13 / 68
プロローグ
館の見る夢(1)
しおりを挟む目を覚ます。一瞬自分がどこにいるか分からず戸惑い……そしてすぐに思い出す。
思い出して、私は絶望した。
それは見慣れた部屋、ずっと前から私が住む部屋。──けれど私の部屋ではない。私が生まれ育った家ではない。
意味も分からず連れてこられた時は、戸惑いながらも歓喜したものだ。そこはあまりに広く魅力的な部屋だったから。
用意された服はどれも肌触り良く、可愛らしいデザインの物ばかりだった。
用意された部屋の装飾はどれも素晴らしく、溜め息が漏れる物ばかりだった。恐くて触ることが出来ず、最初は緊張ばかりしていた。
用意された部屋は、あまりに自分には不釣り合いで……没落貴族の令嬢が住めるような場所ではなかった。
けれどこの屋敷の当主はそれが許されるのだ。
高価な調度品の数々を、惜しげもなく購入し無造作に置く。
毎日異なる服を着たとして、全ての服を着るには半年はかかりそうな大量の衣服が保管できる場所がある。
異国からの高価な人形を片っ端から仕入れ、落ちても気にしないと言わんばかりに棚の上に大量に並べることができる。
──貧しさに苦しむ一家から、小娘を買うことが出来る程の財を持つ。
それがこの館の当主だった。それほどの大財閥が大きな館を建てたのは、人が住まぬ山奥だった。
変人奇人と言われた当主は、確かに変わり者だったのかもしれない。だが、こうして人を買って隠し持つとしたら、このような場所はうってつけなのかもしれない。それこそを見越して建てたのかもしれない。
いや、きっとその為にこそ、この館はあるのだろう。
この館の外観は、初めて訪れた最初に見たきり。だがそれはあまりに印象的で──その立派さに圧倒され、目を奪われた。目を閉じれば鮮明に思い出されるそれは、確かに新しく、まだ建てられて間もないことが見て取れたのだ。
私は……この館に囚われている。
そっと目を閉じて、在りし日の事を思い出した。
貴族の家に生まれた。けれどそれは明日をも知れぬほどに落ちぶれた家だった。貴族と言うのもおこがましいほどに、傾き古びたボロボロの屋敷。ありふれた日本家屋だったそれは、けれど瓦は落ち、壁はボロボロに剥がれ落ちていた。扉は建付けが悪くうまく開閉せず、庭は雑草がはびこっていた。
一見すれば、まるで幽霊屋敷のようなそれ。見知らぬ者が見れば、人が住んでるとは思いもしないだろう。
だがそんな家に生まれて、私は悲しいと思った事はなかった。
父も母も私に愛情を注ぎ、優しかった。弟は私に懐き可愛かった。
使用人も誰もいない家族だけの生活は、貧しく苦しいものだったが、それでも私は幸せだった。
だがその幸せは終わってしまった。
あの日、彼が来たから。
とある富豪貴族が私を見かけたのは単なる偶然。けれどその偶然が私の人生を変えた。
莫大な金額を提示し、富豪貴族は私の両親から私を買ったのだ。
信じられなかった。信じたくなかった。両親が私を手放すなんて。どれだけお金を積まれたとて、私を手放すなんて有り得ないと思っていたのに。
積まれた大金を前に、両親の目の色は変わってしまった。それらを鷲掴みにし、下卑た笑いをあげる二人は、もう私の知る両親ではなかった。まるで異形のよう。
さよならと告げる私の声に応えることもない。私を見ることもない。
実家で見た最後の光景は、魔物が二人、金に埋もれるものだった。
どれだけ豪華な家具に囲まれようと、どれだけ部屋が広かろうと、どれだけ肌触りの良い服を着ようと、どれだけ美しい人形を手にしようと。
私の心は満たされない。
はあ……とため息をつき、私はベッドから下りた。天蓋から垂れ下がるレースをめくったところで──
「い……!?」
痛みに小さな悲鳴を上げた。見れば長い黒髪がグイと引っ張られているのだ。
引っかけたのではない。視線の先には、無表情で私の髪を鷲掴みにする者がいた。
「やあっとお起きになられましたか、お嬢様。寝坊助が過ぎやしませんか?」
私の身の回りの世話を担当するメイドだ。見下すその目の光は、氷のように冷たい。お嬢様と私に声かけても、全くそうは思ってないのが分かる。
「い、痛い……放して!」
「なんですって?」
「いっ……!!」
抗議の声を上げれば、更に髪が強く引かれた。あまりの痛みに涙が目じりに浮かぶ。
どうにか放して欲しくて、私は小声で懇願する。
「お、お願いです、手を放してください。髪が千切れそうに痛いんです……!」
「ふん、最初からそう言やいいんだよ」
ややあって髪は解放され、ホッと息をついた。
直後、衝撃が私を襲う。
10
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる