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女子大生三人組
3、
しおりを挟む夢を見た。何か夢を見ていた。目覚めた時にはその事実しか覚えてなかった。
どんな夢だったのか思い出せない。
ただ、夢の中で私は──笑っていたのだ。
それはけして美しいとは言えない笑いだった。下卑た笑いだった。相手を不快にさせる笑いだった。
思い出して眉宇を潜める。
思い出せない、何も思い出せない。
でもそれでも私には分かった。確信があった。
その下品な笑い声を上げた主。
それは、私だった──
「ひい、ひ……さ、さな……」
早苗。
その名を口にすることもできない。足が震え立ち上がる事も出来ない。
尻もちをついた状態で、ガクガクと体を震わせ私は眼前のそれを見上げた。
カッと大きく見開かれた瞳。それは死の直前まで早苗に意識があった事を告げている。
首吊りはすぐに意識を失うと聞いた事がある。なのに早苗は最後まで意識があったのだ。不自然なまでに。
ポタポタと何か分からない液体が垂れ落ち、顔は紫色に変色している。ダラリと飛び出た舌は、死の瞬間の苦しさを物語っているのだろうか。
見開かれた瞳は何を見据えるのか。もう生気を感じさせないのに、それでもそれはまだ何かを見てるようだった。何かを──睨んでいるようだった。
何か……何を……
「ひ!?」
一瞬、早苗の目が動いた気がした。生きてる!?
そんなはずないのに、慌てて立ち上がる。力が入らなかった足は、早苗が生きてるかもしれないと感じた瞬間、突如私の意識に反応して動いてくれた。
立ち上がれば早苗の顔はより近くなる。
だが、やはりその目は正面を睨んだまま瞬き一つしなかった。やはり早苗は──
ペタリ
音が聞こえたのはその瞬間。
私の背後……早苗の遺体が睨むその先。
ペタリペタリと音が耳に届く。なんの音かと考えるのは一瞬。裸足で食堂の床を──大理石のそれの上を歩く音だと気付いた。
誰かが来たのだと安堵することは出来ない。だってこんな冷たい床の上を、裸足で歩くなんて考えられないから。それが正常な事だと考えられなかったから。
私の背後を早苗の死んだ目が睨む。ひょっとして、彼女が睨んでいたモノが、背後にいるのかもしれない。
そう考えてゾッとした。背筋を冷たい物が流れる。ガチガチと歯が鳴る。ハアハアと呼吸が荒い。
今すぐこの場を離れたい。でも動けない。逃げ出したい。でも走れない。
希望に結果がともなわず、私は身動きがとれずにいた。その間にも裸足の足音はどんどん近付いてくる。
ハア、ハア……!
ペタ ペタ ペタ
不意に足音が止んだ。だがそこで息を吐いてホッとすることも出来ない。だって足音が止まったのは──私の真後ろだったんだもの。
(居る。確かに、何かが──誰かが、立っている)
気配に敏感なわけではない。どちらかと言えば鈍感な私ですら、その気配は感じられた。誰かの気配があると理解せざるを得ない。
このまま立ち尽くしているわけにもいかない。
そう思い、私は思い切って後ろを振り向こうとして……けれど動けない事に気付いた。正確には、足が動かない。
「え、どうし──」
どうして。そう空に問いかけようとして、言葉が止まる。足元に目をやって、その足を掴む手に目を見開いた。
そこには手があった。一つだけではない。複数の、無数の手が、まるで私の足を這いずりまわるがごとく、うごめき……掴んでいた。
「ひい!!」
慌てて振り払おうにも、私の手はその手を振り払うことが出来ない。まるで雲か霞のごとく──いや、分かっている、それはもうそれでしかないのが分かっている。
幽霊。
その単語が私の頭を占めた。こんな洋館にあまりにも相応しすぎるではないか。出るかも、と冗談めかして言ってたのは誰だったか。けれどこの洋館には、そんないわくは無いはずだ。あればガイドが言うなり、そもそもツアーなど組むはずも無いだろう。
では一体これはなんなのか?
何より気になるのは、私の背後で一向に微動だにしない、それでも確かにそこにある気配だ。どうにか無数の手を振り払おうと慌てふためきながら、目を背後に向けた。
「え──」
おどろおどろしい存在がいるのではないか。居たら絶叫ものだ。
そんな覚悟で振り向いた私は、意外な事態に動きが止まってしまった。
「こんばんは」
それは美少女だった。日本人形のようにと言うのは相応しくない。フランス人形のようにと言えるほど洋風な顔立ちでもない。
恐ろしく美しく……大人に近づく途中の少女がそこに立っていたのだ。見ればちゃんと足まである。そしてやはり裸足だった。
「あ、えと、あなた一体……」
「ねえ、何してるの?」
参加者に子供は一人しかいなかったはずだ。あの、健太という幼児ただ一人。
では目の前のこの少女は?
異様な状況にも関わらず、妙に落ち着いてしまったのは、その少女がどこからどう見ても生きてる人間に見えたからか。
気付けば、足にまとわりついていた手は、全て消えていた。
「あ……」
「ねえお姉さん。こんなとこで何してるの?」
「え、何って……あ、そうだ、早苗!」
言われて思い出し、私は早苗の方に向き直った。見て、体が硬直する。
早苗の目が──確かにこちらを向いていたのだ。
もう生気もない、死者の瞳。なのに、彼女の目は私を見ていた。
いや違う、早苗は私を見ていない。
私ではなく……もっと下?背後?
ゾクリと悪寒が走る。
私の足元、背後。そこに居るのは一人しかいないではないか。
「ねえお姉さん」
不意に少女が私の手を握った。
握る手は氷のように冷たく思わず振りほどきかけたが、だがそれは許されなかった。少女がギュッと握る力を強め、けして離すまいとしたから。
「い──痛い!」
痛みに顔をしかめ少女を睨む。
少女は私を見ていた。
真っ赤な血に染まった瞳で。
唇の端から血を垂らし、耳まで裂けた口に笑みを浮かべて。
ニイと笑って、少女は言った。
「ねえ、お腹が空いたわ。ご飯を用意しなさい」
「な、何言って……」
「あなたの仕事でしょう?ね、私の……メイド」
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