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第三章 これが最後
6、
しおりを挟む祖父が血を吐いて倒れた。その日から公爵邸は大騒ぎだ。
と言っても、家族がバタバタしているのは、祖父が倒れた事に対してではない。
「父はもう駄目だ、私が家督を継ぐ。爵位継承にあたり、王家に文を出せ! まずは国王の承認を得ないとな……どうせ承認されるに決まっているのに面倒なことだ」
父が慌ただしく動く。これまでロクに祖父の仕事を手伝いもしなかったくせに、こんな時だけは仕事が早い。とにかく早く爵位を継承したくて仕方ないのだろう。
──そうしたら、この領土は父の思うがままだから。
「ねえあなた、爵位を継承したらお金は自由に使えるのでしょう? わたくし、ドレスと宝石アクセサリを新調したいですわ」
父にしなだれかかる母。
「ああ構わないさ、好きに買えばいい。なにせ父はとことんケチだったからな、かなり貯め込んでいるだろう。俺も好きに使うさ」
およそ領主となる者の発言とは思えない、父の言葉。もうこの公爵領の未来はこれで決まったというもの。……まあ、何度も見てるから知っているけれど。
「父上、僕も色々欲しい物があります。それに我が領土は広い。別邸を建ててミリスと二人で住みたいのですが」
「かまわんぞアルサン、お前も好きにすればいい。せいぜい豪邸を建てるがいい。ミリス、お前も別邸が建ったら好きにしていいぞ」
「ふふ、ありがとうございます、お父様」
兄と父と義妹の愚かな会話も聞こえる。
祖父が倒れるという慌ただしい中で、ミリスは私に手を出してはこなかった。二人きりにならないよう細心の注意を払っていたのも功を奏したと思われる。
それでもミリスは時折私を攻撃的な目で見るが、それも一瞬。それより大事なことが今はあるのだろう。
「しかし若様、まずは旦那様がどのような施策をされてる途中か、そしてこれから何が必要かをこの領土内を見て回って……」
祖父が信頼を置く老齢の執事が進言するも、「黙れ!」と父は一喝する。
「祖父はもう引退だ、私こそがお前のいうところの『旦那様』だということが理解できてるのか!?」
「し、しかしまだ爵位は……」
「そんなもの、すぐに王家の承認がおりて私のものになる! だがもういい、お前らのように父の息がかかった者は邪魔でしかない、解雇だ! 屋敷内は最低限の使用人だけを残す!」
出た、父の愚策の一つ。側にいる有能な人材を全て切る。残されたのは最低限の使用人のみ。使用人を減らして給金を減らす、父最高で最悪の愚策。
公爵として何をすべきか、どう動くべきか分からないくせに、助言者を全て排除した父の末路は記憶に新しい。いや、これから起こることではあるのだけれど、私にとって未来は過去だ。
「お父様、そんなことをしては屋敷内も領土も立ち行きません!」
どうせ無駄だろうと分かってはいる。だが、進言したという事実が大事だ。
私は父に発言するが、案の定父は「うるさい!」と怒鳴って私を突き飛ばした。
「ならばお前がやればいい! メイドも解雇するゆえ、お前が家のことを全てやれ! いいな、リリア!」
ミリスに魅了魔法がかけられてるとはいえ、これが父の本性なのだろう。魅了はあくまでミリスを愛するもの、魔法のせいで愚策を行なうなんて有り得ない。父は元から愚かな男なのだ。
突き飛ばされたはずみで体を壁にしたたかに打ち付けた。その痛みに動けずにいる私の耳に、笑い声が届く。
クスクスと聞こえるほうを見れば、ミリスと兄が並んで私を嘲笑っていた。
「いいざまだな、リリア。あ、僕の部屋を掃除しといてくれよ」
「うふふ、お姉様がメイドになるんですの? それは素敵ですこと」
血の繋がらない二人だというのに……兄は、血の繋がる私よりもミリスとのほうが良く似ている。本物の兄妹のようだ。
何も言い返せずに痛む腕を押さえて、体をヨロリとふらけさせながら立ち上がる。その時だった。
「これは一体なにごとだ?」
聞き覚えのある声に、私は顔を上げた。
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