【第一部完結】「子供ができた」と旦那様に言われました

リオール

文字の大きさ
44 / 63
第一部

44、こんなシリアス展開は誰も望んでない

しおりを挟む
 
「これは……」
「酷いもんだろ?」

 言われて息を呑む。酷いなんてものじゃないと思ったから。
 村は異臭で満たされている。整備のなされない村の状況は、荒れ果てた大地に適当に屋根のあるテントを建てたような、簡素な建物しかない。

 かろうじて道と呼べるものを通れば、ふと視線の端に人が倒れているのが目に入った。

「治療を……」
「無駄さ。あれはもう死んでいる」

 死。
 その言葉をあまりに簡単に口にするノンナリエに、私は初めて恐怖を感じた。

「それより教会だ。この村の唯一にしてもっともまともな建物、それが教会。そこには常に怪我人が運び込まれている」
「常に?」
「そりゃそうさ。こんな魔国と隣接した村が、平穏無事な生活を過ごせると思うのかい?」

 過ごせるとは思わない。
 私は魔物や魔族と遭遇したことはないけれど、どこかしらの場所では突然出没しては、人々を苦しめていると聞く。けれどそうであれば、必ず国が兵を派遣したり、各々で防御策を講じるものと思っている。

「国は……警備兵はいないのですか?」

 思い出されるは義弟、ラウルド様の顔。彼が派遣されている母国最北端の地、ムッシュールディ。あそこは魔族ではないが、隣国からの脅威にさらされている。
 でも観光地になるほどに賑わっているのは、ひとえにラウルド様のように、派遣された剣武の才に恵まれた者が大勢いるからだ。

 だがノンナリエは私の問いに鼻で笑う。

「この国の王はね、そういうことに一切兵をさかないクソ野郎なのさ」
「……」
「あんたの国はいいよね、有能な王がおさめていて。でもねお嬢さん、世界は広く国は数多に存在する。有能な王もあれば、無能な王もいるんだよ」

 そう言ってノンナリエは笑みを浮かべるが、それは冷え切ったもの。苦々しい笑み。

「それでも彼らにとっちゃ生まれ故郷。それを捨てて移住は……まあ可能な者はするけれど、大抵の者はそんな余裕もなくここにとどまる」

 つまり生まれ故郷であろうと、可能であれば移住したいと。けれどそれができないのは、やはり生活があるからだろう。

「こんな村でも、一応の生活基盤はある」

 キョロと見渡せば、小さな市場のようなものもある。物資は全くないわけではない。だが少ない。

「こんな村に産まれたからこそ、屈強な戦士が育つこともある」

 そう言って、ノンナリエは剣の鞘を撫でた。

「ノンナリエさん、あなたはこの村の……?」
「村を捨てた薄情な一家の娘さ。あたしの親父は悪どいが商売の才があってね、遠い異国の……あんたの国にまで移住できるほどの才能に恵まれた。でもあたしは、6つまで暮らしたこの村のこと、いっときも忘れたことなんてなかったんだよ」

 そして大きくなったノンナリエは、この村に戻った。この村の惨状を目の当たりにして……そして私を拐った。

「私に何を求めるのですか?」
「教会に怪我人が大量にいると言っただろ? それで察しな」
「なるほど……」

 つまりは、治療のために私は連れられてきたのか。
 たしかに私なら、薬や医療の知識がなかろうと問題ない。そこらのヤブ医者より、よほど完璧に治すことができる。

 ただし、魔力には限界がある。

「怪我人がいるということは、魔族や魔物が襲ってくるということですか?」
「正確にはちと違う。大きな裂け目の向こう、森が見えたろう?」
「鬱蒼とした森がありましたね」
「あそこには、希少な薬草が大量に生えている」
「え。向こうに行く方法があるのですか?」
「心もとない吊り橋が一つね。それも頻繁に切れるから、修繕も大変な代物だよ」
「それで向こうに渡り、いつ魔物に襲われるかもしれない危険に身を投じながら、採集をしてると」
「生活のため、売って金にするため……この村の人間は、生きるために命をかけるんだ」

 生きるために命をかける。
 矛盾しているようだが、それでもそれが村人の生命線なのだともわかる。

「分かりました。怪我人の治療をします」
「ふふ、素直だねえ。結構な人数だけど大丈夫かい?」
「人数次第ではありますが、魔力には限界があります。一度には無理ですが、数日かければなんとか……」
「へえ。でも何か勘違いしているようだけど」
「はい?」
「全員を治療しても、あんたを国に帰すつもりはないよ」
「え?」

 それはどういう?
 首を傾げる私に、ノンナリエは当然だろと笑った。

「この村が存続する限り……怪我人が出続ける限り、あんたはこの村に必要なんだ。一生ここで治療にあたってもらうよ、光魔法使いさん」
「え!? いや、それはちょっと……」
「なんだい、まさか村を見捨てるとか言うんじゃないだろうねえ」

 ジトリと睨まれて、反論できない自分がいる。

 あ、詰んだなこりゃ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...