37 / 68
館の見る夢
館の見る夢(6)
しおりを挟む鞭で打たれる最中は痛くて気絶出来ないのに、事が終われば痛みで気絶してしまう。
これまで何度同じ事があっただろう。
ここへ引き取られた当初に比べれば、その頻度は確実に減った。けれどそれでもふとした瞬間に、当主の機嫌を損ねてしまう。折檻の内容は都度異なる。今日は最悪のムチだった。溜めた水に顔を押し付けられて、窒息しそうになったこともある。棒でぶたれるのが最もマシだ、なんて考えるのは、私もおかしくなってるのかもしれない。
痛みで気絶し、痛みで目を覚ました。私は、うつ伏せで寝かされていた。そこが見覚えのある、与えられた自分の部屋である事に安堵する。当主と会うのはいつも別の部屋。ここではない。つまり当主は今、ここに居ないということ。
ジンジンと熱を持ち、痛みが酷い背中に顔をしかめる。だがそれでも、与えられた直後よりは痛みがマシなことに気付いた。いや、格段にマシになっている。直後、ヒヤリとした感触と、同時に与えられる痛みに声なき悲鳴を上げた。
「ごめん、痛かった?」
不意に聞こえた声。それに聞き覚えがある私は、「少し」と小声で返す。「もう少しだから我慢して」と声が返って来て、また背に冷たい感触。何かが塗られてるのだとすぐに気付き、それが塗られた箇所の痛みが少し引くのを感じて私は目を閉じた。
「終わったよ」
声にハッとなって目を開く。気持ちよさにウトウトしてたらしい。
起き上がろうとして、けれど痛みに顔をしかめて断念する。
「まだ痛むだろうから、動かない方がいい。もう少ししたら薬が効いて楽になるよ」
「うん」
「酷い目に遭ったね」
言われて、顔だけ声の方に向けた。
そこには少年が立っていた。年齢は私と同じか少し上の。大人にはまだ届かず、幼子の期間はとうに過ぎてしまった、少年。
この家系は、美形しか存在しないのだろうか。
そう思うくらいに少年は美しかった。だが、さもあらん。少年はあの美しい美貌を持った、桐生家当主の息子なのだから。肖像画で描ききれない程に美しい母を持った、息子なのだから。
次代の桐生家当主が、目の前に立っていた。狂気の色を持った父親と異なり、少年の目は純粋で澄んでいる。その目が私を心配そうに覗き込んでいた。
「ごめんね、また父様が酷い事をした」
「いえ……」
「嫌なら嫌だと言っていいんだよ?」
何も知らない少年は、残酷なことを平然と言う。だが私は無言でかぶりを振った。
そんなことは出来ない。そんなことをしようものなら、もっと酷い仕打ちが待っている。そうでなくても、実家に何をされるか分かったものではない。
私を金で売った両親への愛は、もうとうに消えていた。だがそれでも親だから。確かに愛をくれてた過去もあったからと。そんな理由で見捨てる事もできない。私がこんな目に遭ってることも知らず、あの人たちは今も金に埋もれ、下卑た笑いを浮かべてるのだろうか。
恨んだ憎んだ愛してない。けれど捨てられない。
何より両親の元には弟がいる。心配だった。変わってしまった、金の亡者となってしまった両親の元で、あの幼い弟は大丈夫だろうかと、毎日気が気でなかった。
会いたい、会えない。せめて無事である姿を一目見れたらと願うのはいつものこと。
願いが叶わぬとしても、私は祈る。どうか無事であれと元気であれと。脳裏に浮かぶ懐かしい愛しい笑顔を思い出し、だからこそ私は逃げることもせずに耐える事ができるのだ。
「嫌ではありません」
だから私は答える。心にもないことを、心から思って言う。
「嫌ではありません、ご当主様には感謝しております。貧しい落ちぶれ貴族だった我が家を救ってくださいました。今なお援助をしてくださってます。家族が幸せなら私もまた幸せ。何を嫌と思いましょうか。大丈夫、私は大丈夫です」
「……そうか」
私の言葉をどこまで本気と受け取ったか、信じたかは分からない。ただそう言って、当主の息子は私の頭を撫でた。
優しく撫でる温かな手の平に、私の瞼はまた重たくなってきた。
「寝ればいい。眠る事が何より回復への近道だ」
「うん」
「待っててくれ。眠ってるうちに僕が終わらせるから」
「何を?」
「全てを。キミの幸せのため、僕は決めたから。次期当主として、為すべきことを」
「……なに、を……?」
優しい言葉はまるで呪文のよう。抵抗できぬ睡魔に襲われながら、どうにか問いを口にする。
だが答えは与えられない。
意識が闇に呑まれそうになる瞬間、聞こえたのは。
「僕がキミを守るから」
それは誰の声だったのか──
11
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる