10 / 68
プロローグ
9、
しおりを挟む食後ということもあり、それほど長い時間の散策にはならなかった。
それでも主だった部屋を見終える頃には、夜と言うには十分な時間になっていた。見れば広谷さん一家のお父さんが、眠ってしまった健太君を抱っこしている。そりゃ子供は寝ちゃうよねえ。最初の頃は興奮してはしゃいでたんだけど、徐々に飽きてきて……結果ダウンしたのは随分前のこと。お父さんは大変だ。
「夜も更けてまいりましたので、そろそろ今日お泊りいただくお部屋にご案内したいと思います。そこでお荷物が間違いないかご確認いただきました後、その後は自由時間とさせていただきます。ただし」
さすがに疲れていたので、みんながホッと息を吐いたところでグルンと首だけ後ろに向けて、真顔で真殿さんが私達を見た。そういう演出いいから!
「先ほどご案内しました部屋以外は、勝手に出入りなさいませんように。我々スタッフの部屋もございますし、まだお見せしてない部屋も多数ございます。それは明日以降のお楽しみにということで、はやる気持ちをグッと抑えていただけますと幸いでございます」
言われた事に皆一様にコクコクと無言で頷いた。それを満足げに目を細めて見てから、真殿さんはまた歩き出した。ふ、雰囲気出してくるなあ。
* * *
「わ、なかなか綺麗でいい部屋だねえ!」
宿泊用に整えられた一室をあてがわれた私と隆哉は、その雰囲気に息を呑んだ。なんというか……なんと言えばいいのか。とりあえず天蓋付きのベッド一つで、自分がお姫様になった気分ですよ!
「素敵……お姫様になったみたい」
「ぶっ」
思わず声に出して言ったら噴き出す隆哉。殴っていいかな。
「女の子はいつだってお姫様になりたいのよ」
「女の子……どこに?」
「殴って欲しい?」
「ごめんなさい、冗談です」
ギロリと睨めば苦笑を返す隆哉。
実を言うと。実を言えばですね。
私達──緊張してるんですよ!
だって当然でしょ、私達カップルだもの。恋人だもの!
お互い実家暮らしで、互いの部屋に行くなんてこと出来ない。デートはもっぱらお外。ラブホ?何それ美味しいの?
そんなお子様カップルなんですよ、悪いか!
だからこそ、今回の旅行は私達にとってかなり踏み込んだ、大きな進展なのである。緊張しないわけがないのだ。
天蓋付きベッド見てお姫様~だなんて言ったけど、その実、脳内では放送禁止なこと考えてたりするのだから……エロい!私エロいわ!
経験ないくせに、そんな事を考える自分が恥ずかしい。
顔が火照るのを感じ、熱を鎮めるべくシャワーでも浴びようかなと考えて、またハタとなる。
しゃ、シャワー浴びるとか!そういうの妄想させるじゃないか!
いやまて、普通にシャワーは浴びるでしょ。なんならお風呂も入るでしょ。そんなの普通だ普通。変に考える私がおかしいのであって……
「……なに百面相してるんだよ」
「ひえあおう!!!!」
あれこれ考えて自分に言い訳してたら、その顔を覗き込まれた。変な声出た!
「大荷物は間違いないみたいだし、着替え出してシャワー浴びてきたら」
「……その言い方はエロい」
「そりゃそういう意味で言ったからね」
「!!」
もうそれ以上言い返す精神の強さを持たぬ私は、旅行鞄をガバリと開け、大急ぎで着替えを手にして浴室に向かうのだった。
……別に気持ちがはやっての行動ではない。単に恥ずかしかったからだ!……って、私は一体誰に言い訳してるんだよおおお!
「うわあ……素敵……」
それは映画なんかでしか見た事ない浴槽だった。あれですよ、洋画に時折出て来る、脚のついた浴槽。事前調べで知ってる私の豆知識、こういう浴槽を猫足バスタブと言うのだよ!小さい子供はまたぐのが大変で入りにくいだろうが、大人の私には問題ない高さ。
直ぐにでも入りたいのだが、いかんせん浴槽は空である。つまり湯を張るには時間がかかる。溜まるまで部屋に戻って時間を潰す、なんてことする勇気は真っ赤な顔の私にはない。なので仕方なく、私は猫足バスタブの横、高い位置に設置されたシャワーの取っ手をひねった。
しばらく待てば、水は湯になり湯気が立ち込める。それを満足げに見つめて、私は服を脱いだ。
10
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる