愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール

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1巻

1-2

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 もうその目には私は映らない。だというのに、バジル様は私の名を呼んで私を見た。私の背後にある、誰かを見つめながら。

「いやわかるまい。恋をしたことのない、愛がなんであるかを知らないお前には、けっしてわかるまい、俺の思いの強さが! 俺は生涯をかけてエリシラを愛すると誓ったのだ。けっして彼女以外を愛することはない。俺の愛は永遠に彼女のものなのだ!」

 見開き血走った目を前に、私は何も言えなかった。動くことすらできなかった。
 口を開いても悲鳴が喉をついただけだろう。動けたとしたら、その場にうずくまるか、走って逃げだしただけだろう。
 だが、どちらもできない。口に手を当て、ただ涙を浮かべることしかできない私には、バジル様を前にして震えるしかなかった。
 不意に糸が切れたようにバジル様が手をダランと垂らす。それまでは立ち上がって、手を上げて力説していたというのに急に力なくうなだれた。

「だがそうだな、エリシラにはランディがいる。あのときは婚約前だったが、今やれっきとした婚約者であるランディが、彼女の隣にいた」

 一線を越えるなど許されるわけもなく、またそうする勇気もなかった。そうバジル様は言った。

「だがあの日、すべてが変わった」

 力なくうつむいたまま、バジル様は再び語り始める。
 あの日とは二ヶ月前、私とバジル様の結婚があと二ヶ月と迫った日のこと。その日はバジル様が我が侯爵家で、夕食をともにした日だった。
 娘が嫁ぐことに少なからぬ悲しみを持つのは、大抵の父親の共通点だろう。そんな父がバジル様に結構な量の酒を勧めたのは仕方なかったのかもしれない。
 そして、バジル様はバジル様でエリシラへの思いに苦しみ続ける日々ゆえの精神的疲労からか、いつも以上に酒が進み、かなり酔った。
 結果、彼はその日は公爵邸に帰らず、侯爵家に泊まることとなった。
 ――初めてのあやまちはその日の夜に起こる。
 みんなが寝静まった深夜、喉の渇きを覚えたバジル様はふと目を覚ました。
 その瞬間、彼は誰かが暗闇の中、自分の上に覆いかぶさっているのに気づく。
 まさか賊か⁉ と慌てたものの、酒が残っていて満足に動けない。焦る一方で体は思うように動かず、簡単に押さえ込まれてしまった。
 そして、バジル様が身を固くした直後。

『しー。お静かに』

 突如、覆いかぶさる影が声を出す。
 耳元で囁く聞き覚えのある声。それは忘れようがない、間違えようがないもの。
 恋焦がれた人の声が耳をつく。
 雲が切れて月明かりが室内を照らし、一糸いっしまとわぬ姿で、自分に覆いかぶさるエリシラの姿をバジル様は目にした。そして瞬きひとつせず、その白く美しい肌を見つめ続けたのだ。

「俺はそのとき、初めてエリシラを抱いた」

 流れるようにそう言うバジル様の目は恍惚こうこつとしていた。きっと彼の脳裏には、そのときのエリシラの姿が浮かんでいるのだろう。

「初めて、ですか……」

 その言葉の意味するところ。それはつまり……

「そうだ、初めてだ。それからはもうとまらなかった」

 二人の関係は、一夜のあやまちで終わらない。それから何度もエリシラとバジル様は関係を持った。
 私との結婚まであと数日という限られた時間が、余計に二人に火をつけたのか。時に屋敷内で昼間から、私が席を外したほんの短時間。侯爵家に泊まったときは一晩中。さらに、外での逢瀬も繰り返したという。
 それを聞いても、私は何も言わなかった。正確には言えなかった。
 何を言えというのだろう?
 私と結婚の話を進めていながら、ずっと彼は妹と関係を持っていたのだ。そんな事実を知らされて、何を言えばよいのか。
 しかし何も言わなければ、バジル様はまだ話し続けるだろう。聞きたくもない妹との赤裸々せきららな関係を延々と聞かされる。
 それを悟った私はそんな地獄に身を投じるつもりはないと、彼の言葉を遮るように重い口を動かす。

