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老夫婦
7、
しおりを挟む「一体いつになったら妻は見つかるんだ!」
ドンと机を叩き、スタッフに怒鳴り散らしたところでどうにもならない。そんな事は頭では分かっていた。だが気持ちが付いていかないのだ。
妻が行方不明になってから丸一日が過ぎた。最初は屋敷内のどこぞで迷子になってるのだろうと思った。だが昼が過ぎても見つからず、結局任意で手伝ってくれた宿泊客も含め大勢で元の屋敷内を探したが、見つからなかった。物置となってる部屋も含め探したが、煙か何かのように、忽然と姿を消した妻。
キツネにつままれたような気分で一晩を明かし、翌日の昼過ぎに俺の怒りは爆発した。
さすがにもう探すところがないと困った顔で言う渡部や他のスタッフに、詰め寄ったのである。
だがスタッフが妻の失踪に関わってるわけでもないのに、彼らとて困惑顔を返すことしかできない。
「申し訳ありません、坂井様。全ての部屋をくまなく探したのですが……」
「あんなデカイ館なんだ、隠し部屋くらいあるんじゃないのか!?」
「館の図面を持っておりますが、そのようなことは……」
「じゃあ妻はどこに行ったんだ!」
「坂井様、困惑されるお気持ちは分かりますが、当方といたしましても今回の事態は不測のそれでして……」
「自殺者といい行方不明といい……お前ら、なにか怪しい組織なんじゃないだろうな!?」
自分で言って、それは有り得るのかもしれないと思った。
映画やドラマの見すぎだと言われるかもしれないが、世の中には俺の知らない世界なんて山のようにあるだろう。
もしかしたら、自殺もこいつらがそう見えるようにして殺したのかもしれない。
となれば、妻ももう……
「あいつを、殺したのか?」
「めっそうもございません!!」
俺の発言に、顔を青くして即否定する渡部。その表情は演技には見えない。だがそれほど完璧な演技なのかもしれない。
怪しいもんだ……。
この館は何かがおかしい。実際自分もおかしな経験をしている。入浴時に、先ほど館を移動する時もそうだ。
この館には、何かが……
「呪われた館」
その時誰かがボソリと呟いた。ギクリと体を震わせたのは、俺か渡部か全員か。
ジロッと発言者を睨めば、霧崎という男は肩をすくめた。その飄々とした顔が、俺を苛立たせる。だがそれよりも、その表情は何かを知ってるようで気になった。俺は椅子に腰かける霧崎の前に立って、奴を見下ろして言った。
「何を知ってる?」
「別に。大した事じゃないっすよ」
「大した事でなければ知ってる口ぶりだな?」
「別にー?ただ、半年ほど前の冬の日に、この近辺で若者が一人行方不明になったってだけですよ」
「なんだと?」
「霧崎様!その件は当館とはなんら関係のないことで……!」
霧崎の聞き捨てならない発言に眉をひそめれば、渡部が慌てて介入してきた。
「行方不明だと?あんたそれを知ってたのか?」
そんな渡部を睨めば、体を小さくしてオドオドした顔で俺を見上げてきた。
「そ、それはその……はい。存じてはおります」
「一体何があったんだ!?」
「ひ!そ、その、この館に忍び込んだ若者数名がおりまして!」
俺の怒声にビクリと体を震わせて、どもりながら渡部は話し始めた。
半年ほど前の冬の日、若者五名がこの館にやってきた。彼らにとっては肝試しの気持ちだったのかもしれないが、その時には既に新たな持ち主がおり、渡部の属する旅行会社や複数の旅行会社がツアーとして利用する権利を得ていた。それゆえ整備はなされ、おどろおどろしい雰囲気など無い。
それに拍子抜けした一行は、けれどすぐに帰ろうとはしなかった。折角こんな何もない山奥に来たのだからと、窓を割って中に侵入したと言うのである。呆れた話だ。まったく、若いやつはロクなことをしない。
そうして一通り中を散策したところで、セキュリティが働いて通報がいってた事を知る一行。警備会社の車がやって来たところで慌てて屋敷を出た。
一人を除いては。
若造共が警備会社に怒られヘラヘラ苦笑を返してたところで、一人が戻らないと誰かが言い出した。
そこで、若者連中と警備会社の人間とで屋敷内を探したが見つからない。警察に通報して大掛かりな散策がなされた。山中も可能な限り探した。
だが若者は──青年は見つからなかった。
行方不明者届が出されて半年。未だ青年は見つからないという。
「なんだそれは!それを知りながら、今回のツアーを企画したのか!?」
「け、警察の見解では、家出ではないかと!青年は家族との折り合いが悪く、頻繁に『出て行ってやる!』と怒鳴ってたそうなんです!それでこの館に入ると見せかけて、こっそり隠してた車に乗ってどこかへ行ったのではと……」
「警察がそんないい加減な捜査するか!」
「しかし確かに青年は、レンタカーを借りてたんです!そのレンタカーともども行方不明となったので、警察はそう結論を……」
確かに渡部が言ってることは筋が通っている。友人すらも騙して、誰も自分を探し出せないような家出をする。それは可能性としてあるだろう。
だが今回の妻の行方不明はどう説明するんだ。妻が居なくなる理由などない。あれは俺無しで生きていける女ではないのだ。家出などするはずもない。
「奥さんも、オッサンが嫌で家出したんじゃないのー?」
どこまでも神経を逆なでする言い方の霧崎をギロリと睨み、俺は「くそっ!」と言い残して、足音荒くその場を後にした。自室へと向かって歩く。
なんとなく不安だからと全員が集まっていたのは、この移動した館の食堂となる場所。本館と同じく、玄関ホール横の大きな部屋だ。
食堂を出た俺は二階に上がるべく、玄関ホール正面の階段に足をかけた。視界に入るのは、美しい一家。かつての当主だった桐生家一家の肖像画。それをなんとなく見て「ふん、俺の妻もこれくらい美人だったらな」と呟いてその前を通り過ぎた。
その時だった。
「あなた」
声がして、ビクリと体が震えて足が止まる。
「あなた」
声がもう一度。
何となく勢いよく振り向きたくなくて……俺はゆっくりと、恐る恐る振り向いた。
そこに妻がいた。肖像画の前。階段の踊り場。妻はそこに立っていた。居なくなった時のままの服装で。青白い顔で、無表情で。
真っ直ぐに立ち、俺を見ていた。
なんだか言いようのない不安にかられて体が震えた直後。
俺の意識は闇に呑まれる。
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