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第一部
41、今回の報酬は高額ってことですか?
しおりを挟むガタガタと騒がしい振動が心地よい眠りを妨げる。
と、道の窪みに車輪が差し掛かったのか、ガタンと大きな揺れが決定打となり、私は目を覚ました。
「う~ん……ここどこ?」
最初はまだ夢を見ているのかと思った。だって私は公爵邸にいたはずなのだから。
でも今私は馬車の中。窓には黒いカーテンがかけられて、室内は随分と暗い。昼か夜なのかも分からない。
「えーっと、なんで私ここにいるんだっけ?」
まだ頭に靄がかかったかのようなボーッとする頭を軽く振って、記憶をたどる。
アーサーの誘拐事件の後、アーサーにクラウド様との馴れ初めを話した……ということは覚えている。
その後すぐに眠ってしまったアーサーを見届けてから、自分のベッドに横になった。
でもって、二度寝三度寝したいところを、気合と根性フル動員して、通常の朝に起床した。でもって朝食後、アーサーの様子を見に行ったら、彼はまだ爆睡中。だからミラに「好きなだけ寝かせてあげて」と伝えたんだっけ。
「うん、思い出した」
思い出したが思い出せない。
肝心の、『なぜ私は今、馬車に乗っているのでしょう』の解答が見いだせないのだ。
「う~ん、なんだっけなあ……あ、ちょっと思い出してきた。たしか自室に戻って着替えたのよね。それから街に買い物に行こうと思ってミラを探して……」
探して?
それからどうなった?
私はミラを見つけたっけ?
だがどう記憶を引っ張りだそうとしても、その先が思い出せない。
つまり、ミラを探している途中で記憶がプッツリ切れているのだ。
「どゆこと?」
呟くのと同時。
「ようやくお目覚めかい」
「誰!?」
誰もいないと思っていな車内で、突如聞こえた声。誰何の声をあげ、最大の警戒心でもって、声のしたほうを見た。
それは車内の隅、私の正面の座席の端に座していた。
「即効性がある睡眠薬ではあったけれど……こんな長時間眠ってくれるとはねえ。楽なもんだよ」
「その声……」
聞き覚えがあると思った。というか、まだ忘れるほど時間は経っていない。
不意に声の主が動いて、そばにある窓のカーテンを開いた。
シャッという音と共に、入り込む陽の光に私は思わず顔をしかめる。
細めた目の向こう……明るさに慣れてすぐに認めたその顔に、「やっぱりあなただったのね」と声を漏らした。
「ノンナリエ」
私がそう言うと、アーサーを誘拐したその人が、ニヤリと笑みを私に向けた。
* * *
ガタガタと馬車は進む。目的地も分からない状況、現在地も分からないのに外に飛び出すなんて無謀なことはできない。
(私は一体何時間眠っていた? 今どのへん? ひょっとしてすでに異国の地に入ってたり……?)
窓の外を見ようにも、すぐにノンナリエの手によってカーテンは閉じられ、現在地はいまもって分からないときてる。
グッと拳を握りしめた。
武器は持っていない。持っていたとしても、きっと彼女には敵わない。私の知らない裏世界で生きてきた彼女に、剣武で勝てるはずもない。
光魔法を行使すれば逃げられるだろうが、現在地もわからず闇雲に飛び出せない。それにこういった世界の人には、光魔法はあまりというか、絶対知られたくない。
というわけで、今は大人しくしておくの一択だ。
「目的はなに? 私を交渉材料として、アーサーを手に入れようってこと?」
「はは、そんなわけないさね」
おそらくそうだろうと思って言った私の考えは、あっさり否定されてしまった。
では目的は一体?
「そもそもどうやって屋敷内に入ったの?」
「そりゃ闇魔法に決まってるだろ」
あの、私達の前から姿を消した、あの時の魔法か。
「私思ったんだけど、あれを使ったなら、もっと簡単にアーサーを誘拐できたでしょ? どうしてあんなバレバレな方法で誘拐を……」
「そりゃ、雇い主のこれが関係してるかねえ」
そう言って、ノンナリエは親指と人差し指で輪っかを作った。
「お金?」
「そ。闇魔法ってのはなかなかに大変な魔法でね。あれを使うんなら、それなりに報酬をはずんでもらわにゃこっちとしては赤字になるんだよ。でもあの坊や誘拐の依頼主は、そこんとこケチでねえ。なもんで、経費削減であんな普通の誘拐をしたのさ」
「そのせいでアッサリ見つかって、部下も捕まっちゃったけど、それは赤字にはならないの?」
「私が受けた依頼は誘拐だけ。その後の子供の管理は、ありゃあ雇い主が用意した護衛と屋敷だ。成功報酬貰ったらすぐオサラバしようと思ってたのにさ。あんたらが意外に早く駆けつけたもんで、逃げる間も無かったんだよねえ」
そうだったのか。
じゃああの屋敷の持ち主と護衛の雇い主を探せば、アーサー誘拐事件の首謀者はアッサリ見つけられそうだな。
そうなれば、その首謀者からノンナリエの情報を得られるだろう。
……うん、大丈夫。
クラウド様もラウルド様も優秀なかたたちだ。きっと私を見つけてくださる。私は下手に動かず、彼らが来るのを待てばいい。
大丈夫、私は絶対大丈夫……と自分に言い聞かせる。
ギュッと胸元で拳を握る。
不安を感じないわけではない、恐怖がないわけでもない。
それでもクラウド様への絶対的な信頼が、私の心を繋ぎ止めてくれる。
「誘拐された割には、随分と落ち着いているね」
「そりゃあ……」
言いかけて口を閉じる。それ以上は言わない。
(誘拐されるのは、これが初めてじゃないなんて……言えないわ)
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