【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール

文字の大きさ
38 / 68
館の見る夢

館の見る夢(7)

しおりを挟む
 
 
「今、なんと……」

 今しがた告げられた言葉の内容が理解できず、呆然としながら聞き返す。それに対し、無表情に、淡々と桐生家当主は言った。

「お前の家は滅んだ。伝染病で全員死亡だ」
「そんな……!」

 突然のことに、「はいそうですか」などと言えるわけもなく、私は当主の腕に縋りついた。だがそれは冷たく払われる。今は私は、亡き奥方の身替わり人形を演じてはいない。それを求められていない。桐生家当主に買われた、ただの小娘だ。だからこの行為に対する折檻はないが、それでも苛立たし気な光を宿した目が私を射抜く。

「仕方ないだろうが、不治の病までは私にもどうにも出来ぬ。諦めろ」
「そんな……そんな──!」
「お前の帰る場所はこれで完全に無くなった。なに安心しろ、俺がお前に飽きた時には、それ相応の報酬を支払って出してやるから」

 それがなんの救いとなろう?
 家族を、弟を失った自分に、なんの希望があるのだろう?
 何を理由に、この地獄を耐え抜けと言うのか。

「ただし、逃げ出すなよ。私の許可なくこの館から出るなら……出たその時には……」

 覚悟しておけ。
 声にならずとも聞こえた。ゾッとするくらいに低く冷たいその声に、私の体は震えた。
 逃げられない。そうだ逃げられない。逃げたところでどうなるというのか。
 ここへ連れられてきたとき、馬車はカーテンがかけられ、外が見えなかった。なんとなく悪路だということは分かれども、道が全く分からない。町は遠いのか近いのか、すぐに人里があるのか無いのか。さっぱり分からないのに、飛び出すことは出来ない。
 何より先立つものがない。このまま大人しく当主の人形となれば、飽きた時に報酬が貰える。ならばそれまで耐えるのが得策なのか?
 けれどもう耐えられそうになかった。心の支えだった弟が居なくなってしまった今、耐えれる自信はなかった。
 どうせ死ぬなら、いっそのこと──
 自室に戻って一人考え、そして結論が出そうになった瞬間。
 ノックが聞こえたかと思えば、返事を待たずに扉が開かれる。
 外の世界へと繋がる扉が、今開かれた──。


※ ※ ※


『大丈夫だよ、僕が姉様を守るから!』

 あの子はそう言った。歳が離れて産まれた弟は本当に可愛かった。私にとって何より大切な存在。
 弟は成長すると、いっちょまえにそんな事を言うようになった。貧しくても家族仲が良かったあの頃。何気ない会話の最中に、そう言って弟は笑った。
 別れのあの日、弟は私に縋って言った。

『行かないで!僕が守るから、姉様が行く必要なんてない!お願いだから行かないで!』

 僕を一人にしないで。その言葉はそう訴えてるかのようだった。だが現実は無情だ。遠ざかる手、桐生家の使用人達は容赦なく弟を引きはがした。最後には両親が弟を無理矢理抑え込んだ。

『姉様!姉様──!!』

 涙で顔をグシャグシャにしていた弟。それが最後に見た姿だった。
 頭からこびりついて消えない、涙を流す弟の顔。ベッドに突っ伏し、手触りのよい寝具を涙で濡らす。
 その時ノックの音がして、扉が静かに開いた。入って来たのは、桐生家当主の息子。そっと窺うように顔を出して室内を確認し、私しか居ないと分かり入って来た。
 顔だけ向けていた私は、静かに起き上がる。涙を拭く事はしない。

「泣いてたの?」
「なんの用?」

 質問に質問を返す。返事をする気になどなれない。見れば分かるだろうから。
 だから少年も聞いてはこない。ただ無言で近付いて来て──私の眼前に手を差し伸べてきた。

「?」
「逃げよう。ここから」
「何言って……」
「もう限界なんだろう?支えとなる弟の死は、キミの精神崩壊を招きかねない。ならばいっそここを出た方が、キミの為だ」
「行く当てなどないわ」
「僕が用意したよ。お金も僕が出来る範囲でだけど、おそらく普通に暮らす分には十分だと思う」
「どうして……」

 そこまでしてくれるのか。問いを最後まで口にせずとも、少年には伝わったのだろう。苦い笑みを浮かべる。

「父様は狂ってる。母様が死んでから、あの人は狂ってしまった。以前はあんな人じゃなかったのに……こんなにも酷いことが出来る人じゃなかったのに」

 言われて背中の傷が疼く。
 息子は悲しそうに眼を伏せて言う。

「母様が死んでから、父様は変わってしまった。母様は確かに居なくなってしまったけれど、僕はまだ居るのに。母様が生きてた頃は僕を可愛がってくれてたのに、今の父様には僕が見えてない。まるでいないかのように……」

 むしろ、と言葉を続ける。

「むしろ父様が今一番見てるのはキミだ。息子の僕じゃない。僕じゃ駄目なんだ、父様の心を繋ぎとめることは、僕には出来ない。だから……キミを逃がす」
「怒られない?」
「僕が手引きしたとしたらきっと怒るだろうね」
「大丈夫だの?」
「それでも……それで父が僕を見るのなら。僕の存在を思い出してくれるのなら。母様の幻影を追い求め、キミを苦しめることを止めることが出来るなら。僕は喜んで父様に憎まれよう」

 私の為じゃない、僕の為だと彼は言う。悲しみを乗せた瞳で私を見る。けれど私を見ない。彼ら親子はとても似ている。二人とも私を見てるようで見てないのだ。私の背後にある何か別のものを見ている、そんな目を向けるんだ。
 ならば迷いはない。元より貧しい家で生まれ育った私は、少々酷い環境でも生きていける自信はある。導きさえしてもらえたなら、なんとでもなる。

 だから手をとった。差し伸べられたその手を、私はとったのだ。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...