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第三章 これが最後
15、
しおりを挟む思えば家族に贈り物をしたことはなかったな。ふと思う。
ではこれが初めての贈り物だ。
美しさを取り戻した私の、綺麗な笑みを家族に向ける。それが一つ目の贈り物。誰だって最期に見る光景は美しいものであって欲しいでしょう?
二つ目の贈り物は、私の言葉と──魔法。
「みんな死んでください」
それが合図。魔法発動の合図となる。私の中の時魔法が家族へと向かうのを感じて、微笑んだ。
「な、なにを……!?」
何が起きてるのか理解してないが、それでも何かヤバイことが起きる気配は感じてるのだろう。キョロキョロと周囲を見回す父、バタバタと手を振って払いのけようとする兄、蒼白な母。だが、何をしたところで意味はない。
「時魔法に抵抗する術はありませんよ」
言って、ミリスの背から手を離してスッと上に上げる。それもまた合図。
それまで黙って動きを止めていた民衆が、ワッと声を上げて動きだした。まるで止まっていた時間が動き出すように。……それは比喩表現ではない。チラリとメルビアスを見れば、彼もまた私を見ていた。微笑めばニヤリと不敵な笑みを返される。
彼の時魔法は、一部の人間の時を止めることが出来るのだ。意図しなければ世界全てが止まるが、意識して使うことによって一部だけを止めることもできる。メルビアスはずっと民衆の時を止めてくれていた。屋敷内に入り込んだ者だけではなく、入りきれなかった屋敷外の、恐ろしいほどの人数の時間を。
それがどれだけの魔力を要するか、この場で説明する必要はないだろう。
父や家族の無能さと強欲によって、貧しい生活、苦しい生活を余儀なくされた民衆の怒りが爆発する。
私は多少動いたが、所詮そんなものは焼け石に水。
痩せこけた大地を前に、食べ物を得ることが出来ず飢え死にした者は大勢いる。
薬さえあれば治る病が、けれど厳しい税の取り立てで金がなく、治療できずに亡くなった。その死者の家族の怨嗟が、私の家族に降り注ぐ。
民の顔は、まるで地獄の鬼のようであろう。
「待ってくれ! やめてくれ! 私は悪くない、なにも悪くない!」父が必死で抵抗するも、多勢に無勢、引きずられるように連れて行かれる。
「いやあああ! わ、私は何もしてない! ちょっと欲しい物を買ったりしただけで、私は、私は……!」何もしないことこそが一番の罪と理解してない公爵夫人……母もまた、連れて行かれる。
「やめろ! 僕はまだ家督を継いでいない、何もしてないんだ!」兄に至っては「あなたももう18歳でしょう? 自分のやったことに責任を負うべきです」と声をかければ、言葉を失った。そのまま抵抗虚しく連れて行かれた。
弟のガルード、これだけは誰も何も手出ししなかった。15歳の子供な彼の罪は、小さい。ただの愚かな親の犠牲者だ。
だから「ガルードは私の元でしっかり教育してやる」祖父がギラリと目を光らせる。孫に対してもけして甘くない祖父のことが弟は苦手……というより大嫌いだ。そんな人の元で教育など、きっと地獄だろう。だがまだ子供で無知な彼に、一人で生きていくことはできない。
青ざめ目に涙を溜めつつも、引かれた腕に抵抗することもなく、項垂れながら祖父の元へと連れられた。そのまま床にうずくまって動かない。
家族の行く末を見守ってから、私は義妹の背をまたさすった。
「さてミリス、あなたには特別な魔法をかけてあげるわね」
「……え……?」
私の頬に触れるミリスの頬がどんどん冷たくなる。死期は近い。
短刀から手を離すも、深々と刺さったままのそれは動かない。それを確認してから、私は右手でミリスの背を撫で、左手でその冷たい頬に触れた。ミリスは抵抗しない。できないというのが正解だろうが。
「特別な、とても特別な魔法。とっても特別でとっても難しい時魔法よ」
「死んだら、戻る、のね……?」
途切れ途切れに、苦し気に聞いてくる。私は耳元に届く言葉にコクリと頷いた。
「ええ。死んだら戻るわ」
「なら……」
ゴホリと大きく血を吐いてから、ミリスがグッと私の背を掴んだ。
「なら、絶対次は失敗しないわ!」
まだこんな力があったのかと感心するくらいの叫びを上げる。
「戻るんでしょう? 時間が戻る……馬鹿ね、そんな魔法かけずに一度の死で満足すればいいものを! 時が戻ったら私は確実にあんたを殺すわ!」
アハハ、と笑ってまたミリスは血を吐いた。
「殺してやる、何度戻ってもあんたを殺す! 罪人として捕まってもいい、牢に入れられても処刑されても構わない! とにかく殺す、殺してやる! あんたを何度も、何度でもこの手で……!」
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