8 / 42
第一章 戻る時間
4、
しおりを挟む当面の課題は、お祖父様の病の原因を究明し、延命させること。お祖父様の亡くなられた年齢は、平均寿命よりもかなり短い。頑張って長生きしてもらえれば、父を筆頭とする愚かな領土支配はまぬがれるのだから。
考えにふけっていたが、メイド達の掃除する音にようやく我に返る。
打開策は思いつかないものの、何をすべきか理解し、私は自室へ戻ろうと祖父の部屋を出た。
戻る途中──会いたくもない奴に会ってしまったけれど。
「あら、お姉様」
義理の妹、ミリスである。
美しい金の髪を一つにまとめて、見かけた私へと駆け寄って来た。返事もしてないし呼んでもいないのだけれど。
「大丈夫でした? 大変でしたわね。それにしても、今日は仕置きが終わるの、早くありませんか?」
大丈夫かって?
大変だったなって?
早かっただと?
お前が言うな!
この娘は、誰のせいで閉じ込められたか理解出来てるのだろうか?
イラッとしたので、その感情のままにギロリと睨みつけたら「ひっ……」と小さな悲鳴を上げて後ずさった。そうよ、不必要に近づかないで頂戴、不愉快だわ。
「ミリス」
「は、はい?」
このまま無言で立ち去っても良かったのだけれど、いい加減何かを言っても良いと思う。そうして私は睨みながら口を開いた。
「お祖父様の壺を割ったのは自分であること、ちゃんと正直に言ってきなさい」
今お祖父様は機嫌が良い。きっと大した罰は受けないだろう。
それが分かってるから言った、私の一応の温情。
だが、そんな事は分からないミリスは、みるみるうちに目に涙を溜め……そして頬を濡らすのだった。
「酷いわお姉様! 私がお祖父様にお仕置きされても良いのですか!?」
何を言ってるのだお前は。
ではお前は、私が罰を受けるのは良いと思ってるの?
そう言おうとしたのだけれど、それより早く登場した人物に私は内心ため息をついた。
「ミリス!? どうしたんだ、リリアに虐められたのか?」
「お兄様! お姉様が……お姉様が酷い事を言うのです!」
「リリア! お前はどうしてそんな酷い事が出来るんだ!?」
笑ってもいいでしょうか?
大声で笑ってもいいかしら?
私は兄に冷たい目を向けながら、心の中で呟いた。
お前は私とミリスの会話を聞いていたのか?
聞いてないなら……
「お兄様は引っ込んでてください。これは私とミリスの問題です」
「そんなわけないだろう! 俺はお前たちの兄だ! 妹のミリスを虐めるお前を放っておけるはずがないだろう!?」
だからお前は何を見たのだ!?
怒りで頭がおかしくなりそうになるのに、逆に頭が冷えるのが不思議だ。
かつては兄に言い返す私も居た。
だが何度も人生をループした私は、もうそんなことをしない。それは愚行だ。兄に言い返せば、もれなく両親のどちらか……へたすれば両方が出てきて、私が責められるのだから。
冷静になれ。自分に言い聞かせる。
冷静になると、気になることが出てきた。そういえば、とふと思ったのだ。
「そういえばお兄様」
「な、何だ……」
自分でも分かるくらいに冷たい目、冷え切った声で兄を呼べば、11歳の兄はビクッと体を震わせた。
「ミリスが割った壺、私のせいにしましたよね? おかげでお祖父様に怒られたではありませんか。私に謝ってください」
「そ、それがどうした!? 姉なら大事な妹の罪をかぶるくらいのことをして当然……!!」
「当然? ではお兄様がミリスの罪をかぶれば良かったではありませんか」
そうすれば、後継者である兄に、祖父はそれほど酷いことはしない。一番平和的解決が望める方法。
だというのに、兄は私を犠牲にするのが当然だと言ってのける。
「兄である貴方は何をしたんですか? 妹が大事? 私もあなたの妹なのですが? 兄である貴方は私を庇うどころか、私を犠牲にしましたよね?」
「そ、それは……」
所詮は11歳の子供。何度もループして、精神年齢はすっかり大人になってる私の気迫に勝てるわけもない。
ジリと近づく私に対し、兄は涙目になりながらジリと後退する。
だが逃がさない。
素早く手を伸ばした私は──
ガッ!!
その胸倉を掴んだ!
「お兄様!」
「うぐ!?」
ミリスと兄の悲鳴が廊下に響き渡るが、私は気にせずグッとそんな兄に顔を近づけた。鼻と鼻の距離5センチ。
闇より黒くて恐ろしいと言われた瞳で、兄の春の葉のような緑の瞳を睨みつける。
「ひ──」
なんと間抜けな兄。弱い兄。
こんな奴にいいようにされてたのかと思えば、情けなくなってくる。
「次、同じ事をしたら容赦しない」
「──!?」
ボソリと低い声で呟き、私は思い切り兄を突き飛ばした。
「うあ!!」
情けない声を出して床に転がる兄。
私はそれを冷たく見下ろし、無言でその場を立ち去るのだった。
背後から聞こえる声はない。
174
あなたにおすすめの小説
【完結】消えた姉の婚約者と結婚しました。愛し愛されたかったけどどうやら無理みたいです
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベアトリーチェは消えた姉の代わりに、姉の婚約者だった公爵家の子息ランスロットと結婚した。
夫とは愛し愛されたいと夢みていたベアトリーチェだったが、夫を見ていてやっぱり無理かもと思いはじめている。
ベアトリーチェはランスロットと愛し愛される夫婦になることを諦め、楽しい次期公爵夫人生活を過ごそうと決めた。
一方夫のランスロットは……。
作者の頭の中の異世界が舞台の緩い設定のお話です。
ご都合主義です。
以前公開していた『政略結婚して次期侯爵夫人になりました。愛し愛されたかったのにどうやら無理みたいです』の改訂版です。少し内容を変更して書き直しています。前のを読んだ方にも楽しんでいただけると嬉しいです。
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
私は本当に望まれているのですか?
まるねこ
恋愛
この日は辺境伯家の令嬢ジネット・ベルジエは、親友である公爵令嬢マリーズの招待を受け、久々に領地を離れてお茶会に参加していた。
穏やかな社交の場―になるはずだったその日、突然、会場のど真ん中でジネットは公開プロポーズをされる。
「君の神秘的な美しさに心を奪われた。どうか、私の伴侶に……」
果たしてこの出会いは、運命の始まりなのか、それとも――?
感想欄…やっぱり開けました!
Copyright©︎2025-まるねこ
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう
おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。
本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。
初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。
翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス……
(※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。
だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。
もしかして、婚約破棄⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる