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親子の会話~闇の国にて

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 グシャリと音を立てて手の中の紙が潰れる。
 報告書を読むや否や握りつぶしてしまった。もう一度読むことはないだろうから、まあそれはいい。
 今読んだ内容はしかと記憶している。

 時間はかかったが、どうにか情報が入った事は良かった。
 ──だが書かれてる内容は良くない。

 案の定。思った以上。
 状況は酷かった。

 彼の国で唯一の黒髪を纏う少女。どれだけ心細いことかと危惧していたが、予想以上に状況は芳しくない。

「急がねばならないな」

 誰に聞かせるでもなく呟いて、彼──シュタウト国第一王子は自室を飛び出すのだった。

 向かう先は決まっている。


***


「随分と急だな」

 騒々しい音を立てて執務室に入って来た息子を迎えたその人は、こちらが何か言う隙を与えずにまくし立てる息子に苦笑する。そしてようやく話し終えた息子に言ったのはその一言だった。

「急ではありません!以前からお話してましたし、遅すぎるくらいです!」
「少し落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられますか!!」

 父の諫める言葉が逆効果を生み、息子はドンッと激しく机を叩く。

 そんな息子である第一王子を目の前にしても、表情の変わらない父──シュタウト国の国王は口髭を撫でる。自慢のそれは今日も立派だ。

「ふむ……ボランジュに生まれし黒髪の公爵令嬢、ね……」

 グシャグシャになった間者からの報告書を丁寧に広げ、読むともなしにそれを手に取って王は呟く。

 間者。
 そう、そんなものを使わなければ彼の国の情報は手に入らないのだ。
 別にあの国──我が国と兄弟のような存在である光の国ボランジュは、鎖国をしてるわけではない。
 だが他国を利用しての情報収集は、万が一の事があった場合、その国に迷惑をかけてしまう。この話は、あくまで光と闇の私的な問題なのだから。だから他国を巻き込むわけにはいかない。

 その結果放たれた間者は、公爵令嬢ミレナの情報をしかと持ち帰った。随分と年数がかかったが、それだけ慎重に動かねばならなかったのだろう。

「我が王家の血縁である少女が虐げられてるのです!これが放っておけますか!!」

 確かに。
 かつての我が王家第二王女。その王女が嫁いだ先で生まれた子孫。血の繋がりで言えばもうかなり薄くはなっている。だがそこにきてこれまで生まれなかった黒髪が生まれるのだから……運命とは皮肉なものだ。

 先祖が残した書には、嫁いだ王女はけして幸せではなかったらしいとあった。
 晩年はその姿が確認されず、人知れず亡くなった。どうやら最後は閉じ込められていたらしいとのこと。

 あまりに無体な仕打ちに、それを知った時は王とて心を痛めた。

 だがもう顔も分からぬ昔の王女の話。

 何とかしてやりたいとは思えど、王の立場では軽率に動く事も出来ないのだ。

 チラリと王は目の前の息子に目をやる。
 怒りで顔を真っ赤にした息子は、今すぐボランジュ国に乗り込むと息巻いているのだ。

 だがかの国は、我が国の人間を王家ですら排除している。頑なに受け入れなくなって久しい。
 変装しようにも、闇の祝福をもつ黒髪はけして他の色に染まらない。被り物で隠せばどうにかなるかもしれないが、不思議なもので何をしてもあらわになる。闇の祝福を得ている証なのかもしれないが。

「まあ落ち着け。ここに面白い報告書が何点か来ていてな。まずはこれを読みなさい」

 鼻息荒い息子に冷静に書類を渡せば、何だと眉根を寄せながらも素直に読み始める。王は読み終わるのを静かに待った。ペラペラと紙をめくる音だけが暫し部屋に響く。

「これは──」
「面白いだろう?光と闇の祝福を受けているはずの我が国と彼の国。だが……どうやらその均衡は崩れつつあるようだ」

 最初の報告書を見て顔色を変えた息子に、ニヤリと笑って言う。
 次いで別の書類に目を向けた息子は──第一王子は、驚いたように顔を上げてこちらを見るのだった。

「それが決定打だ。彼の国は遠からずその時を迎えるだろう」
「これが本当なら、尚更急がなければ……!」

 慌てる様の王子に、王は静かにゆっくりと頷いた。

 そもそも王は別に王子の行動に反対してるわけではないのだ。ただ、その時を待てと言ってるのである。

「その時は近い。──どうすれば良いか、分かるな?」

 第一王子である息子は、最も次期王位に近い。それであるならば、一から十まで全て教える必要はない。そうでなくてはいけない。

 そして息子は確かに父の期待に応える。

「分かりました。直ぐに用意致します」

 己で考え、最も良い道を選択する。それこそが王として必要な資質。

 頷く王に一礼して、王子は足早に部屋を後にした。

 若さゆえの血気盛ん。
 そして次期王としての冷静さ。

 どちらも、父として微笑ましい息子の成長だ。

 そして父であるからこそ、息子自身気付いているのかどうかも怪しい心境を思う。

 手に取ったとある書類──に添えられた姿絵を見て、フッと笑みをこぼす。

「さて。お前がこの娘に執着するのは、はたして縁者だから……というだけの理由かな?」

 目を細めて見つめるその姿絵。
 ボランジュ国公爵家が娘、ミレナのそれを見て。

 王は目を細めるのだった。





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