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第三章 これが最後
14、
しおりを挟むツツ……と血が剣をつたう。ポタリポタリと、つたった血が床に滴り落ちる。
唇の端から血が垂れたかと思えばゴフッと血を吐く。
──この感触は、一生忘れられないな。
人の体に食い込む刃。それを持つ手の感触に、私は顔をしかめた。
ゆっくりと顔を上げれば、すぐ目の前にミリスの顔。本当の顔をもつミリス。それが驚愕に目を大きく見張り、私を見つめていた。
「おね、さま……」
言って、また口から血を吐く。
彼女が手に持った短刀は、力なく床へと落ちる。カランと無機質な音が部屋に響いた。
誰も何も言わない。家族も民も。祖父もベントス様もメルビアスも。誰も。
「ようやく……」
口を開いたのは私。隠し持っていた短刀を、ミリスの胸に深々と刺しながら小さく呟くように言う。
「?」
ミリスが首を傾げる。その胸元に刀が刺さったままで。
「ようやく、復讐が始まるわ」
「始まる……?」
苦し気に顔をしかめて、どうにか言葉を吐く。それに私は頷いた。
「そう、これは始まりよミリス」
「どういう……」
こと? 最後まで言えずに、また血を吐いた。
「一度の死で終わらせると思う?」
ニコリと残酷に微笑めば、不思議そうな顔をしてから顔を歪ませる。
「この四年間、何もしなかったと思う? そんなわけないわよね。光魔法と同じく、時魔法も修行したのよ」
「時魔法……?」
「そう。知らなかったでしょうけど、私は何度も人生をやり直してるの。何度も何度も、死んで戻ってやり直して、また死んで……そして今、ここに生きて立っている」
私の話にミリスが息を呑むのが分かった。苦しげに顔を歪めながら。
「何度も死んで何度も戻って、ようやくここまできた。こうしてあなたに刃を突き立てている」
「こ、の……」
なんとか抵抗をと私に伸ばされる手は、けれど力なくダランとたれる。
「メルビアスのおかげで、時魔法もそれなりに使いこなせるようになった。光魔法同様に、時魔法を自分だけではなく人にかけることも可能となった」
「……」
もう話す気力もないのか、虚ろな目が私を見つめる。
「だからみんな、戻るのよ」
フッと目を両親に、兄弟に向ける。みんな私の話を聞いていても理解できていないのか、ポカンとしている。だが理解しなくていい。これからその身をもって知ることになるだろうから。
「みんな戻るの、死んで戻るの、何度も戻るのよ」
「……なにを言ってるのだ?」
私の言葉に怪訝な顔をする父。
「よく分からないけど、ねえリリア、もうミリスの呪いとやらは解けてるのでしょう? 私達は反省するから……これからは美しいあなたをちゃんと愛するから。だから、ね?」
なにが、『ね?』なのか分からないことを母は言う。反省してこれから変わってどうなる。これまでのことが無かったことになどならないのだ。
私の恨みは、憎しみは消えないのよ。
「そ、そうさ。ミリスがこんな醜いだなんて僕らは知らなかったんだ!」
兄もまた勝手なことを言う。知らないからなんだ。知らなければ全て許されると? そんなわけないだろうに。
「あなた達の愛は容姿で左右されるのですか?」
私がそう言えばグッと言葉に詰まって黙り込んだ。
「大丈夫ですよ」
言って、そっと……密着したミリスの背を撫でる。もう自力で立つのも苦しいのだろう、ミリスは私にもたれるように、抵抗なくその身を預けてきた。
抱きしめるようにしながら、背を撫で続ける。私のもう片方の手には未だ剣が握られている。ミリスに刺さったままの剣が。
「ぐ、ゴホッ」
私の肩をミリスの血が汚す。
「私は何度もループして、ついに正解を見つけました。お父様たちも繰り返せば、きっとミリスの魅了魔法に対抗する術を見つけられるでしょう」
見つけなければ、何度ループしても終わらない。魅力魔法に屈して同じことを繰り返し、同じ死を延々と繰り返すだけのこと。
「何度も繰り返せばいい。何度も失敗すればいい。……何度も死ねばいい」
苦しめばいい。絶望すればいい。お前たちはそれだけの罪を犯した。
だからみんな。
私はニコリと微笑んだ。
「みんな、死んでくださいな」
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