「これから、どうするおつもりなのですか?」

 それだけ問う。
 これまでのことはよくわかった。彼がエリシラを愛していることも、嫌というほど理解した。ただその先に彼は何を求めるのか、どうするつもりなのか。それを明確にしたくて聞いた。
 すると彼はフッと黙り込んで、私を見る。その目にはすでに濁った闇の色はない。この切り替えの速さがあるからこそ、これまで私に隠し通せたのだろう。

「今後のことだが」

 すべてを話して心が軽くなったからか、バジル様の顔は妙にスッキリしている。

「何度も言うように、俺はキミを妻とは思わない。だが離婚もしない」
「なぜですか?」
「俺には公爵としての立場がある。そもそもエリシラと結ばれないのだから、キミと離婚する意味はない。キミにはこのまま公爵夫人でいてほしい」

 彼は残酷な言葉を言い続ける。

「そんな……」
「悪い話ではあるまい? キミは俺と婚約するまで、誰とも縁談はなかったそうじゃないか。そんなキミが離婚してみろ、もう二度と結婚できまい。一生独り身でどうする気だ? 実家に寄生する気か?」
「……」

 悔しいかな、その言葉に反論できなかった。
 それを是ととったのだろう、バジル様はうなずいてピッと人差し指を立てると、「今後のルールはこうだ」と言った。


 ・けっして体を重ねることはしない。
 ・相手に愛を求めない。
 ・おおやけの場では仲のよい夫婦を演じる。
 ・子どもはできなかったことにして、三年後くらいに養子を迎える。


 なんと横暴で身勝手なルールだろう。そこには私の意思も希望も反映されていない。

「このことは誰にも話すなよ? 話したところで、何もいいことなどないからな。互いの平穏のためだ」

 互いの? いいえ、私に平穏なんてありはしない。穏やかな日々を望んでの結婚だったけれど、それは無惨にも打ち砕かれたのだ。もう平穏などどこにもない。

「……わかりました」

 だが、今の私では何も言えなかった。何もできない。はらわたが煮えくり返るような怒りを内に抱えながら、それでも私には彼をののしることができなかった。
 なんて、情けない……
 それからバジル様と何を話して、どのタイミングで退室し、どうやって部屋に戻ったか覚えていない。
 気づけば私は自室へ戻り、椅子に座って呆然としていた。侍女はおらず、一人きりの空間。窓の外には目を向けるのが苦しくなるほど美しい青空が広がっている。耳触りのよい鳥のさえずりに、心地よい風の音が聞こえてくる。
 まるで何も憂うことのないような景色から私は目をそむける。うつむくと、自分の影で暗くなったテーブルが瞳に映った。それをしばし見つめて……直後。
 ――ドンッ。
 私は目の前のテーブルを荒々しく殴って、ひたいを天板につけた。目を閉じると、先ほどのバジル様の言葉が脳裏で繰り返される。

『俺は……キミの妹であるエリシラを愛している』
『俺は生涯をかけてエリシラを愛すると誓ったのだ』
『キミを妻とは思わない』

 私は説明してもらわないと納得できないと言った。けれど真実を知った今、納得できただろうか?

「いいえ。到底納得できないわ」

 裏で二人が何をしているか知りもせずに、私はバジル様との結婚に浮かれた。エリシラが心から祝福してくれていると思い込み、彼女に惚気のろけていたのだ。
 テーブルを殴ってから、天井を仰ぎ見る。気分は最悪で、不快感に包まれ気持ち悪い。先ほど食べた食事を戻してしまいそうだ。何をする気力も起きないまま、放心状態が続く。
 静寂の中で聞こえてくる鳥の声は遠い。
 少しだけ開いた窓から流れ込む風が私の髪を揺らした。金の輝きを望んだ髪は茶色を濃くするだけで、明るさを増すことはない。なんて美しくない茶金の髪。
 まぶたを閉じて思い出すのは、妹の美しい髪と瞳の紫紺の色。整った顔立ちに、白く綺麗きれいで透き通るような肌。愛らしい形の唇。美しい妹の顔。
 バジル様の話は本当なのか、という疑念はある。彼がエリシラに惚れているのは真実だろう。私に話す彼の目は本気だった。あの血走った目が演技などとは到底思えない。
 けれど、ではエリシラは?
 少なくとも私が知るエリシラは婚約者――幼馴染の侯爵令息ランディにぞっこんだ。彼が私や長姉と話すことすらくほど、エリシラはランディを好いている。
 それに何より私たち姉妹の関係は良好だ。喧嘩なんてした記憶もない。年の離れた兄姉より、エリシラは歳の近い私と最も仲がよかった。

『おめでとう、アルビナお姉様!』

 そう言って、私の結婚を誰より喜んでくれたのだ。
 そんなエリシラが自分からバジル様を誘うだろうか? 何度も体を重ねるなんてこと、ありえるだろうか?
 ――まったく想像できない。
 そもそも想像したくない。でも私が知らないだけで、妹には隠された一面があるのかもしれない。いくら家族でも知らないことだってあるはず。それこそ、成長とともに秘密は増えるはず。
 頭の中はグチャグチャで、あれこれ考えて疑心暗鬼ぎしんあんきとなり、考えすぎて両親や兄姉も本当は知っているのではないかと怪しく思えてきてしまう。知らないのは私だけ……と考えるようになってしまった。いよいよ重症だ。
 テーブルの天板にもう一度ひたいをこすりつけ、目を閉じて家族の顔を思い出す。それから目を開けて、天井を仰ぎ見る。それを何度も繰り返す。ジッとしていられない、落ち着かない。

「私は、誰を信じればいいの?」

 そうひとちた。自分の問いへの答えはすでに出ている。
 味方などいない。誰も信じられない、もう誰も信じない。

「許さない」

 その思いだけが、私の胸の中でくすぶる。
 美しくも可愛い、愛する妹。私に笑いかける、屈託のない瞳を思い出す。その瞳が徐々に濁りを帯びる。瞳の光がくすみ、細くなり、唇はみにくゆがむ。
 記憶の中の妹がどんどん薄汚れていく。
 愛しているはずの妹の存在は別の存在へ変わり果てた。人の婚約者を寝取る、みにくい異形の存在に変貌したのだ。
 そう思った瞬間、私の中で静かに怒りがフツフツと湧き上がり、炎となって燃え上がる。

「そう、私は怒っているの、憎んでいるの」

 その勢いは増すばかり。怒りの火種が次々に投じられ、地獄の業火ごうかよりも熱い炎が私の心を燃やし続ける。

「許さない、絶対に許さない」


 私の心を踏みにじったバジル様とエリシラに、相応の罰をくだしてやりたい。

「必ず復讐ふくしゅうしてやるわ……」

 私を陰で馬鹿にし嘲笑った二人をけっして許しはしない。報いを受けさせてやると、私は誓いを立てた。
 誓った瞬間、笑みが私の顔を支配する。結婚して初めて笑った。それはきっと誰かが見れば、恐怖し青ざめたことだろう。
 だが今部屋には私一人きりで、見る者はいない。だから私は黒く禍々まがまがしい笑みを、遠慮なく浮かべる。
 いつか来る復讐ふくしゅうのときまで、私は静かに怒りを燃やし続けるのだ。



   第二章 絶望の里帰り


「おかえりなさい、アルビナお姉様! ……あ、もうアルビナお姉様の家はここではないのね。いらっしゃい……かしら?」
「ただいまエリシラ。ふふ、私にとってはここも帰る場所であってほしいわね」

