20 / 63
第一部
20、別に秘密にする気はないけれど、なんとなく教えていない私の秘密
しおりを挟む駆ける、駆ける。夜の闇の中を黒き獣がひた走る。
大きな獣は私を背に乗せてもそのスピードを鈍らせることなく、猛然とひた走る。
耳元を切り裂く風がビュービューと鳴り響いた。
少し後ろを、馬に乗ったラウルド様が追いかけてくるのが見える。
「寒くありませんか、義姉上」
「大丈夫です」
急いで出たとはいえ、準備はバッチリ。服だって着込んでいる。
「屋敷でお待ちいただいても良かったのに……」
そう言うラウルドに、獣も同意とばかりに頷くのが見えた。
でもそれは受け入れられない提案だ。
「私のせいでアーサーがさらわれたんです。何もしないでただ待っているなんてこと、できるわけありません」
私の腕からはすっかりあの温もりが消えてしまった。それをこんなにも寂しく思うなんて……
「義姉上はもうすっかり母親ですね」
ラウルド様が言った瞬間、獣から殺気が放たれて苦笑する。母=ラウルド様の妻……ではないからな! と言っているようだ。
「この姿になると短気になりますねえ。駄目ですよ」
ペシッと後頭部を軽く叩くと、クウンと情けない声がして、不謹慎にも笑ってしまった。
ただ、獣はそれでも足を緩めることはない。物凄い速さで走り続けており、私は口元を覆うように服をたぐりよせた。
(こんなに早く走りながら匂いをたどるなんて、さすがね……)
人には分からないあの子の残り香も、獣には簡単に分かってしまう。
匂いをたどって、獣は走り続けた。
目指すは可愛い甥っ子の元、誘拐犯の元へ。
(待っててね、アーサー!)
目的の屋敷が見えるのに、時間はかからなかった。
* * *
屋敷と呼ぶには少し小さめの、貴族の別荘のような建物がポツンと荒野に建っている。
こんな場所に建てて何が楽しいのかと思うが、おそらくは人などほぼ来ないというのが大前提で建てられたのだろう。つまり、なにかよからぬことをするための建物ということ。
その屋敷に、人がいることを証明するように明かりが見える。
不意に黒装束の人間が数名バラバラと出てきた。
「さすがに、気付かないほど愚鈍ではないか」
言って、ラウルド様が馬にまたがったままスラリと剣を抜く。
剣技の才覚はクラウド様以上……いや、この国のトップ3に入るであろうその人は、不敵に笑う。
(そういう顔をすると、似てない兄弟が少し似ている気がするのよね)
ふと思い出されるは、以前見たクラウド様の……いや、今はそんなことを思い出している場合ではない。
首を振って気持ちを切り替える。
屋敷の中からは、黒装束以外にも武装した者達が出てくる。警備の者たちだろう。
それをラウルド様が一人でばっさばっさとなぎ倒す。あれほどの人数と対峙してなお、全て峰打ちで殺していないというのだから、本当に凄い。その余裕が彼にはあるということなのだから。
立ち止まった獣がラウルド様の動きを眺め、それから上を向く。視線の先には、二階の窓。そこは明かりがついている部屋。
「あそこですか?」
私の問いに獣は静かに頷いて、それから走り出した。敵陣の真っただ中へと!
「うええ、私何もできませんよおっ!?」
生まれてこのかた、スプーンより重たい物を持ったこと……あるな。色々とこの手で持っては来たが、剣は数えるほどしか持ったことがない。完全に戦力外の私を連れて、敵の中へ突っ込みますか!?
私の悲鳴のような問いに、獣がフイと私を振り返る。その目は(大丈夫だろ?)と言ってるようだ。いや、実際そう言ってるのだろう。
それは試しているのではない、それは確信。信頼。獣は私を信じてくれているのだ。
目と目が合うのは一瞬。けれどその一瞬で大丈夫。
「まったく……しかたありません、私も本気出しますよ」
ニヤリと笑って右手に集中させるのは、魔力。
知る者は少ない。家族でも弟達は知らない、両親しか知らない。クラウド様は知っていても、ラウルド様は知らない。私の魔力。
大きな魔力を集中させた右手を屋敷に向けて伸ばし……静かに、けれど激しく私はそれを放った!
轟音と共に、屋敷が揺れた。扉が、窓が壊れる音が響くのと同時、私は叫ぶ。
「あーさぁぁぁぁっっ!!!!」
憎たらしくも愛らしい、我が甥の名前を。
311
あなたにおすすめの小説
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。
しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い!
声が出せないくらいの激痛。
この痛み、覚えがある…!
「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」
やっぱり!
忘れてたけど、お産の痛みだ!
だけどどうして…?
私はもう子供が産めないからだだったのに…。
そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと!
指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。
どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。
なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。
本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど!
※視点がちょくちょく変わります。
ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。
エールを送って下さりありがとうございました!
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる