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第一章 戻る時間
8、
しおりを挟む時は流れて私は13歳になった。
私は祖父の庇護のもと、平穏な日々を送っていた。と言いたいところだが、少し違う。
確かに家族から肉体的に虐げられることはなくなった。だが精神的なものは止まらなかったのだ。予想通りに。
家族と顔を合わせれば嫌味のオンパレード。
両親は私を見ると舌打ちし、声をかけることもない。存在の無視だ。
「お前のような醜い女が、魔力をうまく使いこなせるわけないだろう?」
14歳の兄は、そう言って失笑する。
容姿と魔力に何の関係があるのかと言い返せば睨まれた。それは妹に向ける目ではない。
「リリアはお姉様じゃないでしょ? 僕の姉はミリス姉様だけだ」
成長し11歳になった弟は、生意気にそう言って私を呼び捨てにする。
「早く魔法を使いこなせるようになればいいですわねえ。そしたらどこか貰い手が現れるかもしれませんよ?」
そう言うのはミリスだ。成長と共に美しさに磨きがかかるミリス。家族の愛情を一身に受けて育った彼女は、とても美しい。──容姿だけは。
彼女はまだ12歳だというのに、縁談話でもちきりらしい。
美しいミリスは、誰からも愛される。誰もが彼女を愛する。
だが、誰あろう彼女こそが最も醜く陰湿な心を持っていることを、誰も知らない。私だけが知っている。
ある日、祖父に命じられて魔力を高める特訓をしていた。10歳の時に魔力が発動してから三年、ようやく自分の中の魔力を感じるようになった。それほどに、魔力を扱うのは難しいのだ。だからこそ、祖父は焦がれてやまない。
魔力を高める集中力を鍛えるため、庭で瞑想していたら、突然雨が降った。いや違う、私の頭上にだけ、水が降って来たのだ。
驚いて目を開けば、「あらごめんあそばせ。汚いゴミが落ちてると思ったので、バケツの水で流そうと思ったんですの」と言って、ニッコリ美しい笑みを浮かべるミリスが目の前に居た。彼女の手には、どこから持って来たのか、メイドが使用する掃除用のバケツが。
ポタポタとバケツから残りの水が滴り落ちる。
ポタポタと私の前髪から臭い水が滴り落ちる。
「うふふ、醜いお姉様には汚い水がお似合いですわね」
そう言って、バケツを放り投げてミリスは去って行った。慌ててメイドにお願いして入浴して身を清めたが、しばらく臭いはとれなかった。
また別の日には、クローゼットの中の服が全てズタズタにされていた。
祖父と共に、祖父の知り合いである魔力に関して詳しい人に話を聞きに、街に出て一日家を空けた時のことだ。
誰か部屋を出入りしたかとメイドに聞けば、ミリス様が出て行かれるのを見ましたという証言を得た。どうせとぼけるだろうと思いつつミリスを問いただせば、「お姉様に似合うようにお直ししてさしあげただけですわ」と、否定することなく言われた。いけしゃあしゃあと……!
けれどそれ以上の被害はない。ぶたれることがないだけで……肉体的な暴力がないだけで、これほどに平穏に思えるとは。このまま、平穏に18歳を迎えることができれば良いのだけれど。
だが時は残酷なもの。私は17歳から10歳に戻れても、それ以前には戻れない。
そして祖父の病は、私が10歳以前から少しずつ進行していた。時が戻った時点で、祖父は既に病魔に蝕まれていたのだ。予防対策はなんら意味がなかったのだ。
それが分かるのは、13歳の時を過ごしてる今。祖父の吐血を目の当たりにした、まさに今である。
「お祖父様!?」
魔力の勉強の成果を見せろと言われたある日、お祖父様の部屋に行くと既に祖父は自身が吐いた血の上に倒れていた。
慌てて医者を呼ぶが、手の施しようがないと言われる。薬で症状を緩和するくらいしかないと。
ショックのあまり、医者の声がどこか遠くから聞こえるようだ。
そんな私の耳に、追い打ちをかける声が聞こえる。
眠る祖父を前に、ニヤニヤ笑う父の声が。
「ふんっざまあみろ。これで俺の時代がやってくる。公爵家はもうすぐ俺のものだ……!」
実の父を心配するでもなく。
既に己の私利私欲のことしか考えない父の発言。
また、繰り返されるの……?
血の気が引くのを感じた。
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