 ニコリと微笑んで答えると、パアッと満面の笑みを浮かべるのは私の三歳下の妹、エリシラだ。
 結婚して一ヶ月が過ぎ、一度里帰りを……と帰郷してきた私を、お母様とエリシラが笑顔で出迎えてくれた。
 お母様は「おいしいお菓子があるのよ」と言って、いそいそとお茶の用意をしに行く。はたから見れば、侯爵夫人が直々に? と思うかもしれないが、お母様がれてくれるお茶はメイドたちには悪いけれど、本当においしいのだ。
 五歳上の兄に、三歳上の姉。そして三歳下の妹。仲睦まじい両親のもと、私たち四人兄妹は仲よく暮らしてきた。
 ブラッドお兄様はすでに結婚して別邸で暮らしているが、侯爵家の後継としてお父様から仕事を教わるため毎日来ている。今日は朝からお父様とともに登城していて今は不在。会えるのは昼頃だろうか。
 兄の妻である、義理の姉は優しくて素敵な人で会いたかったけれど、初産に向けて里帰り中だった。
 リーリアお姉様も結婚して家を出ているため、実家に住んでるのは両親を除いては妹のエリシラのみとなった。姉も私の里帰りに合わせて、今日里帰りするらしい。それもまた昼頃の到着と思われる。
 なので、今はエリシラと二人きり。毎日同じ屋敷で過ごしていたけれど、一ヶ月ぶりに会うエリシラは相も変わらず美しい。いいえ、その輝きは増しているように思える。
 紫紺の髪に瞳は怪しげで、けれど無邪気な光が浮かんでるせいでそうは思わせず、十九歳に成長した彼女は、今なお幼さも併せ持つ。けれどきっともうすぐ可愛いという言葉を誰も思い浮かべなくなるだろう。
 お母様もリーリアお姉様も美しい人たちだが、エリシラはそれとは少し異なる美しさだ。
 妖艶ようえんだと、そう言ったのは誰だったか。心の中でとぼけて、私は目の前の妹を見た。

「エリシラはまた綺麗きれいになったわね」
「え、そうでしょうか? なんだか照れます……」

 私の褒め言葉にポッとほほを赤らめるエリシラ。その初心うぶな反応にクスリと笑って、私はそうよとうなずいた。

「本当に綺麗きれいになったわ。これではランディも心配でしょうね」
「そ、そんなこと……!」

 エリシラと恋仲である、侯爵家の令息、ランディ。二人が正式に婚約して半年が過ぎたが、幼いころから仲がよかった彼らは、さらに仲睦まじい時間を過ごしていると聞く。
 実際、私が実家にいたころはそんな光景をよく目にした。
 ランディは金髪碧眼きんぱつへきがんで整った顔立ちだ。やや幼さが残るものの、二十歳を目前にし徐々に精悍せいかんさが増してきた。とても立派な青年に成長している。
 エリシラとランディ、二人は文句なしにお似合いだ。

「ランディとは仲よくしているの?」
「ええ、もちろんですわ」

 即答するエリシラに私は笑顔を返す。

「お母様がお茶を用意してくれる前に、一度部屋で着替えるわね」

 そう言ってエリシラと別れた。
 二十二年間住んだ、懐かしい侯爵家の屋敷。迷うはずもなく、一直線にかつての自分の部屋に行く。そこはあるじである私がいなくなっても、綺麗きれいに掃除がなされていた。嫁入りで少し物が減ったとはいえ、以前とほぼ変わらない部屋の様子にホッと小さく息をつく。

「やはりここは落ち着くわ」

 実家でかしこまった格好など息がつまるだけと、私はクローゼットの中から服を取り出した。嫁入り時にすべての服を持っていったから、これはお母様が新しく用意してくれたのだろう。いつでも帰ってきていいのよと言ってもらえているようで、うれしくなる。それはたしかに私の好みを把握しているデザインだった。
 だが、と寝台に顔を向けて目を細めた。別になんの変哲もないそこを私は睨むように見る。
 その天蓋付きのベッドは、エリシラの部屋にある物と色違いなのだ。彼女は薄いピンクで、私は薄い水色を基調としている。
 エリシラの部屋の寝台を思い出してしまう自分のベッドを睨み、思わずフカフカの寝具を殴りつけそうになる。
 しかし、そんな行為になんの意味があろう。そんな小さなことをするために、ここに来たのではない。決意を深めるために私は来たのだ。ギリと唇を噛み、グッと拳を握り締める。
 寝台を一瞥いちべつしたあと、私はパパッと着替える。着替えを言い訳として部屋に戻ったので、あまり長居をしていたら変に思われてしまう。
 天気のよい日は中庭でお茶会をするのが実家での習慣となっていて、私は早速向かった。行けばすでにお母様がおり、エリシラも当然のようにいた。お母様の手伝いをしているようだ。
 二人は楽し気に会話し笑いながら、カップやお茶菓子を並べている。
 こういった、貴族なのに気取らない家族が好きだった。平和で幸せなひとときだといつも思っていた。なのに今は素直にこの状況を喜べない。本来なら楽しい里帰りも、なんだかとても虚しかった。
 だが、何も知らない(そう思いたい)お母様に暗い顔を見せたくはなかった。

