだ!だが今のお前なら受け入れてやってもいいぞ!あの母の美しさとは全くの別物だが……それでも私の娘としてやってもいい!欲しい物を与え腹いっぱい美味い物を食わせてやる!だから助けろ!私を助けろっ!!!!」
言葉通りに血を吐くような叫び。
それを聞いた瞬間、その場に充満した気配は。
少女が放った気は──
殺気、だった。
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