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プロローグ
8、
しおりを挟む館内は本当に広かった。
これだけ広いのだから部屋数もかなりのものだろうと思っていたが、それは意外に少なかった。なぜって一部屋がとにかく大きく広いから。
「ここはなんですか?」
「そちらは物置でございます」
扉が開いて中が見えるも、案内されることの無い部屋。その中を覗いてなにげに質問したら、そんな返事があった。ちなみに私の部屋の何倍だよ、と叫びたくなる広さだ。物置に住みたいわ。
中はしっかり手入れが行き届き、ところどころに修復の箇所も見て取れた。だがそれらは違和感なく館に馴染み、この洋館の雰囲気を乱すことはない。
廊下に置かれている調度品の数々も、歴史を感じさせるアンティークな品々で溢れかえっていた。
「変な壺ー!」
そんな重みのある物を変と言ってしまえる勇者。それすなわち子供である。子供は自由だ。
「こら、触っちゃ駄目よ!」
そして、たっかそうな花瓶に背伸びして手を伸ばす勇者も、これまた子供だ。お母さんが慌てて子供の手を引いた。もし割ってしまったら、弁償代幾らになるんだろう。
「気を付けてくださいね、それら一つ一つが大変高級な代物となっております」
真殿さんの言葉に皆がヒエッとなる。恐い顔で言ってくるんだもの、より緊張するわ。みんななんとなく調度品から距離をとり、結果だだっ広い廊下の真ん中を一列に並んで歩くという、妙な構図が出来上がった。
それを見て満足そうに頷く真殿さん。
「まあこの館には全て保険がかけられておりますので。破損してもお客様に弁償していただく事にはなりませんのでご安心を」
直後、そんなことを言うもんだから、みんなガクッとこけた。なんだそりゃ!
それを見てまた満足そうに頷き、ハッハッハッと笑いながら歩みを進めるのであった。い、今の、真殿さんのギャグ……なのか……?
その後は順調に散策は続いた。
元館主自慢の蔵書室は凄かった。館主ってことは、桐生財閥当主ってことかな。
その元桐生財閥当主の書斎とやら。二階にあるそれは、これまたなかなかに立派だった。アンティークなテーブルと椅子の上には、雰囲気を出すためだろう、よく分からない書類やインク壺にペンが置かれていた。
それと壁際には大きな本棚にこれまたたくさんの本。どれだけ本好きなんだ。掃き出し窓の向こうはバルコニーか。立派で重そうなカーテンが閉め切られていて、よく分からない。カーテンの隙間から覗いても、外は真っ暗で何も見えなかった。また昼にでも見たいものだ。
そんな中で、最も目を引いたのは調度品の数々ではなかった。
部屋に入った瞬間、まず誰もがそこに視線を集中させた。
こういった館内には必ずあるというイメージがあるそれ。大きな肖像画。それが壁に飾られていたのである。
英国紳士のような黒いラウンジスーツを来たその人は、難しい顔をしていた。上半身のみで正面を見据えたそれは、肖像画だというのに威圧感に呑まれそうになる。
「え──?」
一瞬、ほんの一瞬。その目が動いた気がした。動いて、そして……
(私を、見た……?)
目が合った気がしたのだ。正面を見据えているのだからそう感じても仕方ないと思えるだろうが、実際の肖像画は大きくて背が高い。その視線が見据えるのは私の頭上になるのだ。
けれど目が合った。つまり目が、下に動いたということだ。
「ねえ隆哉、今さ……」
「ん?なに?」
横にいる隆哉を見上げると、テーブルの方を見ていた隆哉が私の顔を見た。その顔は、何も気付いてない様子。
もう一度見ても、肖像画は確かに正面を見据えていた。動いてなどいない。
気のせいだろうか……いや気のせいだろう。そうでなくてはいけない。
無理矢理自分を納得させ、案内されるまま私はその部屋を後にした。
(リナ──)
誰かが誰かの名前を呼ぶ声。それが聞こえた気がしたが、それすらもきっと気のせいだろう。
そう、私は自分に言い聞かせるのだった。
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