【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール

文字の大きさ
17 / 68
女子大生三人組

3、

しおりを挟む
 
 
 夢を見た。何か夢を見ていた。目覚めた時にはその事実しか覚えてなかった。
 どんな夢だったのか思い出せない。
 ただ、夢の中で私は──笑っていたのだ。

 それはけして美しいとは言えない笑いだった。下卑た笑いだった。相手を不快にさせる笑いだった。
 思い出して眉宇を潜める。
 思い出せない、何も思い出せない。
 でもそれでも私には分かった。確信があった。

 その下品な笑い声を上げた主。
 それは、私だった──

「ひい、ひ……さ、さな……」

 早苗。
 その名を口にすることもできない。足が震え立ち上がる事も出来ない。
 尻もちをついた状態で、ガクガクと体を震わせ私は眼前のそれを見上げた。
 カッと大きく見開かれた瞳。それは死の直前まで早苗に意識があった事を告げている。
 首吊りはすぐに意識を失うと聞いた事がある。なのに早苗は最後まで意識があったのだ。不自然なまでに。
 ポタポタと何か分からない液体が垂れ落ち、顔は紫色に変色している。ダラリと飛び出た舌は、死の瞬間の苦しさを物語っているのだろうか。
 見開かれた瞳は何を見据えるのか。もう生気を感じさせないのに、それでもそれはまだ何かを見てるようだった。何かを──睨んでいるようだった。

 何か……何を……

「ひ!?」

 一瞬、早苗の目が動いた気がした。生きてる!?
 そんなはずないのに、慌てて立ち上がる。力が入らなかった足は、早苗が生きてるかもしれないと感じた瞬間、突如私の意識に反応して動いてくれた。
 立ち上がれば早苗の顔はより近くなる。
 だが、やはりその目は正面を睨んだまま瞬き一つしなかった。やはり早苗は──

ペタリ

 音が聞こえたのはその瞬間。
 私の背後……早苗の遺体が睨むその先。
 ペタリペタリと音が耳に届く。なんの音かと考えるのは一瞬。裸足で食堂の床を──大理石のそれの上を歩く音だと気付いた。
 誰かが来たのだと安堵することは出来ない。だってこんな冷たい床の上を、裸足で歩くなんて考えられないから。それが正常な事だと考えられなかったから。

 私の背後を早苗の死んだ目が睨む。ひょっとして、彼女が睨んでいたモノが、背後にいるのかもしれない。
 そう考えてゾッとした。背筋を冷たい物が流れる。ガチガチと歯が鳴る。ハアハアと呼吸が荒い。
 今すぐこの場を離れたい。でも動けない。逃げ出したい。でも走れない。
 希望に結果がともなわず、私は身動きがとれずにいた。その間にも裸足の足音はどんどん近付いてくる。

ハア、ハア……!

ペタ ペタ ペタ

 不意に足音が止んだ。だがそこで息を吐いてホッとすることも出来ない。だって足音が止まったのは──私の真後ろだったんだもの。

(居る。確かに、何かが──誰かが、立っている)

 気配に敏感なわけではない。どちらかと言えば鈍感な私ですら、その気配は感じられた。誰かの気配があると理解せざるを得ない。
 このまま立ち尽くしているわけにもいかない。
 そう思い、私は思い切って後ろを振り向こうとして……けれど動けない事に気付いた。正確には、足が動かない。

「え、どうし──」

 どうして。そう空に問いかけようとして、言葉が止まる。足元に目をやって、その足を掴む手に目を見開いた。
 そこには手があった。一つだけではない。複数の、無数の手が、まるで私の足を這いずりまわるがごとく、うごめき……掴んでいた。

「ひい!!」

 慌てて振り払おうにも、私の手はその手を振り払うことが出来ない。まるで雲か霞のごとく──いや、分かっている、それはもうそれでしかないのが分かっている。
 幽霊。
 その単語が私の頭を占めた。こんな洋館にあまりにも相応しすぎるではないか。出るかも、と冗談めかして言ってたのは誰だったか。けれどこの洋館には、そんないわくは無いはずだ。あればガイドが言うなり、そもそもツアーなど組むはずも無いだろう。
 では一体これはなんなのか?
 何より気になるのは、私の背後で一向に微動だにしない、それでも確かにそこにある気配だ。どうにか無数の手を振り払おうと慌てふためきながら、目を背後に向けた。

「え──」

 おどろおどろしい存在がいるのではないか。居たら絶叫ものだ。
 そんな覚悟で振り向いた私は、意外な事態に動きが止まってしまった。

「こんばんは」

 それは美少女だった。日本人形のようにと言うのは相応しくない。フランス人形のようにと言えるほど洋風な顔立ちでもない。
 恐ろしく美しく……大人に近づく途中の少女がそこに立っていたのだ。見ればちゃんと足まである。そしてやはり裸足だった。

「あ、えと、あなた一体……」
「ねえ、何してるの?」

 参加者に子供は一人しかいなかったはずだ。あの、健太という幼児ただ一人。
 では目の前のこの少女は?
 異様な状況にも関わらず、妙に落ち着いてしまったのは、その少女がどこからどう見ても生きてる人間に見えたからか。
 気付けば、足にまとわりついていた手は、全て消えていた。

「あ……」
「ねえお姉さん。こんなとこで何してるの?」
「え、何って……あ、そうだ、早苗!」

 言われて思い出し、私は早苗の方に向き直った。見て、体が硬直する。
 早苗の目が──確かにこちらを向いていたのだ。
 もう生気もない、死者の瞳。なのに、彼女の目は私を見ていた。
 いや違う、早苗は私を見ていない。
 私ではなく……もっと下?背後?
 ゾクリと悪寒が走る。
 私の足元、背後。そこに居るのは一人しかいないではないか。

「ねえお姉さん」

 不意に少女が私の手を握った。
 握る手は氷のように冷たく思わず振りほどきかけたが、だがそれは許されなかった。少女がギュッと握る力を強め、けして離すまいとしたから。

「い──痛い!」

 痛みに顔をしかめ少女を睨む。

 少女は私を見ていた。
 真っ赤な血に染まった瞳で。
 唇の端から血を垂らし、耳まで裂けた口に笑みを浮かべて。

 ニイと笑って、少女は言った。

「ねえ、お腹が空いたわ。ご飯を用意しなさい」
「な、何言って……」
「あなたの仕事でしょう?ね、私の……メイド」

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...