39 / 63
第一部
39、その笑顔を見れば安心できるんだ ※アーサー視点
しおりを挟む目を覚ましたら外はすっかり明るくなっていた。
誘拐されて徹夜となり、屋敷に無事に帰還してから長い寝物語を聞いた。それから寝たのがすでに日が傾き始めた夕方のこと。それから丸半日眠っていたらしい。
太陽が随分と高い位置にあるってことは、昼頃なんだろうな。
半日眠ったとはいえ、幼い体での徹夜はかなりこたえた。
まだ寝たりない……と思いながらグルリと部屋を見渡す。
「メリッサ?」
常に彼女がいるわけではない。そんな決まりはないのだ。
でもいつだって、眠りから目覚めて最初に見るのは彼女の姿だった。
だから無意識に……自然と俺は彼女の姿を探す。
けれど部屋はシンと静まり返り、メリッサの存在を伝えることはなかった。
珍しいこともあるもんだなと思いつつも、彼女だって徹夜して、更に俺を救出するという大変な目に遭ったのだ。爆睡していてもおかしくない。
当然のことだと思うのだけれど、感じる違和感をどうにも拭えない。
なんだか気持ち悪いな。
そう思った俺は立ち上がって、転落防止のベッドの柵に手をかけた。まだおぼつかない足取りのこの体では、柵を乗り越えるのは不可能。
でも人を呼ぶことはできる。
俺は柵を掴んで思い切り叫んだ。
「誰かー! 誰かいまちぇんかー! ママー! メリッサママー!」
俺が転生者だと知らない使用人もいる。俺はできるだけ子供らしい感じを出して、声を上げた。
すると間を置くこと無く、パタパタと誰かが走ってくる足音が聞こえた。
メリッサだろうか。
扉が開くのを凝視していると、ノックの後に静かに扉が開いてメイドのミラが顔を覗かせた。
「なんだミラか」
「それは私への挑戦状でしょうか。でしたら手袋を投げてくだされば、雑巾を投げ返しますよ」
「投げないし投げないでね!?」
手袋に対して雑巾とか、妙にメイドくささが出ててイヤ。
「どうされたのですか、アーサー様」
切り替えの早い優秀メイドです。
苦笑して俺は返した。
「ああうん、今起きたんだけど」
「さすがにお疲れのご様子でしたので、起こさないようにメリッサ様に言われておりました」
メリッサと聞いて安堵する。ほらやっぱり、彼女はちゃんと居るじゃないか。無駄な不安を感じてしまったな。
「お腹が空いた。なにか食べたい」
「かしこまりました。すぐにご用意しますね」
「ところで」
「はい?」
「メリッサママは?」
俺の言葉に一瞬キョトンとして、それから不思議そうに部屋を見回すミラ。それにまた違和感を感じて、湧き上がる理由なき不安。
メリッサは「あれ?」と、実に嫌な言葉を口にする。
「ミラ?」
どうしたのかと聞くより早く、ミラが「奥様?」とキョロキョロしながら言うではないか。
ちょっと待て、ミラはこの部屋にメリッサがいると思っていたのか?
「メリッサは、この部屋にずっといたのか?」
「いえ、そうではありませんが……少しばかり見ておりませんので、てっきりこちらにおられるものだとばかり……。でもそうですね、メリッサ様がおられるのでしたら、アーサー様が声を上げる必要はありません。失念しておりました」
「つまり、メリッサの居場所を知らないんだな?」
俺の問いに、気まずそうに頷くミラ。途端、ブワッと俺の体に寒気が走った。
なんだ? この不安は一体なんだというんだ?
そりゃメリッサはいつだって俺のそばにいた。それでも完全とはいかず、彼女がそばにいないことだって時には……無かったな。よく考えたら、四六時中、あいつ俺のそばにいたわ。どれだけ過保護なんだよ。
つまりこれは、メリッサが初めて俺のそばを離れたってこと。
それが普段なら、まあそういうこともあるだろうで流せただろう。
だがあんなこと……誘拐事件があった直後だぞ? それも首謀者を捕まえることができていない。
そんな状況で、はたしてあのメリッサが、俺を一人にするなんてこと、ありえるか?
……絶対、ありえない。
俺はそれほどに、あのメリッサという存在を信じ切っている。でもって、あいつの行動は実に単純で、複雑なことなどけして起こり得ないとも信じている。
だからこの状況の異常さに、俺は慌ててミラを見た。どうやらメイドもことの異常さにようやく気づいたらしい。
「クラウド様とラウルド様にお聞きしてまいります」
「俺も行く!」
連れて行けと両手を挙げれば、逡巡は一瞬。時間も惜しいと考えたか、俺の両脇に手を差し込んで、メイドはすぐに俺を抱き上げる。そして凄い速さで執務室へと向かうのであった。
136
あなたにおすすめの小説
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。
しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い!
声が出せないくらいの激痛。
この痛み、覚えがある…!
「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」
やっぱり!
忘れてたけど、お産の痛みだ!
だけどどうして…?
私はもう子供が産めないからだだったのに…。
そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと!
指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。
どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。
なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。
本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど!
※視点がちょくちょく変わります。
ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。
エールを送って下さりありがとうございました!
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる