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第一部
45、時が遡ること数日前、公爵家はバタバタしているでしゅ ※アーサー視点
しおりを挟む「パパしゃん、まだでしゅかー!」
舌足らずでうまく話せぬこの身が憎い。そのせいで、ちっとも俺の緊迫感が伝わらないときてる。
「アーサーちょっと待ってくれ、パパは今、色々と情報収集しているんだよ!」
「ちょっとっていつまででちゅか! それ何度も聞いたでしゅよ!?」
ええい。ちゅ、とか、しゅ、とか……なんか狙ってるあざといガキんちょみたいで嫌だ! 思うように話せないのが歯がゆい!
でもこの話し方、女性陣にはウケがいいらしく、「あらあらアーサー様、お父様達は頑張っていらっしゃるんですよ~。ちょっと待ちましょうねえ、ほらほら美味しいお菓子がありますよ~」と、メイドさんが甘やかしてくれる。うむ、役得。
……などと鼻の下を伸ばしている場合ではない!
「伯父上のほうはどうでちゅか?」
「俺……私のほうも着々と情報が入っている。あとはラウルドとの情報と照らし合わせて、整合性をたしかめるだけだ」
「せーごーせー?」
なんだその小難しい言葉は、光合成の一種か?
思わず首をかしげれば、「お前、前世の記憶は18才なのであろう?」としかめた顔をクラウド伯父に向けられました。
「記憶は薄らぐものなのでしゅ」
「そうでしゅか」
今俺の口調、うつらなかった?
チラッと見たが、無表情の伯父上にツッコミ入れる勇気はない。なにせ相手は愛する妻を取り戻すべく、非常にシリアス状態なのだから。
「アラス、この書状を先方に届けてくれるか?」
「かしこまりました、旦那様」
「当面俺……私は執務ができなくなるだろうから、前倒しで作業しておく」
「はい」
伯父上は普段は公爵家当主らしく『私』としているが、色々とテンパると『俺』になるらしい。平常心のように見えて、どうやら心の中ではバタバタ慌ただしいらしい。
「そんなにメリッサママは厄介な状況なんでちゅか?」
「そうでちゅ」
今絶対に「ちゅ」って言ったよね!? ねえ誰か勇気ある人、俺の代わりにツッコミ入れて! と周囲を見回すも、誰も彼もが公爵から目をそらしており、勇気ある者はいない様子。そのわりに肩震わせて、笑うのこらえてるみたいだけどな。
クラウド公爵は一度コホンと咳払いしてから、顔を上げた。なんとはなし耳が赤いのは、見なかったことにしておこう。
「現在真偽を捜査中だが、ラウルドが手に入れる情報もおそらくは同じだろう。メリッサは今、異国にいる」
「え、外国にいるんでしゅか!?」
「ああ。それも一日二日でたどり着けるような近隣の国ではない。おそらくメリッサは、まだ移動中だろう」
「にゃるほど」
「にゃ……?」
「んん、なるほどでしゅ」
真似して『にゃ』とか言わんでいいです伯父上。メリッサがこの場にいたら「猫耳はどこ!?」と言い出したことだろう。
思って、その存在の不在をとても寂しく思う。俺にとって彼女の存在は、本当に重要となっているらしい。
母のような姉のような妹のような、友のような。つまりはかけがえのない存在ってことだ。
「待ってろ、メリッサ。必ず……助けるでちゅ」
ええい、締まらんなあ!
と、自分の幼さに脱力していたら、いつの間にか部屋から出ていた親父ことラウルド伯爵が「兄上!」と騒々しく飛び込んできた。
「俺のほうの情報屋と、兄上の情報、どちらも同じ結果です。そして裏もとりました。なにやら見慣れぬ国の馬車が、国境の関所を通過したとのこと。馬車の中は高貴な人物が居るとのことで、カーテンで閉ざされ中を確認した者はおりません」
「そんなことでよく通過させたな」
「手形はなんら怪しいところなく、問題なしとのことで許可したと」
「……平和ボケといったところか。まあこの数十年、あちらの国境は問題が起きてないからな」
「なんとも羨ましい話です」
ラウルド父ちゃんがため息をつく理由は、まあ分からないでもない。自分が着任している北部のほうの国境は、隣国との睨み合いでピリピリしているもんな。かたや平和ボケした国境と、問題ありまくりの国境。
「この国って、そんなにいろんな国と隣接してるんでしゅか?」
問えば、ラウルド父ちゃんが寄ってきて「そうだよ」と俺の顔を覗き込む。クラウド伯父と違って、ラウルドは俺のことを完全なる子供扱いだ。……まあ今更、精神年齢18才ですと言われたところで、はいそうですかとはならんのだろうな。
「この国は、大陸の中でも一番大きく、隣接する国が多い。したがって国境にある関所の数も多いんだ。僕が着任しているムッシュールディは隣国と一触即発の状況だが、そんな国境は稀だ。この国の王や周辺貴族は外交がうまくてね、大抵の隣国とはうまくやっている」
「じゃあ、国を挙げての誘拐じゃないってこと?」
「そうなるね。アーサー、キミを誘拐した連中とどこまで関係があるかは分からないが……それあはまだ調査中。でもじきに分かると思うよ」
ラウルド父ちゃんの言葉通りに、ほどなくして誘拐犯の詳細が明らかとなる。
伯父上と父ちゃんは、二人が優秀であることを俺に証明したのである。
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