「私も手伝います」

 私はそっと近づいてお母様に声をかけた。

「あらアルビナ、ありがとう。でも大丈夫よ、ちょうど用意ができたところだから。ほら座って。お茶を飲みながら、いろいろお話を聞かせてちょうだいな」
「はい、お母様」
「私も聞きたいですわアルビナお姉様。バジル様とは楽しく過ごされていますか?」
「……。……ええ」

 即答できなかった。私の頭の中にいろいろな考えが渦巻うずまいたからだ。
 仲よくどころか、その逆だった。その状況の元凶となったのは目の前の妹。いったい、妹は何を考えてそんな質問をするのか?
 ――もしかしたら。本当にもしかしたら、だが。
 バジル様の言葉は嘘なのかもしれない。いえ、エリシラを愛していると言ったバジル様の顔は、目はたしかに熱を帯びていた。あれは恋する者の目だ。
 なぜわかるのか?
 それはエリシラが、婚約者のランディといるときの目がそうだったから。お母様がお父様を見つめる目も、リーリアお姉様が夫である義兄を見るときも、義姉がブラッドお兄様を見る目も同じ。
 みんな、愛し合っている。幸せな恋愛をしている。
 違うのは……私とバジル様だけ。バジル様が愛しているのは、たしかにエリシラなのだ。
 だが、関係を持ったというのが嘘だったら? それとも、エリシラを慕うあまりの妄想?
 そうであればいい。そうであるなら少なくとも私は、エリシラを今まで通りに愛し続けることができる。大切な妹として可愛がれる。
 そう、思った。
 だがそうでないことを理解した。悟ってしまった。
 どうしてそんなことを問うのか? と思って妹の顔を覗き込むように見た瞬間、わかってしまったのだ。家族だから、彼女が生まれたときからそばにいたから気づいてしまったのだ。

『バジル様とは楽しく過ごされていますか?』

 そう質問したとき、エリシラの目は悠然と語っていたのだ。
 自分のほうが愛されていると。いや、バジル様の愛はすべて自分のものだ。お前などまったく愛されていない、形だけの夫婦だ、と。
 見下し、優越感に満ちた光を私はその瞳の奥にハッキリと見た。見えてしまった。

「アルビナお姉様?」

 その光を見出し、呆然とする。しばらくは呼ばれていることにすら気づけなかった。怪訝けげんな顔で私の顔を覗き込んでくるエリシラの顔を目にして、ようやく我に返る。ハッとなって顔を上げると、エリシラとお母様が不思議そうに私を見ていた。

「あ……ごめんなさい。なんだったかしら?」
「いえ、何度お呼びしても反応がないので……。アルビナお姉様、どうかなさったのですか? 顔色があまりよくないようですが」
「いえ、大丈夫よ。少し寝不足で疲れているのかも」

 本当に寝不足なので、真実の混ざった適当な言い訳。言った直後に後悔する。

「あらあら。バジル様が寝かせてくれないのかしら?」

 口に手を当て、フフ、と笑うお母様に悪気はないのだろう。世間一般の新婚のイメージから、勝手に推測しただけなのだろうが、それは私の心に剣をつき刺すのと同じ行為だ。
 言葉を失う私を、再びエリシラが覗き込んできた。

「アルビナお姉様、本当に大丈夫?」

 その瞳の奥で何を考えているのだろうか。私を心配するような光をたたえながら、あなたは何を……
 耐えられなくなった私は、思わずエリシラを問い詰めそうになった。しかし、問い詰めたところでなんら成果は得られないだろう。むしろ妹の警戒心をあおるだけ。
 短慮な行為は自分の首を絞める。復讐ふくしゅうを誓いながらも、それらすべてを捨てて詰問する行為は自滅に等しい。


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