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第一部
30、吸血鬼と王太子
しおりを挟む「ゼンソン、フィーリアラを放せ!」
「それは無理な相談だなあ」
焦った声で公爵が叫ぶ。
けれど私を羽交い絞めにしてる男の声は余裕そのものだ。
「……私を怒らせる気か?」
仮にも相手は王族。けれど公爵には全くへりくだる態度は一切ない。
立場よりも強い力を持った、吸血鬼公爵ならではなのだろう。
低い声は、それだけで震え上がらせるに足る程の殺気をまとっていた。
それでも私の背後に感じる気配は、まったく臆することはない。こちらも負けじと強い力を持っているということか。
「へー、あんたがそんな顔をするなんてね。初めて見たよ、本気で焦る様を。この子、よっぽど大事なんだねえ」
「……どうやら死にたいらしいな」
いや相手王族!その殺気はまずいですよ!
と言ったところで、公爵には何の意味もなさないのだろう。
ビリビリ感じる殺気は恐いけど、それ以上に自分をそれだけ大事に思ってくれてるんだという事が嬉しく思えてしまう。
グルルル……という唸り声が聞こえて見れば。おーっとヨシュも狼に変身して臨戦態勢だー!
わ~私って大事にされてる~!
などと感動してる場合ではないのだ。
確かに王家よりも古くから存在し、強い力を持った吸血一族なのだ。王族の一人や二人殺しても、大してお咎めはないのかもしんないけど。
代わりのお咎め、絶対私の方へ来るよね!
当然実家にも。それは別に良いのだけど。
見せしめとして、領民や使用人たちまで処罰……とかになっては洒落にならん!
みんなは私が守る!キリッ!
ちょっとかっこいいこと考えたなとか思ってないよ。
キッと顔を上げて公爵たちを見る。
「ゼル様、駄目です!」
「フィー?」
「もし王太子を殺しちゃったら……」
「殺しちゃったら?」
あんまり言いたくないけど。
みんなを守るためだ、ごめんなさい、公爵!
「……嫌いになります!」
「うぐっ!」
鶴の一声!
殺気が一瞬で霧散した。
かなりのダメージ、痛恨の一撃だったのか、公爵が胸を抑えてしゃがみ込んでしまった。
うう、ごめんなさいー!
でもよく考えて!
殺しちゃったら嫌いになります=今は好きです!
ってことだからぁ!
「う……ぐす……フィー、私の事を嫌いにならないでぇぇ……」
あ、泣き出しちゃった。駄目だあれ、分かってないわ。
人に戻ったヨシュが公爵を白い目で見てる。あれは分かってるな。説明してあげてよ。
そのやり取りを黙って見ていた背後の人物は、どうやら呆気にとられてたようで。
突如、爆笑しだした。
「あっはっは!何それ、何なのそれ!最高!面白すぎ!吸血鬼公爵、ちょっろいなあ!」
ちょろい言うな、みんな思ってるけど言わないでいるんだから。ハッキリ言うな。
ちょっと王太子にイラっとしてきた。てかいい加減放せ。
「あの、放していただけませんか?」
イラっときても相手は王太子。流石に私が偉そうな態度をするのはまずいので。一応丁寧にお願いしてみたけど。
「えーそれは嫌だな~」
と、ますますイラっとくる返事があるだけだった。
そして
「きゃあ!?」
よいせっとばかりに、王太子の肩に抱え上げられてしまった!私は荷物じゃない!
「公爵がこんなに骨抜きになるなんてね。こんな面白い子、返すなんて勿体ない。僕が貰っていくね~」
私は物じゃないっての!選ぶ権利はないのか!
「じゃ、そういうことで」
無いのね。選ぶ権利無いのね。
有無を言わせず、ゼンソンは外へと飛び出した!私を抱えたままで。
「きゃああぁぁ!?」
想像してみて。
荷物のように抱えられた状態で、大きな屋敷の二階から飛び降りる!その状況を。
おっそろしいわ!バンジーとかしたことないし!怖すぎて悲鳴も出るわ!
「フィー!」
すっかりフィー呼びになった公爵が、慌てて追いかけてきたのだけど。
涙グシャグシャのままという、あまりかっこよくない顔で伸ばされた手は、寸でのところで届かなかった。
あっという間に王太子は森に紛れ。
あっという間にお屋敷は見えなくなって。
私は誘拐されました────
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