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第3話
3-13、
私が手にした物を目にして、全員が沈黙する。
「これは……」
「ぬいぐるみ、ですね」
呟くように言葉を発した私に、トトが続ける。
そう、ぬいぐるみ。それは白くて耳の長い、ウサギのぬいぐるみ。女の子設定なのか、可愛いピンクのフリルがついた服を着ている。
私が幼い子供だったならば、目を輝かせて『可愛い!』と叫んで欲しがったことだろう。
だが大人になった今は、何も思わない。
「可愛い……」
標準女子である愛美さんは、素直に感想を口にした。まあ普通はそうだろう。
ウサギのぬいぐるみは特に何かしらの特徴があるわけでもなく、可愛いとしか感想が出ない代物。
だがあまりに違和感がありすぎる。
「どうしてこんなものが、信雄さんのカバンに……?」
言って思い出す。
「あ、これ、愛美さんの部屋……愛美さんのお母さんの部屋にあったものだ」
そうだ、思い出した。
私と愛美さんが泊まった部屋、美香さんの部屋には大量のぬいぐるみが整頓されて置かれていた。その中にこのぬいぐるみがあったことを、記憶を引っ張り出して思い出す。
「え?てことはこれ、ママの?」
「そうなりますね」
「なんで?」
「私に聞かれましても……」
私と愛美さんの問答、のち二人して首を傾げる。
一体このぬいぐるみに、どんな意味があるのだろう?
そもそもこれは、信雄さんが美香さんの部屋から取ってきたものなのだろうか?
それとも……?
「よく分からないので、戻しておきましょうか」
もしかしたら記憶違いで、これは美香さんの部屋にあったものではないかもしれない。信雄さんが、もしかしたら娘さん(が居るのか知らないけど)か誰かにプレゼントしようとして持っていたのかも。
「携帯……は見当たらない、か」
一通りカバンを見てから、室内をもう一度チェック。結果、信雄さんの携帯が無いことが分かった。
現代において、社会人が携帯を持っていないのは明らかにおかしい。
それに私だけでなく、他の人も信雄さんが携帯を持っているのを見ている。昨夜の夕飯前だったか、奥さんにメッセージを送るのを見たから。
『さすがに一週間帰れないとなると、妻が心配するだろうから』
そう苦笑を浮かべて言ってたっけ。奥さんを大事にしてるんだなと思ったものだ。
ひょっとして、ぬいぐるみは奥さんへのお土産?
いやでも、実家に帰省したときのお土産にぬいぐるみなんて、さすがに変よねえ。
「とりあえず、こんなとこかな。これ以上の収穫は無さそうだし、一旦部屋に戻りましょう」
私の言葉に三人が頷く。
愛美さんもようやく落ち着いたようで、顔色は少しマシになっている。
といっても、あえて信雄さんの遺体がある方を見ないようにしていたから、ギリギリの精神状態に変わりないだろうが。
部屋を出る時、チラリともう一度室内に視線を向ける。白い息を吐く。
本来なら暖房をつける寒さだが、遺体があるのだからそうも出来ない。
捜査に集中していて忘れていた寒さが戻ってきて、私はブルリと体を震わせた。
「どう思います?やはりあの脅迫状が関係してるんでしょうか?」
美香さんの部屋に戻ると、昼食が用意されていた。もうそんな時間か。
さすがにあんなことがあったからか、食堂で全員揃って食事……とはならない。
私たち四人分の食事を前にやっぱり愛美さんは食欲が湧かないらしく、デザートのフルーツだけ食べてまたベッドの上へ。今度は横たわって目を閉じている。
そういえば朝早くに目が覚めたんだっけ。寝不足だよねえ。
空腹は感じなくとも睡魔には勝てないとみえる。
ややあってクウクウと寝息を立てる彼女を起こさないように、私たち三人はヒソヒソ話しながら食事を続けた。
「そうそう和久さん、脅迫状といえば、高雄さんは知らないみたいでしたよ。つまり高雄さんは受け取ってない」
「祖父の実子はともかく、孫である僕らは邪魔だからと伯父が出して来たのかもしれませんね」
「どうですかね、たしかに高雄さんや美芽衣さんはそういったこと、してきそうですけど」
パクリとよく分からない料理を口に運ぶ。よく分からないけど、美味しいことだけは分かる。
「たまにはこんな高級料理も悪くないわね」
「頻繁に食べられるように、お仕事頑張ってください」
「たまにだからいいのよ」
探偵業が繁盛するって、それは良いことなのだろうか。いや繁盛してもらわないと生活が困るけどさ。
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